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【DDtheS】File.1 雷光と憧憬/LIGHTNING AND LONGING
※本シリーズは【SERTS】シリーズのネタバレを含みますが、単体でもお読みいただけます。
※このシリーズはフィクションです。作中における地理や歴史観は、実在の国や地域、団体と一切関係はありません。
※一部グロテスクな表現や性的な表現があります。(R/RG15程度)
第一〇〇代裁座督リシュヴェリ崩御の報が入ったのは、とある冬の寒い日の夕方のことだった。
成体の王種が死ぬことはない。崩御とは名ばかりのその政変に沸き立ったのは、人間界に降りてきた人外族の監察組織であるSGJの構成員だけではなかったようだ。その夜、人間界の各地で人外族による暴動があったとのちに聞く。
「あの仔ヤギめ、やりやがったな……」
私はひとりだけ、ほんとうにこの世でただひとりだけ、いまこの瞬間にそう呟いた。
どこもかしこも打倒狂王を掲げ、見事討伐を果たした『英雄』ムカルナスについての報ばかりだったが、私の心にかかるのは彼のことではなく、かの愛しき仔ヤギについてだった。誰もがかの英雄の話題で持ちきりのなか、私だけは明確にリシュヴェリ王の思惑について把握していた。其は、政変に斃れたのではなく、政権を国民に明け渡したのだ。あの誰よりも利発で頑固だったあの娘の狙いなど、あの子の製造責任者であった私には手に取るようにわかる。そしていつも兄の陰で目立たないようにしていた彼女が、じつのところなにもかもを破壊して終わらせようと企てていたのであれば、私も鼻が高い。
百回も失敗した王種による統治は終焉を迎え、聖者協会はあの箱庭を放棄することだろう。次のシャーレにどこのなにが選ばれるかは知らないが、少なくとも『彼女の国』は自由を獲得した。その身の尊い犠牲を以って。
「兄さん、待ってよ! ひとりで行かないでって!」
管制室から自分のオフィスへと戻る途中、目を真っ赤にした黒毛の狼と、彼を追う赤いドレスの闘魚と擦れ違う。彼らはそれぞれ騎士・シリーズのプロトタイプと最新個体だ。──尤も、そのプロジェクトもとっくに頓挫しているので今さら最新もなにもないのだが。しかし生き残りが少なくとも二体いるなら首尾は上々。やはり私が噛んだ計画は好成績を修める傾向にある。企画を失敗と判断したあと一体残らず処分するようなプランでは星の資源を食い潰すだけで、SDGs的な視点に欠けている。その程度の狭小な視野角で聖職者を名乗るなど、愚かにも程があるというもの。これだから私という優秀な科学者に去られてしまうのだ……。そう思うと、今回の騒動については益々鼻が高い。よくやったぞリシュヴェリ。お前のほうから彼奴等と決別してやったのだな、可愛い仔ヤギよ。お前に絵本を読み聞かせたことがまるで昨日のことのようだ。
ポップ・スターのようにステップを踏みたい心地でオフィスへ戻り、中で待っていたピンク色の影に「やあマイ・キャスパリーグ」と声をかける。
「これから飲みに行くぞ。上着を羽織れ」
すると私のデスクに腰を下ろしていた彼女は、
「ふざけるんじゃないわよ」
と言ってそこからひらりと降りると、私の目の前までずかずかと進み出た。そしてその長い爪を私の胸元に突きつけ、「指令聞いてないわけ?」とそのゲーミングな罰印をした瞳孔をぶわりとひらいた。
「どうしたんだ、マイ・キンカキャット。指令なら聞いてないな。ああ、この場合の『聞いていない』は『なにも共有されていない』だとか『聴覚情報が一切なかった』などではなくいつものやつだ。つまり、マジの聞いていない、だ」
「頭がパーなほうの『聞いていない』ね。了解。じゃあわたしから再共有します。出動命令。上着を羽織って」
この、真っ黒で無採光の睛と、ストロベリーブロンドを薔薇のつぼみのように結った姿が印象的な薄着の少女は、私が持ち逃げした異端審問・シリーズの最後の一体であり、そして私の使い魔だった。
ロサンゼルスのニュー・チャイナタウンにSGJのLA支部は存在している。冬はそこまで冷え込まないし、雪も滅多に降りはしないが、今夜は珍しく降っていた。しかしこの程度の外気温は人外族にとってはどうということはなく、裸でも歩き回れるほどストレスのないものであるのだが、我が使い魔・ダリュの諫言は素直に聞くことにして、私は上着を羽織って外へ出た。彼女の意図としては私を周囲から浮かせないことが目的だったに違いない。しかし同じく上着を羽織った彼女のほうこそ、周囲から非常に浮いているようだった。いくら私がゆるふわ脳のうっかり科学者でもこういうときの一般基準くらいは理解しているので、彼女の主人であるという威厳を示そうと声を太くして進言する。
「ダリュ。乳房をしまいなさい」
それを聞いて、それまで私の一歩前を速足で先導していたダリュは「は?」と、不機嫌な声を上げて振り返った。僅かに左目周辺の筋肉が痙攣している。
「お前のその三分の一以上が露出している乳房はこの気温の中だと奇怪なものとして市井の皆さんは捉えることだろう。先ほどから視線が集中している。規制の厳しい国ならBANされかねないぞ。ほら、前を留めてあげよう」
私のホスピタリティ溢れる言葉に、ダリュは痛み入り動けなくなってしまったらしい。その隙にそのオーバーサイズの上着にその豊かな乳房を収めて前を閉めてやる。
「よしよし、これで大丈夫だ。脂肪は冷えるからな。あとじっくりであたためてあげよう」
すると、唐突に彼女の手が私の右頬に向かって振り翳された。「おっと」と軽く驚きながら躱すと、右頬を叩かれる前に左頬を張られた。なるほど、右はフェイントか。流石は私の使い魔だ。優秀である。
「頬は両方差し出して、先生。でないとロクなことにならないから」
そう言ってダリュは私の顎を掴むと、じわじわと骨を締め上げてきた。そして「あなたに欠けてるものはなんだっけ?」と、私に当該項目の暗唱を求めてくる。
「……デリカシー」
「そうだね」
「シュガーコート……」
「うん、続けて」
「コモンセンス」
「ちゃんと覚えてるんだ」
「私は理系だぞ。暗記は得意だ」
「覚えてても改善できてなきゃ意味ないけど?」
そう吐き捨てて、ダリュは私の顎を放り投げるように解放した。
「えーとだな……私の宝物が冷えるといけないので、ちゃんと着込んでくれると嬉しい」
修正案を口にすると、彼女は一瞬妙にかわいい顔をしたが、すぐに、
「宝物ってどっち?」
と、なにかに気づいた顔をした。
「どっちとは……? それはもちろん、乳のことだが」
「……最低という言葉すらぬるいな。あなたにはザコでじゅうぶん」
「ザコ……? それって女児言葉だろう」
「その認識があなたの変態性を如実に表してる」
どうやら見放されたらしい私は、無言になった彼女の後を反省しながら追う。しかし私の挙動といえばいつも正しいのだ。どうも私の使い魔は神経質な性分でいけない。もっと私のようにどんと凛々しく雄大に構えておけばよいものを。……反省中断からの分析に意識をとられていると、不意に彼女が立ち止まったのでそれに倣った。彼女の視線の先、道向こうには古ぼけた低層ビルが一棟。昨今の都市計画は非常にハイセンスであり、このきらびやかなチャイナタウンの中では異様な浮きっぷりをしているところからして、持ち主が立ち退き要求を拒絶し続けたことが窺える。しかし歩道や車道に、植木鉢などを例とした住人の持ち物がはみ出ていないところからして、個人のオーナーではなさそうだった。
「ダリュ、指令を共有しろ。このままだと立ち退きの追い込み任務かと疑ってしまう。見ての通り、私は脅しが得意ではない」
産廃コンテナの影から向こうの様子を窺っているらしいダリュにそう声をかけると、彼女は「だる」と息だけで呟き、立ちっぱなしだった私に屈むように促したあと、
「そんな任務があった前例がないでしょ」
と、その麗しい眉を不機嫌に歪めた。「あと脅しが得意じゃないとかその図体で言わないでくれる。場所によっては用心棒に引っ張りだこだよ」
「安心しろ、ダリュ。いかなる副業をしようとも夜は週五でお前のために空けておくのがこのご主人様だ。誇れ」
「ほんとはなしつうじねえな」
たったいま暴言が挟まった気がするが、まあ気のせいだろう。ダリュが指で誘うのでその肩に顔を寄せ、一緒に彼女のスマホを覗き込む。すると液晶の上に投影されたホログラムスクリーンには、本部から共有されたものと思しき監視カメラ映像がいくつか映っていた。推測するにそれらはあの目の前のビルの内部のものだろう。
「どっかこっそりセックスしてないか?」
手を出して映像をザッピングすると、ダリュに手の甲を叩き落とされた。
「してたとて、見たいの?」
「ポップコーン」
「コーラ? ヴァイツェン?」
「うーん、今日はヴァイツェンだな。賭けは最低百ドルからで」
「なにを賭けるっていうのよ……じゃなくて。数時間前から各地で秘匿もへったくれもない暴動が起きているんだけど、どうやらあそこで指示を出してるっぽいんだよね。まったく、わたしたちのお膝元でよくやるというか……」
「こちらの戦力を分散することを見越しての灯台下暗し狙いか。はたまた頗る頭が悪いかのどちらかだな。はは、まっことジーニアスな私のようだ」
「先生は後者のつもりなんだよね?」
私の手によってこんがらがってしまったモニター映像を的確に元に戻したダリュは、とあるウィンドウを拡大して「ふん。地下ね」とひとり頷いた。どうやら指令室の映像はないものの、忙しなく動き回る兵隊たちの向かう先を、なんらかのサインで推察したようだ。私がその詳細を把握しようとしないのは、脳のリソースをそこに割きたくないというのと同時に、ダリュが大抵のことはなんとかしてくれるからだ。私がインプットするのは概要だけでいい。
「先生は裏口でタバコでも吸ってて。南側にあるから」
自分の頭の中で作戦を組み立て終えたらしいダリュが立ち上がったので、私も膝を伸ばす。「喜んで」と返事をして、それから彼女と唇を重ねた。その一秒後、かちりと互いの舌ピアスが鳴る音がする。彼女のチークの香りに混じって、雪の匂いがした。
「行ってこい、ダリュ」
ダリュの瞼がひらいた。蛍光のフラッシュが他罰的に焚かれ、魔力の充填が充分であることを示す。彼女のリップカラーが自分に移ったことを近くに停めてあった車の窓で確認したその瞬間、今さっきまで身を隠していた産廃コンテナが凄まじい勢いで道向こうのビルまで吹っ飛んで行った。どうやらダリュが蹴とばしたらしいそれは、出入口に激突したが絶妙なコントロールによって扉の破壊はしなかったようだ。閂代わりなのだろう。
「じゃあね、先生」
ダリュがそう言ったと思った瞬間には、既にその姿は傍らにない。罰点の眼光の残像からして、彼女はビルの屋上に降り立ったようだ。なるほど、追い込み漁か。
「土地の権利書とか落ちてたら拾ってきてほしいな。……地上げでGO」
私はひとりそう呟いて指で銃を作って撃つジェスチャーをすると、道路に出て右見て左見て、もう一度右を見て、しっかり安全を確認してゆっくり車道を渡った。そして中から響く叫び声の輪唱がうるさいビルの横の脇道を進み、指定された裏口の前に行き着くと、懐からタバコとジッポを取り出す。なるほど、律儀にも分煙をきっちりしているらしくその場にはスタンド灰皿も用意されていた。火を点け、ひとくち目を吐く。鼻腔につんと香るバニラの余韻を軽く吸って、ふたくち目。雪に額が濡れるのを感じながら目を閉じる。私にだって、柄にもなく過去に浸りたい夜もある。ましてや雪の夜なら懐古するにはうってつけだ。
私の役目はダリュの灯台でいることだ。ロマンティックな比喩であるわけではないが、ただそこにいるだけでいい。それが主従契約というものだ。主人はただ使い魔の帰還を待ち、適宜恩恵を与えるだけでいい。それをあの仔ヤギは全うできただろうか。あの子の使い魔は、あの子を守れただろうか。そうでなくてもあの子の心の中のベツレヘム・スターになれただろうか。そうあったことを期待したいが、政変が成ってしまった時点で望み薄だ。尤も、私は彼女の使い魔候補として名乗りを上げたあの黒狼が、あの子の兄の使い魔候補との決闘に敗れたのと同時期に……いや、その時点で聖職を辞している。あの瞬間、私は泣きじゃくる彼女の姿を目の当たりにして、もうここは駄目だと見切りをつけたのだ。だから私はあの子の新しい使い魔との関係性を知らないし、そもそもどうしてあの子が玉座に就いたのかですら皆目見当もつかない。私はあの子を放棄したのと同じで、だから今更とやかく言うつもりもないが、彼女が斃れた今日くらいは思い出に浸るくらいのことをしたっていいはずだ。……『意味あるはない』ではあるが。
タバコをふかす。夜空を見上げる。明るすぎる街の色にくすんで遠い群青。ちらちらと雪が降っている。積雪一センチにも満たないこれはあの子の涙であろうはずもないのに、どうしてもあの元気な笑い声や、けたたましい泣き声を思い出してしまう。ニコニコエンエンの獣。誰に存在を卑下されても、無視されても、彼女はあのちいさな足でそこに踏ん張って立っていた。ちいさなブイサイン。彼女は呼ばれると、自ら双子の兄との差別化をはかってブイサインを作り、「に!」と笑っていた。
あの双子に名をつけたのは私だ。しかし彼女がリシュヴェリとして生きていられたのはどれほどの間だったのだろう。あるいは、彼女はまだ生まれていないのかもしれない。これから、そうやって生きていくのかもしれない。
「生きろよ、リリ」……唱える。
兄の分までとは言わない。私は製造責任者として祈る。
三本目のタバコが雪をかぶって消えた頃、裏路地に足音がふたつ響いた。ひとつは雪慣れした大きな足。もうひとつは華奢なヒールだ。聴覚情報からの人物像予想を裏付けたくてそちらを見ると、そこには予想通りに黒狼の『ハティ』と赤いドレスの『ハーフムーン』がいた。ハティは私を見ると、「応援に行くって連絡したんだが、レスポンスがないんだ」と、地獄絵図を孕んでいるであろうこのビルを顎で指す。その頬には怪我をしているのか、赤い擦過があった。
「調子がいいか死んでるかのどちらかだな」
私はそう答え、それから微妙な顔をして固まっているふたりに「ああ、今回は調子がいいほうだ。勿論そうだとも」と言い添えてやる。するとハーフムーンが「そ、そうだよね。そうだと思ったあー」と明るい声を発して両手を合わせた。ハティは「加勢に行く」と腰から銃を抜く。ふたりのその妙に固い態度は、私の威光に委縮したからか、それとも私が『元聖職者』だということが知れ渡っているからか。まあ、その両方だろう。特に彼らは協会出身なのだから私を苦手に感じても仕方がない。
「行かなくてもいいと思うんだが……どうだい、一服」
タバコのボックスを差し出してそう言うと、ふたりはまたしても微妙な顔をしてゆっくりと首を横に振った。折角の親睦の機会だと思ったのだが、今はタイミングが悪いらしい。どうしても仕事がしたいらしい彼らの背中を押してやろうと、私は裏口のドアノブに手を翳した。するとかちりと音がして、鍵が開く。
「あの子の機嫌は損ねないでくれ。私に矛先が向くから」
そう付け足して、私はたったさきほど雪で消えたタバコの残りに火を点けようと試みる。だがなかなか上手くいかない。
「なあ、アンタっていつもこうやって待機してるのか」
ふと、ドアノブに手をかけたハティがそう問うてきたので、「そうだ」と頷いて返す。別にサボっているわけじゃないと前置きして、
「キミたちもそのうちマスターを得るかもしれないから、覚えておきなさい。重要なのは、主人を信じることだ。絶対に自分を待っていてくれるとね」
と、無意味なアドバイスをする。こういうのは、無意味であればあるほどいい。私が『無意味』のなにもかもを、その概念すべてを否定したいからだ。そして言葉は絶対に根付くということを知っているくらいには、私は永く生きている。撒いた無意味がいつかなにか別のものとして芽吹くことを期待してしまうほど、無意味に、永く。私の言葉をどう受け取ったのかは知らないが、ハティとハーフムーンはお互いに目を合わせて肩を竦めると、
「うーす。いってきまーす」
「いってきまーす」
とそれぞれ気怠げに言って、ドアを開けた。
「はい。いってらっしゃい。あ、激励のお礼に土地の権利書があれば持ってきてほしいなあ」
二人の背中を叩いて、血腥いビル内部へと送り出してやると、私はようやくタバコに火を点けることに成功した。軽くガッツポーズをして、懐からスマホを取り出す。そして事前ダウンロードをしていたソシャゲを起動した。懐古はもう終わりだ。私だってまだまだ若いぞと、虚空に示すつもりで、ちょうど一分前からサービス開始したらしいそのゲームのリセマラをして時間を潰す。
「先生、意外と逞しいのね」
「やーん、抱き締められたーい」
「なっはっは。もっと寄りなさい」
この私から溢れ出る魅力にくるわされた花の二輪を抱き寄せ、サゼラックを舐める。このスパイシーな苦みで両手の花が映えるというものだ。花はいい。美女ならもっといい。もっとも、私は男もイケるクチだが、まあ、今日は女の気分だ。擦り寄ってきた事務員の女たちを適当に構っていると、ボックス席の向かいに座っていたアンダーソンが、「あんまり風紀を乱さないでくださいよ」と茶々を入れてくる。そうしてちらりと向こうにいるダリュのことを気にしたようだった。
今回の任務の打ち上げは、夜明け前にチャイナタウンのダイブバーで行われた。そもそもが唐突な招集ならびに戦闘ではあったものの、見事我らSGJは暴動の鎮圧を完遂した。あとは医療班と掃除屋が忙しくするだけだが、それも朝には落ち着くことだろう。仲間内に死人はいないし、首尾は上々だ。なにより、ダリュが敵のブレーンを即座に抑えたことがこの電撃戦を更なる早期決着に導いたようで、私も鼻が高い。ダリュの功績は私の功績としてこの組織内では評価されるからだ。
「先生ってどうやってダリュちゃんのこと手懐けてるの?」
「それは、セッ」
みなまで言う前に、なにか高速で移動する物体が目の前を鼻先を掠めた。壁に当たって砕けたそれは、ビリヤード台のチョークだ。そちらを見なくてもダリュがこちらに威嚇する目的で投擲したということはわかりきっているので、私はわざとらしく大きな咳払いをして「向こうが惚れてるから、小手先は不要なのだよ」と言葉を正す。
「えー、惚れてるってどこにですかあー?」
「それはもう私のビッグディッ」二発目のチョークは今度は睫毛の先を掠めた。微かにその投擲物が帯びる粉末が角膜の水分を奪ったことを感じつつ、私は「……私の心の広さに惚れているのだと思うなあ。ははは」と再度言葉を訂正した。
そのボックス席でただひとりだけチョークが二回飛んできたことを視認していたらしいアンダーソンが、固い笑顔のまま「ダリュちゃん、次はアンダーソンおじちゃんと対戦しようか!」とビリヤード台のほうに移動するのを横目に、私はカクテルに添えられたレモンピールを齧った。苦くて酸っぱいのでそう宣言すると、花たちの唇が私の舌に寄せられる。だが、チョークは飛んでこない。
「ふむ。何が違うのか……」
顎を揉みつつ漏らした独り言に、誰も回答をくれはしなかった。ダリュのいるほうを見ると、ビリヤード台の上でキューを構えている彼女の下着を覗き込もうとして床に張り付いている男性陣を、アンダーソンが文字通り蹴散らしている賑やかな光景があるだけで、彼女からこちらへの反応は特にない。試しに私の胸の両側から押しつけられている乳房をそれぞれ軽く揉んでみるが、その罰印の視線は一切こちらに向けられないまま数秒が過ぎた。下ネタ話と性的なボディタッチに如何ほどの差があるというのだろう。常識的に考えて後者のほうが嫌がられそうなものの、私にはコモンセンスがないらしいのでよくわからない。
「ベッドでの話をバラされるのと浮気セックスをされるの、どっちが嫌だと思う?」
試しに向かいの席で瓶ビールを飲んでいたハティに話を振ると、彼は唐突に鼻からビールを吹き出した。新手の健康法だろうか。似非健康法に手を出すとそのうち取り返しのつかない事態を招くぞ……とアドバイスをしてやろうかとも思ったが、彼が片手をこちらに向け、もう片方の手で濡れた顔下半分を拭うので、待てと言われていることを察して口を噤む。
「なんで俺に振るんすか」可哀想に、涙目だ。鼻の粘膜が痛いのだろう。
「近くにいたから。あと、この中ではモテそうだから。私の次にな!」
彼は特に発育がいい。筋肉量だけで言えば私にも勝るとも劣らない。思うに、大多数の女はこの手の肉体と甘いマスクがガッチャンコした男に弱いというのが、私の見立てだ。なぜなら私がその条件に当てはまっているからだ。
「なわけないっす」
彼は妙に落ち着かない視線を空に漂わせ、どこか上の空でそう答えた。
「謙遜するな」
私の言葉に、左腕で抱いていた娘が「そうよ」と同意する。
「いや、下から数えたほうがはやいっす」
「ふむ。まあいい。で、さっきの質問に答えてくれないか」
「どっちも嫌っす」
彼はそう言うとそれまで脇に置いていた上着を腕にかけて立ち上がり、私になにかの書類を手渡して無言で背を向けた。右の娘が「感じわるーい」という声が聞こえているだろうに、彼は微塵も反応を示さない。そのままバーカウンターへと瓶を返却にいくようだ。
「どっちもか……ふむ」
私がそう呟くと、ダリュがアンダーソンを早々と打ち負かしたらしい歓声が聞こえる。私の使い魔が負けるはずがないのに、皆勝負に興じて楽しんでいるようだ。彼のいう『どっちも嫌』についてぼんやり考察をしつつサゼラックを舌の上で転がすと、アブサンの香りが鼻腔に滲む。私はアブサンでなくシャルトリューズを使ったレシピも好きなのだが、それは自宅で楽しむことにして、左の娘に二杯目を持ってきてくれるよう頼んだ。彼女が戻るのを待つあいだ、ハティから渡された書類に目を通してみると、それは土地の権利書だった。
*
「おっ、忽然オオカミじゃん」
アンダーソンを完膚なきまでにボコボコにしたあと、裏口から地上に上がったところにある狭小な喫煙所でタバコを吸っていると、ヘルメットを小脇に抱えて出てきたハティと鉢合わせた。彼はわたしの呼びかけに「忽然オオカミ……?」と怪訝そうに呟いて、それでも素通りは避けてくれるつもりなのか、懐からタバコを取り出した。火を貸してやると、彼は「どうも」と短く言って紫煙をふかす。
「うざかったっしょ、あの人」
「別に。ああいう人なんだろ」
「そ。頭バカピンクなの」
「俺はそこまで言ってない」
「弟は?」
「賭け麻雀やってる」
雑談未満の、音だけの会話。明け方のチャイナタウンはほんのりブルーとピンク。白い息が二十四時間つけっぱなしの看板まで昇り、きえる。雪は既にやんで、積もっているものも昼頃には粗方消えることだろう。ちらりと隣にいる彼の横顔を盗み見ると、なんというか死にそうな顔をしていた。それもそうか、と納得しながら、少し考えたのちに、横に一歩移動する。
「ね、アンタの部屋連れってって」
「はあ……?」
「お腹空いたんだよね。ピザ食べよ」
明確な拒絶どころか曖昧な拒絶すらなかったので、タバコを消していないままの彼を「ほらほら」と促してそのバイクの前まで誘導した。そこで「あ、アンタは飲酒運転になっちゃうのか」と気付いて、仕方ないので飲んでいないわたしが率先してシートに跨った。
「後ろに乗りな、カブちゃん」
振り返って後ろのシートを叩くと、彼はひどく戸惑った様子で、ダイブバーの裏口を気にした。どうやらうちのご主人様のことを気にしているらしい。それを「いや、俺のバイク……」という申し立てで優しくオブラートに包んだ彼を、わたしは尚もシートを叩いて促す。
「押して帰るつもりだったの? この雪で」
「スタッドレスなんで」
「じゃあトバしても大丈夫ね。はやく乗りなって」
「……ごめん、ストレートに言うぞ。先生に殺される」
「殺されないよ。アンタ死なないもん。そしてストレートに言うなら『降りろ』でしょ。やさしーね」
視線で繰り返し指示すると、彼は溜め息を吐いてわたしにひとつしかないヘルメットを被せてきた。「いや、いらないし。バンが崩れちゃう」と拒否するが、「せめて被ってくれ」と念を押され、頭頂部を軽く叩かれた。大きな手の感触がする。先生と同じくらいだろうか。
「うわ。真面目」
「貸してやるんだからせめて言うこと聞けよ」
「うわ。お兄ちゃん属性」
「まあ……兄、括弧、仮だしな」
そんなやりとりをしながらスマートキーでエンジンをかけると、彼が後ろに乗ってきたのがシートの軋みでがわかった。「命日……」と呟いて大男が怯えているのは快い。そして「遠慮しないで捕まって」と促すと、その太い腕が腰に回された。しかしわたしの胸にすこし触れてしまったというだけで、彼はびくりと大袈裟に反応する。
「気にしないでって。座高が違うんだから」
「……肩でいいか?」
「じゃあヘルメットなくていい?」
「……失礼します」
「わかればよろしー」
こうしてようやく、わたしは強引に他人のバイクを発進させた。イカつい流線形が徐々にスピードに乗り、じゃばじゃばと濡れた積雪に轍をつくり、寒風を切り裂く。無人営業の店が数多く占めるこの街はオールナイト営業。帰路が明るくてよかっただろうな、と後ろの同乗者の事情を想うが、一瞬で忘れる。わたしたちは人間界で暮らす仲間でありながら、全員が他人だ。超・他人だ。自らにもそう言い聞かせる。
「ピザどこで買う?」
「デリバリーじゃないのか」
「この雪でなんて、配達ロボットが可哀想だよ。それに、お持ち帰りで割引あるでしょ。一枚無料! とかさ」
「キミも可哀想とか思うんだな」
「思うよ。ヒトも機械も、みんなわたしたちよりザコなんだから」
チャイナタウンにピザ屋は少ない。ハティに住所を聞いて、その最寄りの店の前にバイクをつける。バイクから降りて一旦ヘルメットを外すと、案の定バンヘアが崩れてしまっていたので編み込みを解いてリングエクステを抜いた。それを腰のベルトに引っかけていると、ハティが目を丸くしてこちらを見ていたので、「なに」と声をかけつつその腕を叩いて入店を促す。
「髪下ろすと……全然違うな」
「お、そういう男は好かれるよ。かわいー?」
「……可愛いかどうかは、主観によるんで」
「その主観を聞いてるんだって。パブリックイメージとしてわたしが可愛いのは当たり前じゃん」
「はて……」
「ボケんなし」
ハティの脛を蹴り上げると、「はいはい。どれにする?」と窘めるように壁のメニューを指された。お互いに牽制と謙遜の沈黙が五秒ほど。しかしお持ち帰りの場合同サイズのピザが一枚無料になるという表記を見つけて、
「パイナップルがいい! ハワイアンね!」
と宣言すると、ハティはなにか奇怪なものをみつめるような目で私を見てきた。
「なるほど。そういうタイプな」
「そういうってなに。いいじゃん、アンタの人権侵害してないでしょ」
「じゃあ俺ははこの四種類選べるやつ……」
「出たよ。さてはそういうタイプだな」
「そういうってなんだよ」
備え付けの端末で注文を送信すると、ハティを押し退けてわたしが会計を済ませた。有無を言わせずに「お酒おごって」と畳みかけると、ピザの待ち時間にコンビニへ行く流れになった。そこでビールを何本か選んでいると、「なにが好きなんだ、酒」と問われたので、「エスプレッソ・マティーニ」と答える。すると彼はコーヒーリキュールのミニボトルを持ってきてくれた。「シェイクじゃなくてステアになるが」と言い添えて。
「へー。モテるでしょ」
グッドルッキング。ナイスバディ。オマケにコンシデレイト。可哀想、という意味を込めてそう言ってやると、
「それ、さっき眦哩先生にも言われた……」
と彼は腑に落ちない様子で頭を掻いた。先生は事実ならなにを言ってもいいと思っているタイプのノンデリだ。事実陳列罪の常習犯として悪名を馳せている。ハティはこの惚けた態度で先生のウザ絡みを躱したのだろうが、実際のところモテている自覚はあるに違いない。
「まあ、見たらわかるか。じゃあ、ゴムいる?」
「……じゃあ、とは」
「ただの確認」
またしても怯えた様子でいる彼の肩を叩き、衛生用品コーナーを素通りして、菓子コーナーでグミをいくつかカゴに放り込んでいく。「う、チョコグミ……?」「おいしーよ」「なんというかキミはアレか。舌が……」「みなまで言うなし。フツウですー」「アレは。ポテトチップスにチョコがかかってるやつ……」「あー、好き。食べたいな。探してよ。あ、おうちタバスコある?」「ないな。買うか」……ピザとほぼトントンになった会計を済ませてくれた彼に「ごちそうさまでーす」と声をかけると、不意に彼は「あ、Tシャツ」と呟いて店内に引き返そうとした。
「Tシャツ……? なに、全部虫に食われたの?」
「いや、キミの」
沈黙。
「あっ。泊めてくれる気……?」
わたしの驚きが滲んだ声に、彼は自分の言葉をどう解釈されるのかを察したのだろう。
「……あ、いや、そういうのではなくて。飲酒運転になるから……」
と、焦った様子でぎゅっと目を瞑って、手のひらを顔の前に翳す素振りを見せた。勿論意味はわかっているが、揶揄うつもりで「一緒に寝る?」と笑ってみせると、彼は耳をさっと赤くして「ちが、ちがうんだ」と壊れたロボットみたいに全身の筋肉をギクシャクさせる。その様子に、可哀想、と、面白い、が同時にわたしの胸に湧いて、しかしちょうどいい台詞なんてものも湧いてはこなかったので、ただ「バリ難儀」とだけ呟くと、彼の手から買い物袋をひったくった。
「アンタの要らないシャツちょうだい。最後に女に着られてアイデンティティぐちゃぐちゃにさせて終わらせてあげよ。オレ、男物だったのに……って」
「ひでえ擬人化……」
「自分以外はみんな擬人化っしょ。人間だと仮定してるだけで」
雪道を数分歩いて最初の店でピザを受け取ると、ふたたびバイクに跨ってハティの自宅であるらしいマンションへ。なかなかいい部屋だ。職場にもそれなりに近い。
「あっは。予想通り」
「なにが」
「埃ひとつない系。潔癖だ」
「潔癖はタバコ吸わないだろ」
テーブル前のソファに案内されたので、買ってきたものをテーブルに置いてジャケットを脱ぐ。すると彼が「待ってろ、シャツ……」と言うので「もう着ないとダメ?」と身体を伸ばしつつ答えた。腕を伸ばしたその体勢のまま部屋をぐるりと見渡す。家具はインダストリアルだが、お洒落重視というよりは掃除のしやすさで選んでいそうだ。登りやすそうで、猫である私にも嬉しい内装。布物はレザー系が多め。爪が引っかからなくていい感じだ。ああ、昼寝にはあの棚の上がよさそうだ……。
「ほら、着てくれ」
どこからか戻ってきたハティが、ぴっちり畳んであるシャツを渡してきたので、受け取ってショート丈のトップスの上から被る。洗剤は無香料系だろうが、なんともいえないいい匂いがした。冬の風みたいな匂いだ。
「これでいい?」
「まあ、風紀は乱れずに済んだ」
「わたしのこと、いるだけ風紀デストロイヤーだと思ってたの? でもこれだと逆に下なにも着ていないふうに見えませーん?」
「……ちょっと待ってろ、パーカーを……」
「いや、自分の想像力でカバーしなよ。わたしの言葉に惑わされんな」
寒くはないが、彼が暖房を入れてくれたのを肌で感じつつ、パーソナルスペースを守ってソファに腰を下ろす。「座ってろ」と言われたので一応は行儀よく待ちながらスマホをチェックするが、先生からはなんの連絡もきていない。あの男はいつもそうだ。構ってくれるときとそうでないときの差が激しすぎる。しかし一応は義理立てするつもりで「朝帰りです」と一言メッセージを送った。まあ、もう朝ではあるが。それから一杯目はお互いビールにすることにして、栓を開けた瓶で乾杯をする。
「はーい。おつかれー」
「おつかれ」
「朝だよ。安心しな」
そうぽそりと小声で添えて、ビールをひとくち飲む。帰路の風でより冷えたそれは、飲み口に舌がくっついてしまいそうなほどキンキンだった。そしてハワイアンピザにタバスコとビネガーを満遍なく振りかけていると、「やっぱり舌……」と引き気味に言われたので「食べてから言ってって!」と、肘で彼の脇腹を小突く。
「もうそれは味覚じゃないだろ。痛覚と第六感だろ」
「頂点で待ってる。はやく来な、このステージへ」
「凡クラスでいいです」
嫌がるハティに一切れ押しつけて、爪でつまんだデラックス仕様のハワイアンピザに齧りつく。甘くて酸っぱくて辛くてわけわかんなくて最高だ。もはやチーズがいる意味がないところもいい。ぱく、ぱく、ぱくと三口で一切れを食べ切って、ビールを一気に空ける。
「はー、お腹空いてたんだよね」
「にしてもゲテモノを随分と美味そうに食うな」
「褒め言葉だよね?」
「そりゃあ、まあ、そうっす」
目が泳いでいるハティを急かしてわたしのピザを食べさせると、彼はなにやら濁点の多い呻き声を上げて、「舌が壊れる」と泣き言をいった。この程度で音を上げるとはどいつもこいつもザコである。二本目のビールを開栓して、彼がひとくちだけ齧ったピザを取り上げる。それを畳んで口に入れていると、彼はなにか言いたげな視線を向けてきたので、飲み込んだあと、
「まさか関節チューが云々とか言わないよね?」
と婉曲で初心な反応を拒絶した。
「言わ……ないす」これは言いたかった顔だ。
「正しい。そういうキャッキャイベントは好きな子とやりなねー。それに、わたしにそんな怯えなくてもいいでしょ。ただの同僚なんだから」
「怯えては、ない……」
「怯えてるよ。そんな、いきなり押し倒したりしないから安心して。残念だけど童貞に興味はないし」
確かにわたしは性格が悪い。しかしアセクやこっちに興味がないデミセクに手を出すほど終わっちゃいないという自負がある。一体わたしは同僚からどんな妄想の目で見られているのだ……とこれも半ば妄想で不愉快になりながらソファの座面に胡坐をかいた。
「……マジ、か」
ふとそんなラグいかつ間の抜けた声がしたので隣を見ると、ハティは文字通り鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてわたしを凝視していた。どうやら私の発した言葉の意味をじわじわと認識したらしい。その綺麗なアイスブルーの睛は溶けかけの氷くらいちっちゃくなっており、驚いたときの癖なのか唇を若干尖らせている。その反応が初心どころじゃなくて、わたしはいけないと思いつつ笑ってしまう。舌ピアスがかちりと鳴った。
「え? まさかバレてないとでも……?」
「……ちょっ、今言葉を、生成、する……」
「さっきから童貞デラックスパックな態度だったでしょどう考えても」
わたしの追撃に、彼は「うっそだろ……」と頭を抱えると、可哀想なくらいにちいさくなる。一応はそう見られたくないという自意識が残っているようで、やっぱり難儀だ。可哀想でナイーブで、なんというか赤ちゃんに近いイキモノのように思える。
「そのこと自体はディスってはないし気の毒とも思ってないって。いたずらに初物食うほど倫理観トンでるわけじゃないってアピールだよ。わたしからのありがたーいホスピタリティ。わかる?」
「でもさっきゴム買うかって脅してきた……」彼はメソメソと両手で顔を覆っている。
「脅しだと思ってんの? ただの確認だよ。するかしないか。その程度のことでしょ。いきなり襲われたら嫌じゃん」
「でもキミ、先生と契約してるだろ」
確かに、主従契約では使い魔は主人以外と子を成せなくなるという、メリットあるいはデメリットがある。
「避妊目的以外でもゴムは使うだろ童貞。覚えときな」
その無知を糾弾がてら彼の肩を叩こうとして、やっぱり殴ることにする。指輪がめり込んで、「痛え」と嘆いた彼は、わたしの二撃目を掌で受け止めて、「痛いの苦手っす」とその勇ましい肩を若干下げた。仕方がないのでその手を振りほどき、彼の注文したピザを一切れ奪って齧る。なんとも平凡な味だ。
「つーか、アンタのほうが歳上でしょ。なんなのその言葉遣い」
「そうなのか? いや、そうか。でもそうしたらキミの言葉遣いのほうが問題なんじゃないか?」
体勢を立て直したハティは、そう言うと途端に眉をキリッとさせ、「ん?」と詰めてきた。まったく、僅かでもマウントを取れる箇所があって嬉しいのだろう。生意気である。
「いや、わたしのほうが強いし」
「そう思うのか?」
「なに、やるの?」
「あっ、いや、そういうんじゃ……」
「セックスじゃねーよ。あのさー、アンタの曲解をわたしに擦りつけないでもらっていい? 私はアンタに手を出さない。どうしてもって言うなら考えなくもないけど、とりあえずノーセンキューなの。せめてもうちょっとイイ男になってから自惚れなよ」
胸ばっか立派でよ、と付け足してその胸板を叩く。弾力と柔らかさのあるいい胸だ。巨乳と言っていい。プランク念入りにやってんなと分析しながらタバコを手に取り火を点けると、またしても彼は微妙な顔をして手を宙に浮かせていた。なるほど、やり返そうとした自分にびっくりしたのだろう。俯瞰と理性があって大変よろしい。ていうか、若い。わたしより歳上なのに。
「一回ちゃんと触っとく? 慣れるかもよ」
煙を吐きながらそう提案してみると、彼は引き攣った顔をしたあと、ビールをひとくち飲んで妙に黄昏れはじめた。膝に肘をつき、タバコに火を点けて、やけに遠い目で壁を見ている。
「いや、なにちょっと考えてんの。まさかほんとに触ったことすらないの?」
「いや。あー……いや、というか……なんというか……」
「なーに」
「……少し前に、同僚に……押し倒されたというか……」
「へ? マジ?」
まさかの告解。しかし興味があるというか、彼が聞いて欲しそうなので一歩距離を詰める。「どれ? だれ?」と問いながらも、変にトラウマになっていないかが心配で、興味津々と聞き役の体勢の半々で彼の肩に手を添えた。
「……さっき先生の左側にいた子」
「向かって右? ええと、誰だっけ。……オリエ?」
「そう……です」
オリエは事務員の女だ。普段は地味であるふうに装っているが、打ち上げには眼鏡を外してくるタイプの肉食系である。ああいうのに男は騙されるが、腋からブラをちらつかせたノースリーブニットを着る女が清楚系なわけがない。ふつう、そこからブラは見えないのだ。つまり脇高の寄せ寄せだ。しかしそんなことを言ったらこの童貞はビビり竦み泣き出す可能性があるので、ぐっと口を噤み、深呼吸を挟む。
「……なんでそうなったの?」
「わからない」
「なわけ。……好きだった?」
「なわけ」
「だよね。どこで?」
「仮眠室。なんつーの、夜這い……? 俺は当直で、一瞬寝落ちたと思ったら上に乗っかってて……」
「暴挙じゃん」
「ほんと勘弁してくれって言ったんだが、まあダメで。色々触らされて、触られて」
「暴挙にいとまがないじゃん」
「でもその、俺が、てんでダメで」
「ダメでフツウでしょ。怖かったね」
「そしたら彼女が泣いて」
「暴挙の暴風域じゃん」
「可哀想なことしちまったなって……」
「はーあ?」
そこでわたしはキレた。軽くだけど、ふつうにキレた。
「ぬりーこと言ってんなよ。アンタは加害されたの。わかる? 仮にコトを完遂したとしてもそれはアンタの気持ちを無視してるでしょ。バッカじゃないの。あの脇高寄せ寄せ女は押し倒せばなんとかなるって思ったんだろうし、アンタはアンタで泣かれてビビってヤッてあげたほうがよかったかもなって思っちゃってる。ぶっちゃけそれは男性体に対する差別だね。そりゃわたしも任務のときはそういうの利用するけど、ほんとうのこころでそう感じないでよ。相手にも理由があるとか思ってんなよ。次そんなこと言ったらわたし、アンタのことビンタするよ。マジビンタだかんね。首折れろ童貞! つーか拗れてる奴は全員マジ一回大丈夫な相手とヤッてこいっての! 絶対コイツじゃなきゃやだって拘りがないならね!」
そこでわたしは自分の言葉で、彼が愛する相手を永久に失ったばかりだということを再確認してしまい、かなしくて爆発しそうになった。なんて日だろう。あの子は消えたし、雪は降るし、わたしは彼とピザなんて食べている。彼を詰める意気はとっくに削がれていたのに、言葉は止まらない。
「……セックスなんてこんなもんかって悟ることで着地する感情もあるんだよ。察する繋がりもあるんだよ。アンタはそういうタイプだと推察するね。とっとと童貞だろうがそうじゃなかろうがどうでもよくなりな!」
形だけでも盛大に啖呵を切り、若干スッキリしているわたしとは対照的に、ハティはいつのまにか獣形態になりソファの隅でクウンと耳を絞っていた。狼と聞いていたが、ハスキーにもなれるらしい。キリッとして見える被毛の下で怯えた目をした彼は、それでも細かいところが気になる性分を前面に押し出して、
「そ……それは矛盾では?」
と、弱い声で言った。
「矛盾してないでしょ。自分が童貞であるなしとかいう些細な問題で公平性を保てなくなるほど脆弱な思考してんなら、手っ取り早くもう片一方を経験してこいって言ってんの。なに、わたしの理論に文句ある? やれよ、人間賛歌ックス」
戻れよ、とその大きな前肢をつつくと、彼はポン、と元のヒト型形態に戻る。しかし彼は引き続き不安げな様子でありながらも、「でもダリュちゃんは童貞はイヤなんだろ」と、わけのわからない忖度をほざくものだから、わたしはまたキレそうになる。
「イヤだね! てゆーかなんだそのダリュちゃんっての。びっくりさせんな」
「いや、キミのほうこそさっきから俺のことビビらせまくってるだろ」
「この程度でビビんな。あー、キレ損キレ損。話の腰ボッキボキ。帰りまあす」
なんとも距離感のわからない男だ。しかし彼もわたしに対してそう感じているに違いない。シャツを脱いで立ち上がると、彼はわたしの手を掴んで、
「まだ触らせ……いや、エスプレッソ・マティーニ飲んでないだろ」
と、思い切り出オチをかました。これがわざとだったのかそうでないかは、今の苛ついたわたしにはわからない。
「じゃあすぐ作って。すぐだよ。ほんとすぐ。この唐突ムッツリオオカミが」
笑って立ち上がる彼はもう死にそうな顔をしていない。そのことがほんのすこしだけわたしの死んでる感受性とか、心の凪いだままである部分を揺らす。彼がほんとうに死んじゃうとは思っていなかったけれど、死にそうなのをどうにかしてやりたかったのはわたしのエゴだ。いや、エゴめいたなにかでしかないことを知りつつ、ちょっとしたちょっかいをやめられなかった。バウンドする勢いでソファに再び腰を下ろす。冷めたデラックスハワイアンピザを齧る。冷めても美味しいどころか、冷めたほうが美味しい。壊れた舌でも美味というセンサー自体はあって、かつ美味だったものの味も覚えている。
「生きろ、ダレス」……唱える。
皆の分までとは言わない。わたしはおなじエグザイルとして祈る。
わたしたちは生きてあそこから脱した。だから生き続けなくてはならない。愛の証明のために。
「マティーニグラスないの?」
「あったら童貞じゃないだろ」
「どういう理論?」
やがて彼が手渡してきたのはステンレスボトルで、わたしは笑ってしまう。食器もステンレスが多いのは、壊れないからとか、そういう理由なのだろう。神経質で効率重視で真面目。でも根っこは冷淡でもやわらかくないわけでもなく、ひたすら不器用なこの男の人格形成のルーツをわたしはなまじ知っているから見捨てられない。恋慕から遠く、同情からは捻じれ、哀しいくらいに形容しがたい。ラベリングの難しい心のポケットにいる彼に対しては、どっかで勝手に生きて幸せになりやがれ、と乱暴に祈るに限る。わたしがきっとそっと讃える。その生を、その意気地を。
自宅へと戻ると、玄関ドア前とかいうとんでもない位置に脇高寄せ寄せブラが落ちていた。ネイルの先で拾って、タグをチェックする。D70。色はブルーグレー。下手なピンクやベビーブルーよりあざとい。適当に放り投げてリビングルームに併設されているバーカウンターに向かう。カウンターの中に入り、奥のコーヒーメーカーでエスプレッソを淹れる。それからシェーカーに氷とシロップ(わたしは蜂蜜が好き)、完成したエスプレッソを注ぎ入れ、冷めたことを確認してウォッカとコーヒーリキュールを足した。二十秒シェイク。ダブルストレーンでマティーニグラスに注ぐ。ハティの作ってくれたのも美味しかったが、やっぱりシェイクしないと舌触りが物足りない。
「うーん、おいしそ……」
完成したカクテルのシルキーに泡立つ表面に、ココアパウダーで絵でも描こうかと引き出しを漁っていると、次に顔を上げたときには目の前からグラスが消えていた。一瞬にしてアンガーコントロールまでを済ませたわたしは、「先生?」と盗人を呼ぶ。見るとカウンターを挟んで、上半身裸の……いや、全裸の男がそこにいた。わたしの作ったエスプレッソ・マティーニを美味しそうに傾けて、彼は「朝帰りか、マイ・ピンキッシュバステトよ」と空になったグラスをわたしの前に突き出す。仕方がないのでわたしは背後の棚からライ・ウイスキーのボトルを取り出した。手元で作業をしながら、「朝帰りするってメッセージ送ったでしょ」と返す。
「スマホは見ていない」
「そう。お楽しみだったみたいだね?」
「ああ。やっぱり週一度くらいは複数人プレイをしたいな」
「あーそ」
「ふっふっふ。怒ったか?」
「なにを怒るっていうの」
冷やしたミキシンググラスでライ・ウイスキーと蜂蜜(本当は角砂糖かシュガーシロップだけど)、それからアンゴスチュラビターをしっかりステアし、シャルトリューズでリンスしたオールドファッションドグラスに注ぐ。レモンピールは省略。カウンターには上げずにそのまま口にする。スパイシーで苦くて甘い。
「ふむ。……しかしお前は男物のシャツを着て髪を下ろして帰ってきた。つまり私を妬かせたいということでいいな?」
「どういう理論?」
意味がわからない。先生はいつもめちゃくちゃだ。
「……黒狼の匂いがするな。あとは……パイナップルとチーズとベーコン、ビネガーとタバスコ……お前の好きなピザだな。あの男、ピザだけでお前を釣ったのか?」
「ちょっと、嗅がないでよ。こっちはギャビギャビの香水に耐えかねて口呼吸してるのに。ていうか釣られてないし」
「どうだった? よかったか? 私のよりデカいのか?」
「……先生」
「うん?」
「……どうだと思う? 考えて」
先生を黙らせたいときは、疑問や問いを投げかけて思考させるに限る。口許に拳をあてて黙り込んだ彼を眺めながら、作ったサゼラックを一気に飲み干し、カウンターから出る。「服着なって」とだけ声をかけて、バスルームへと向かう。よかった、わたしの聖域は侵されていないようだ。女たちが起きてきても絶対に使わせないように長湯してしまおうと、服を脱ぐ。ハティから貰ったシャツは、少し悩んだあと洗濯機に放り込んだ。処分は保留だ。
*
騒動が明けたその日の夜、ダリュと出勤した私はオフィスのデスクに見慣れぬ書類一式が置いてあるのを見つけた。しかし心当たりはあるので躊躇わずその青いバインダーに揃えられたそれの中身を改めると、予想通りに土地の権利関係の書類だった。ちょっとした偽造を知人に頼んだのだが、どうやら早々に処理してくれたらしい。変更箇所はすべてそれっぽく書き換えられており、きちんと公的書類として機能することだろう。私の手元を覗き込んだダリュが「なにそれ」と大した興味もなさそうに言うのに対し、興味を引こうと含みを持たせて「いいものだ」と答えると、予想に反して彼女はうんとかすんとか適当な返事をしてソファに横になった。しかし今回ばかりはほんとうに「いいもの」なので彼女を追って私はソファの隙間に腰を下ろし、「見てくれ」と促す。しかし彼女は私の膝の上に頭を置き直しただけで、起き上がろうともしない。しかしこれはいつものことではあるので「見せる」のではなく「聞かせる」ことにする。
「昨夜のビルなんだが」
「ふーん」
「ふーんが早いぞ」
「続けて」
「私の持ち物になりそうだ。改装して、いっそ移り住んでしまおう」
するとダリュは特に嬉しそうな反応は見せずに、「引っ越しー? やだ、だる」と、猫らしい反応をみせた。環境が変わるのが嫌なのだろう。
「しかし今のマンションはなにかと不便だろう。向かいから喘ぎ声がうるさいだの、喘ぎ声がうるさいだのと言われて」
「そりゃあなたが玄関先でおっぱじめるからね。脇高寄せ寄せー」
謎の呪文を唱えて、ダリュは仰向けから寝返りを打って横向きになると、スマホを弄りはじめたようだった。首いてーなどと漏らしながら。
「まあわたしは……」
「あなたとならどこへでも?」
「はー? お風呂が広ければいいって言おうとしたんですけど」
まったく、素直じゃない娘だ。片手でそのちいさな頭を撫でてやりながら間取り図に目を通す。ふたり暮らしに広さは十二分。それどころか今より広い研究室だって作れそうだ。胸が高鳴るとはまさにこのことである。私の書斎に、ダリュの私室。バーカウンターはそのまま持って行こう。それでもまだまだスペースは余りそうだ。いっそのこと来客を想定した造りにしてはどうか。なぜなら、これから来客が増えるからである。……そんなことを考えていると、想定通りのタイミングでオフィスの前をハティとハーフムーンが通りかかる姿をガラスの壁越しに認めて、私は彼らに手招きをした。すると普段より若干挙動不審らしいハティが気づき、目を丸くして指で自身の顎の辺りを指す。肯定の意味で再度手招きをすると、彼はさっと顔色を悪くしながらも、連れを伴い私のオフィスに入ってきてくれた。ダリュは私の膝を枕にスマホを弄り続け、特別な反応は見せないでいる。
「なんすか、先生……」
叱られることを察した子犬のように、ハティは前屈みと仰け反る姿勢の中間ぐらいに体幹を歪め、落ち着かない様子でおずおずと問うてきた。なんともまあいじらしいカブだ。
「大したことではないのだが……というのは私の主観だな。単刀直入に言おう。ハティ、ニューヨークへ行かないか」
その言葉に、この場にいる私以外の全員がそれぞれの様式で「唐突になんだ」という反応を見せた。そのくらいの察知能力くらいは私にも備わっている。
「キミはニューヨークへ行くべきだ。そうだな……次の人事で異動できるよう、キミは指揮官になりなさい。ふむ。それがいいな」
「指揮官、すか……?」彼は私の口にした称号を反芻する。
「そうだ。今のキミはどうせただの若干優秀な下士官といったところだろう。ああすまない、その辺りは正確には把握していなくてね。でもまあ、今のままでは実力も成績も足りないことは事実だ。そこで! 私が直々にサポートをして、次の人事までにキミを指揮官にまで押し上げてやろうというわけだ。我ながらホスピタリティムンムンのコンシデレイトだな……七人の小人くらい優しいな、まったく!」
はっはっはー、と腰に手を当て笑うが、誰も一緒に笑ったり拍手をしてくれたりはしなかった。不服ではあるが、まあそこは重要ではない。膝の上でダリュが「ほざけ」と言った気がするがまあ空耳だろう。
「あのー、なんでってことは置いておくことにして、どうやって兄さんを指揮官に……?」
ここで質問を投げかけてきたのはハーフムーンだ。彼は一見奔放に見えるが、思慮深い性質をしていると私はレポートに書いた記憶がある。
「昇級RTAだ。でっかい戦果を挙げて壁をぶち抜いていけばいい」
「いきなり頭が悪くなってないか」
私の提案に、ハティは怪訝そうに眉根を寄せた。その態度の裏で「なにいってんだこいつ」と思われていることが透けて見えているが、若さゆえと許容してやる。
「RTAだぞ。これしかない。キミは優秀で、通常の軍隊であれば瞬く間に昇進することだろうが、ここはSGJだ。皆が皆、キミと同等かキミ以上と思え。現にダリュのほうが強いしな」
するとダリュが、「だよねえ」と、にやりと笑って身体を起こした。「アンタって切実じゃないんだもん。わたしより弱いのは当然」……ふわ、と欠伸をひとつして、彼女は優雅に身体を伸ばすと、ハティに寄って行ってその胸に凶悪に長いネイルの人差し指を突きつけた。
「わたしより強くなってみなよ、ハティ。そしたら指揮官なんて楽勝でしょ」
余裕の笑みで宣戦布告。いや、猫らしく高みの見物か。
「そもそも俺、ダリュちゃんと競ったことないだろ」
ハティの指摘に、ダリュは首を傾げるだけで返事をしない。しかし実際に彼女の言う通りだろう。彼には欠けているものがあり、それを埋めるなり埋めようとするなりしなければ、次のステージへは向かえない。
「まあ、とにかく善は急げだ。とりあえずハティとハーフムーンは私の指揮下で動いてもらおう。昨晩アンダーソンには許可を得たのでな」
私の言葉に、他の三人は顔を見合わせ、そのまま数秒目配せするでもなくただただ視線を交錯させると、同時に溜め息を吐いた。たとえ呆れられようが嫌われようが、ある程度傲慢で操縦が効かない人間性だと広めておくのが、自由に行動するなによりのコツだ。私は気にしない。
「ほらほら、ふたりはデスクをここに持ってくるがいい。ダリュ、手伝ってあげなさい」
「え、二重にヤダ。私が遊ぶスペースが狭くなるし、重いものは持ちたくない」
「命令だ、ダリュ。ふたりに優しくしなさい」
「主観的すぎる」
「では、お前の遊ぶスペースが狭くなることを許容し、ふたりの引っ越しを手伝いなさい」
具体的に命令すればダリュが言うことを聞かずにはいられないことを利用すると、彼女は渋々といった様子で返事寄りの溜め息を吐いた。そして「ネイルが傷つかない作業だけ手伝うから」と領分の宣言をすると、ふたりの手を掴んだ。
「行こ、お兄ちゃんたち」
その言葉の意味を、ふたりが理解したかはわからない。であればこの場を景気よく締め、新たな一歩を踏み出すための号令は私が担当することにしよう。
「ようこそ。私営アレゴリー・ダリュの階段踊り場へ。私はSGJ第百期キングのエグジリ。こちらは第一〇〇期ルークのダリュだ。第九九期ナイト、第九八期クイーン、両名を歓迎する。各人おおいに奮い、私の手駒として邁進するがいい」
ここにいるのは全員亡命者だ。願わくばこれが最後の流浪、あるいは巡礼の旅であることを祈る。諸君らはいずれ先導する私を追い越し、新時代の旗手となるのだ。そのために、まずは黒狼にはあの仔ヤギと出会ってもらおうではないか。
End.
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