女性が将棋を指す理由

夏休みの間、実家の将棋教室お手伝い記事最終編。

月曜日と火曜日はお盆から日が経ってないためか、教室は閑散としていたので、わずかにやってきた少年相手にロールプレイをしていればよかった。

駒落としではコミカルにやられて受けを取り、楽しんでもらう「三下やられ役」。平手では現実の厳しさ、負けることの意味を叩き込む「厳しめな兄弟子」。こちらもなかなか楽しく両方の役目をやらせてもらった。

水曜日は違った、お客様が殺到(といっても10名も来ればいっぱいになってしまう教室だが)したので、我が家も家族総出で迎撃をする必要があった。

水曜日組の中には大人の方が2名もいた。実家教室の方針は「まずお子様、続いて女性優先」というのがあるが、一応大人の男性でも相性が良ければ入場してもらえる。完全禁煙だから、愛煙家には厳しいでしょうけど、お子様、女性にはそれが喜ばれる。

最初の1名は60代後半の女性Tさん。結構最近はじめたっぽい。いわく
「考えることも決めることも責任を取ることも機会がなかったけど。将棋はそのすべてができるから楽しい。」とのこと。なるほど、いまはともかく、少し前の女性の立場というのはそんなものかもしれない。

「自分で考え、自分で決断し、自分でその結果責任を取る。」

男性なら比較的当たり前のことだが、女性の場合はイプセンの「人形の家」みたいな感じが当然だったわけで。

Tさんはそれが楽しくて将棋を指しているという。手合いは私の2枚落としで開始。居飛車の本格派で美濃囲いにかため、品の良い将棋を指してくる。

2枚落ちで私が考えるのは足の速い桂馬を使った攻撃。下手の角や桂馬の頭をいじめまくること。そして戦力差を埋める「と金」を作ることだ。

内心、2枚落としたくらいでは厳しいかなと思っていたが油断ならない相手だ。先にと金を作られる手をこちらはほぼ受けることができない。

私「受けることがほぼ難しい場合、どうしますか?」
Tさん「考えて受けますけど。」
私「実は放置したほうがいい場合もあるんですよ。人生の問題みたいですね。その分攻め込んだり逃げ出したりするんです。」

言葉通り、Tさんに2まいの「と金」を作られたが、私の玉はすでに中空に逃げ出しているので、その影響を最小限に抑えている。むしろ、中央の制空権を握り、逆に攻め込む勢いだ。

勝負そのものよりも考える要素に気付いてもらうのがTさんにとって最も良いと判断し、現在進行形で指しながら今指した手の意味を解説したり、中盤の考え方を解説したりという手法を取った。

私「今、なぜこちらが5四歩と垂らしたかわかりますか?」
Tさん「不思議ですね。私が5二金と受けつつ本美濃にしたのに。」
私「5二金と受けたからこのタイミングで垂らしたんですよ。」
Tさん「でも受けなかったら5三桂馬不成で金を両方狙われますよね?」
私「その通り。良くわかってらっしゃる。いわば後出しジャンケンで、Tさんの指した手に応じてこちらの指し手は変わるわけです。」
Tさん「受けても受けなくてもダメならどうすればよかったんですか?」
私「5二歩と受けるか、せめて5一金とするかでしょうね。」

相手の最有力な手を読み、対策を練るのはもちろんだが、その後に来る次の手に対する対策まで考えに含めればよいですよと指導させてもらった。

私「表面に出るのは両者が選び取った『ごく一部』でしかありません。問題は相手が良く考えている場合、こちらの予想外の選択をすること。相手がなぜそのタイミングでその手を指したのか?この理由がわかるようになればかなり強くなりますよ。強い人ほど「なんとなく」なんていう手は指さないですから。必ず何らかの意味があります。」

まあ、私もこの部分が見えるようになってきたのはここ半年だけどw。

飛車や角こそ奪えなかったものの、中央に逆に「と金」を2枚作りかえして逆襲。最後の粘り方教室を学んでもらいつつ、詰めさせていただいた。

今年の私は「年配の女性に出会うと、必ずバナナを勧められ、口の中の水分を奪われて『ぱっさぱさになる相』」が出ていたが、今回はそれもなく終了してよかった(笑)。

終了後、母親経由で聞いた感想では、指導対局は非常に好評価だったようで。さすがはマダムキラーな私だ。妙齢以外の女性にはモテモテだ(爆)。

そのころ、もう一人の大人、男性40代の方と父の対局が佳境に。私でも一目でわかる3手詰めを見逃した父が敗れる波乱。その男性は父が支部長を務める支部の副支部長のやはりイニシャルにするとTさん。5段。四間飛車の本格派とのこと。対局できる範囲にこんなちょうどいい格上の殿方がいれば私が襲い掛からない理由がない(*注 深読みするなw)

「初級だろうが5段だろうが。要は指してみてどれだけ強さや価値観を見せてくれるのかということに私は興味があるのだ!」 byハナー

今回のお相手。T副支部長。父母と同格くらいの5段。四間飛車の本格派という事前情報。結構攻撃的な棋風。

私の現在ステータス。ハナー。2段くらい。棋風フニャフニャ。

私「相手が攻撃的な四間飛車とわかってる。母みたいな将棋だろうか?なら、こちらはカマイタチかな。」

私の3大テーマの一つが母を想定した「圧倒的な攻撃力」への対抗の歴史だった。ほかの2つ(父のおさえこみへの対抗や対長兄の斬り合い見切り)に比べると最も研究が進んでいる分野だ。母と指すなら袖飛車や風車、鎖鎌などもありえたが。最近の母は居飛車が多いので、カマイタチを含め、いずれもあまり指す機会がなくなっている。

私の先手で中飛車の浮いた形+銀多伝=カマイタチの陣形。対してTさんは四間飛車+本美濃の陣形である。カマイタチで6筋をおさえているのでTさんの陣形は本美濃から発展指せることは難しくなっている。一方のこちらは金無双穴熊を含め、いくらでも囲いを発展させる余地がある。

持久戦を嫌い攻めてくるところにカウンターを合わせるのがカマイタチなんだが、久々故受けをいきなり間違えた。4五歩にはいったん5七銀と下がって受ければいいものを8六角からの攻め合いを選択してしまった。

Tさん「駒がぶつかったら多少の損があっても迷わず取りますね。」

私もそうだが、このTさんも口数が多いタイプらしい。よくしゃべる、そしてその通りに駒を動かしてくる。8六にのぞいた角を活かして5四歩と攻め込み、こちらの角と相手の飛車を交換する。これで多少は動きが泊まるかと思いきや、Tさんの攻勢はまるで止まらない。即座に入手した角を打ち込み、こちらの銀と交換しつつ強引に馬を作る。

逆わらしべ長者のごとく駒損を代償にこちらの陣形を思いっきり切り崩される。圧倒的な「スピード&パワー」な攻め将棋である。

母を例えるなら一撃必殺の重みのある攻撃を繰り出してくる空手家(カラテカとは書かないようにw)である。その一撃に細心の注意を配り、かわすことでバランスを崩させるイメージで対応してきた。一方のTさんは同じ攻撃タイプでもスピード重視のボクサーのような感じである。一発一発はそこまで重くないが、なにせ手数が多く素早い。こちらがとらえようとすると、もうその場所にはいない。各所で駒交換をはっきりとさせてはその持ち駒を違う角度から打ち込んでくる。

私『まずいなぁ。格上相手にはペースを乱させてナンボなのに。逆にこちらがスピードに翻弄されてる感じだ。さて、どうするか。』

駒の損得だけでいえばこちらが実質角一枚の丸得になっているが、囲いは大きく崩されているし、角1枚では受け切るのは困難である。

1年前の私であればこのまま攻められっぱなしで殴り倒されていただろうが、一応成長した私は一味違う。

私『イノキはヘビー級ボクサーであるアリ相手にアリキックで勝負した。こちらも同じことが言える。』

駒効率の受けで考え、相手が9九に打ち込んだ銀を徹底的に無視することにした。要は入玉イメージでの遁走である。

私『Tさんの大駒は龍1枚だけ。本来は攻めの銀に参加させたいところだろうが。渡す駒は桂馬、香車、歩に限定すればこの攻めは干上がる。』

まだ支えられないこともない段階での囲いを放棄しての遁走はTさんの意表をついたらしく、龍での追いかけ方に乱れがあった。それを一転して金無双で弾く。

Tさん「ありゃ。これは追いかけ方を間違えたかな?」
私『勝機』

手番をつかんだ私は飛車角を打ち込み劉と馬を作り、桂馬と香車を回収する。

この段階を見ていた父は「中盤で逆転していただろ」とのたまっていたので、おそらく逆転していたのだろう。

私『さて、一挙に決めに行くか? それとも入玉を徹底するか?』

戦力として角2枚と桂馬2枚が手にあり、相手が本美濃となれば、誰しも狙いたい手筋がある。とはいえ相手もそれは先刻承知で6二桂馬と守備に投入し警戒している。

私『親父がよくやるつなぎ桂馬で決めるか?昨日は妹に桂馬でやられたし。この伏線だったんだな。』

攻め合いを選択し、5五に馬を戻して一挙に桂馬をつないで打ち込み決めに行ったが、歩の突き捨てで馬を近づけて受ける手筋で受け切られる。

私『おおっ、Tさん。受けもうまいじゃんか!』

そりゃ、5段ですから。

息もつかせぬ猛攻をしのぎ切ったことでの「攻防判断ミス」だったようで。Tさんに駒を与えてしまったことが致命傷となり、敗北。結局渡した3枚の桂馬でぬっ殺されてしまった(笑)。

5段相手とはいえ、8割は受け続けるという辛い将棋だった。入玉(アリキック)に徹すれば戦力差を持って押し切ることができたと思われる。中途半端に立ち上がって打ち合ってしまったのが敗因だろう。まあ、私は一度負けてからが勝負だから、次回は策を立てて勝ちに行きます(毎回同じことを言ってるなw)
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CIA(内部監査人)や行政書士資格から「ルールについて」、将棋の趣味から「格上との戦い方」に特化して思考を掘り下げている人間です。