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「童謡『ちょうちょう』 ~ 春風のようなあたたかさについて」
誰もが知っている童謡「ちょうちょう」。1881年に文部省が発行した『小学唱歌集』初編に「第十七 蝶々」の表題で掲載されています。
(野村秋足作詞)
蝶々 蝶々 菜の葉に止れ
菜の葉に飽たら 桜に遊べ
桜の花の 栄ゆる御代に
止れや遊べ 遊べや止れ
ただし、これはもともとこういう歌詞を持つ歌として作曲されたものではなく、ドイツ民謡に後付けされたものです。
太平洋戦争終結後の1947年(昭和22年)文部省発行の『一ねんせいのおんがく』に、歌詞を一部改作されたものが掲載されており、これが現在広く知られています。
ちょうちょう ちょうちょう 菜の葉にとまれ
菜の葉にあいたら 桜にとまれ
桜の花の 花から花へ
とまれよ遊べ 遊べよとまれ
紆余曲折を経てたまたまこの形に収まったわけですが、その結果、シンプルな音の動きと日本語の歌詞とがピタリと合って、鮮やかなイメージ世界が描き出されています。というのは僕の個人的な感想なのですが、そう思う理由を具体的に述べてみたいと思います。
ちょうちょう ちょうちょう なのはにとまれ
ソミミ ファレレ ドレミファソソソ
まず全く同じモチーフが高さを変えて、2度現れ、「ちょうちょう、ちょうちょう」とやさしく呼びかけている感じになっています。
次に、順次進行の上行フレーズに「なのはにとまれ」という蝶々への優しく誘いかけるメッセージが乗っかります。
シンプルなフレーズですが、音の動きと言葉とが、よくマッチしています。ためしにちょっと歌ってみてください。
― ちょうちょう ちょうちょう 菜の葉にとまれ ―
その次の、「なのはにあいたら」という部分は、最初の2小節「ちょうちょう ちょうちょう」という部分の、リズムを変えたものですね。音数が増えることによって菜の葉に飽きてうずうずし始めた気持ちが表現されています。
それに続く「さくらにとまれ」という部分のフレーズは、中高で最後がふわりと降りています。菜の葉の回りを飽きるほど飛び回り、そのあと桜へと場所を変え、「ふわりと舞い降りよ」といったような様子が優しく描かれ、柔らかな光の中での蝶の軽やかな動きやが目に浮かびます。
この後に現れる動きは、それまでとは少し趣が異なっています。
前半の音の動きは、上への動き、下への動きが、それぞれ2小節の中で、ふわりふわりと収まっていますが、ここに来て、倍の4小節をかけて、長い呼吸で上へ上へと順次進行で動いて行きます。その音の動きに「桜の花の、花から花へ」という、広がる世界へのわくわくとする期待感の感じられる歌詞が乗っかります。
続く場面では、春爛漫の花の世界で、ふたたび軽やかに飛び続ける蝶々たちの喜びが表現されているかのようです。
― とまれよ遊べ 遊べよとまれ
前半の「菜の葉に飽いたら桜にとまれ」と音の動きは、同じなのですが、その前の、わくわく感のあるフレーズの後なので、そこにふたたび平穏な世界が続く安堵感と喜びが感じられます。
全体を通して、音の動きは2度か3度に限られていて大きく跳躍することがなく、もっとも低い音から高い音までの幅も5度という狭い幅の中に納まっています。その中でも、第5音(ソ)と第3音の間を行き来する動きが多く、最も安定感のある主音(ド)は、全体を通して3度しか現れず、それも半拍という短い長さによる単打のみ。そしてエンディングは、第3音で終わる不完全終止。余韻を残したまま終わります。
こういった音の動きが、ひらひらと浮遊する蝶のかわいらしさを思わせます。
季節は、これから冬へと向かいますが、この歌を耳にすると、一足飛びに暖かい春へのあこがれが膨らみます。