「ホテイアオイとルリカケス ~ 少年期回想」
数年前、あるお宅を訪ねた折、玄関の前でふと足もとに視線を落とすと、古い石鉢に水が張られ、その上にホテイアオイが浮かんでいた。
なんだか懐かしい光景だった。
ホテイアオイ
その言葉を初めて習ったのは、小学校1年生の時で、それまでは「浮き草」という名前だと思っていた。
久々に思い出した「ホテイアオイ」という言葉の響き。
― そうか・・・、
布袋様のお腹のような葵、
そういう意味か・・・ ―
何と、その言葉の語源に思い至ったのは、この時が初めてだった。
1年生のときは、「布袋」という言葉の意味も知らなかったし、「アオイ」に関しても「葵」ではなく「青い」だと思っていた。
― あ・・・、そう言えば・・・、
布袋様のことを、授業の中で、得意げに答えた子がいたよな・・・。
あれは、ホテイアオイを習ったときの設問に対してだったのかな?
布袋様なんて知らなかったから、答えた子を尊敬したっけか ―
瞬間的な記憶が、くるくるとよみがえって来た。
目の前の光景から、意識の底に眠っていた子供の頃の記憶がぽっかりと浮かび上がってくる。そういう時の流れを逆行するような心の動きには、不思議な感動が伴う。
ルリカケスに初めて出会ったときもそうだった。
子供の頃の自分にとって、その言葉は単なる「しりとり用語」だった。日本語の中では数少ない「ラ行」で始まる言葉を国語辞典で捜し出し、記憶の中にストックしておいたものだ。ルビー、ルーレット、ルール、ランドセルなどの中に、情報欄が白紙になったままの状態で「ルリカケス」が混ざっていた。鳥の名前だとは知っていたが、それがどんな鳥なのかまではその頃もそれ以降も知ろうとしなかった。
突然その姿を目にしたのは、薩摩半島最南端の長崎鼻にあるパーキングガーデンを訪ねたときだった。
それまでしりとりのための文字列でしかなかった「ルリカケス」が、瑠璃色の羽に覆われた美しい鳥として突然眼前に姿を現した。予期せぬ遭遇に驚き、立ちすくんだ。
― そうか・・・、瑠璃カケスだものなぁ・・・、子供の頃は「瑠璃」が
何を意味するかも知らなかったなぁ ―
奄美大島だけに繁殖する、鹿児島県の県鳥であり、日本国の天然記念物に指定されている鳥である。