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日記 焼きTKG
夜。妻もこどもたちも寝て私ひとりがリビングにいる。小腹が空いたなあと思った。今日の夕食が特別少なかったかというと、そういうわけでもない。たぶん先日の大分旅行で私がバイキングを食べすぎたせいで、たくさん食べないと気が済まなくなってしまったんだろう。
こりゃいかんこりゃいかん、と思いながらも欲に素直な目と手は冷蔵庫を物色していき、小分けして冷凍している米に私のセンサーがピコーンと反応した。これだ。米が食べたい気分だ。
よし、卵かけご飯にして食べよう。レンジで米を解凍している間に、丼を出してそこに卵を落とし醤油を垂らす。チンができたら、熱々のご飯を投入して一気にかき混ぜていく。はい完成。さあ食べるかというところで、しかし私は天才的なひらめきをしてしまった。
──もしかして、卵かけごはんを焼いたらおいしいのでは?
こわい。私は自分の才能がこわくて震える。これまで卵かけご飯にごま油を垂らすとか、醤油の代わりにめんつゆにするとか、バターを一片乗せるとか、そういうアレンジはあった。でもそこに「焼き」を加えるという発想はあっただろうか。いや、ない。
これまであった料理に「焼き」を加えることで新しい料理として確立していくものってある。焼きカレーとか、焼きプリンとか、焼きうどんとか、焼きおにぎりとか。もしかするとこの焼き卵かけご飯も私が世間に広めていけば、いつか大ブームを起こすのではないだろうか。
原宿の竹下通りを歩くギャル。右手には自撮り棒、そして左手にはなにか白い包みを持っている。肉まんか?
「ねえねえ、その手に持ってるのはなに?」
「はぁ?おっさん知らないの?焼きTKGだよ。知らないとかありえなさすぎなんですけど〜時代遅れすぎてマジ古墳」
周りの店を見渡すと、タピオカミルクティー屋もマリトッツォ屋もカラフルなわたあめ屋もそこにはなく、竹下通りは「焼きTKG 三毛田」という看板だらけだ。お店の窓には毛糸で縛られた目つきの悪い三毛猫のイラストがでかでかと描かれている。性格の悪そうな猫だなあ。
全国にフランチャイズ展開して大儲けし、若者のカリスマ「ちゃんみけ」として私は崇拝されるだろう。まずいなあ街も歩けなくなってしまうなあ、そうすると変装用のウィッグでも買っといた方がいいか、などと想像しながらフライパンに油を垂らして火をつける。卵かけご飯を入れて炒める。それを皿に盛ったものがこちら。
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うん、シンプル。しかしシンプルだからこその良さというものがあるだろう。アレンジの幅も広がるし。うん。きっと大丈夫。大丈夫なはず。そう信じて一口食べてみる。
──炒飯じゃん。
味気ない炒飯でした。まあ炒めてる途中から「ひょっとしてこれは炒飯という料理では?」という自分の内なる声に聞こえないふりをしていましたけども。なんであんなにワクワクしてウィッグまで買おうとしてたんだろうなあ私。鶏がらと塩コショウを少しまぶしてみたらおいしくなった。完全に炒飯として食べてるじゃん。
ちなみに、焼きTKGはもうあったみたい。
なるほど、パラパラにしないで焦げ目をつけたらいいのか。今度やってみようと思う。