日記 天才プログラム
夕食後。最近なわとび熱に火がついた6歳次女がどうしてもなわとびをしたいしないと寝られなーいと言いだし、夜だったけど7歳長女と3人で近所の公園に行くことにした。軽い運動になるし一緒にどう?と妻も誘ってみたが「私は編み物してるからいい」と断られた。ですよね。
次女はうしろから縄をまわして前の地面にペチンと叩きつけ、それを確認してからピョンと飛ぶ。ジャンプが遅いよ。たしかに前回見た時よりそれっぽくなってきてるけど、まだ連続では飛べないみたいだ。「縄をまわしながら飛ぶんだよ」と教えてあげると、次女は「まわしながら!?」と驚いていた。まわすのに忙しいところ追加でごめんだけど、なわとびってそうなんだよ。
そういえば忘れてしまっていたけど、自転車に乗るでもピアノを弾くでも、最初の感覚をつかむまで「こんなのできるわけないやん」と思う。それが一度体で覚えてしまえばなんてことなくなる。人間ってよくできてるよね〜と駆け足跳びで公園をぐるぐる走りまわっている長女を見ていて思った。
もし未来に科学が進んで、「なわとびマスター」などのプログラムを脳にインストールしたら誰でもその動きができるようになったらどうだろう。次女のようにまだできない子でもそれをインストールすれば体が正しい動きをしてくれて、簡単に飛べるようになる。そんなプログラム。
こどもたちは「ピアニスト」とか「大谷翔平」とかのプログラムをインストールしまくって、運動会がオリンピックみたいなことになるだろう。学校側は教育的によろしくないとして「天才プログラムのインストール禁止」みたいな校則を作るんだろうか。
未来の私は孫に「天才プログラムを使う子は精神がなまっとる」と言う。でもそれって、「エクセルで計算するな。気持ちがこもっとらん」という昭和なおじさんと何も変わらないのかもしれない。努力の過程を踏まずに成果を得るって、やはり良くないことなんだろうか。これからの未来は努力の価値がどんどん下がるのか。ううむ、ムジイな。私には教育界の未来を背負えないや。
そんなことを考えていたら、こどもたちはいつの間にかなわとびを辞めて2人で謎のダンスを踊って遊んでいた。うむ。なわとびは飛べなくてもかわいいから優勝である。家まで3人でスキップして誰が速いか競いながら帰ったら足の裏が痛かった。私はスキップが下手なんだ。