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【77/1096】「相手の立場で考える」と「自分を知る」の相関関係(?)について

77日目。またもゾロ目デー!今日は明日が冬至だからか?なんか、気持ちの面で落ち着かなさがあるけれども、そういうときこそ、淡々といつもどおりにやる、が重要ですな。

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さてさて、今日は、「相手の立場で考える」と「自分を知る」の相関関係(?)について、ちょっと思いついたことを書いてみたい。

子どものころ、よく「相手の立場で考えて、モノを言いなさい」と言われた。
わざとではないが、正直すぎることをそのまま言ってしまって、相手がダメージを受けることがあると、それは、わたしが言ったことが原因で相手をそのようにしてしまったので、わたしの言い方が悪いという論法だった。
なので、私は、自分のことを思いやりがなく、空気が読めないダメな奴だ、と自分にラベルを貼っていた。
成長してからも「今、まゆみさんに言われたことはざわざわします」とか、「毒舌だよね」とか言われることがあり、ああ、またやってしまった・・・といつもがっくり落ち込んで、その後なかなか浮上できないということがままあった。
なぜ、相手の立場や考え方を想像してモノを言えないのか?と悩んだ。

カウンセリングの勉強で傾聴を学んだり、NVC(非暴力コミュニケーション)で思いやり、ニーズからのやり取りを学んだりして、少しずつは改善していたけれども、時々やっぱりやらかした。

私は、オブラートに包んでモノを言う、というのが苦手だ。
思っていることを言わない、のほうがまだできると思う。(がしかし、駄々洩れること多し)
しかし、この世の中は、「思っている本当のことをそのまま言わない」「遠回しに、相手が受け取れるようにオブラートにくるんで言うのが大事」ということが主流になっている。
率直に思ったことを言わないコミュニケーションがよしとされてきたわけである。いわゆる、察するコミュニケーション。
相手が自然に気がつくように、それとなく言うというやつ。

しかし、会社員時代、会社ではそのようにふるまっていても、飲み会の場に出たら、本人の前では決して言わない、だけど本当はその人に言いたい、ということをぼろぼろ出す人は驚くほど多かった。
上司、同僚の愚痴ってやつ。
そう思ってるなら、直接本人にそう言えば良いじゃないか?という提案は、ことごとく却下された。
それが言えないから、管を巻いているのだと。

そこで、唐突だが「自分を知る」である。
「自分を知る」というのは、けっこうきつい作業である。
プライドの高い人ほど、きつい。
自分で思っている自分と、外から見た自分は違うことがほとんどだからである。自分が気づいていない自分のことは、特に。
自分のことを正確に知るためには、ほかの人から率直なフィードバックを受ける必要がある。
自分で気づけないんだから、外からフィードバックされることは大変にありがたいことなのである。
しかし、これが、たいがい、受け入れがたい。
外から見えている自分の姿と、自分が思っている自分の姿にギャップがあるからである。
自分の認識と、現実とのズレ。
これは、たいてい、一番言われたなくないことが含まれている。
自分でもうすうす気づいているが、瞬殺して気づかないようにしていることとか。

これが、プライドの高い人ほど受け入れ難い。
自分がうすうす気づいていることは余計に受け入れがたい。
「それは知ってる」とか言ったりして、「知ってるけどわざとそうしているんだ」と見せかけたり。
(そうでないことは外からバレバレなのにも関わらず)
そういう受け入れ難いことは、怒りや苛立ちを生む。人間は、違うと思うことから不快を生じやすい生き物なので。
だから、知らないふりをしたり、そのフィードバックをくれた人を恨んだり、あいつはわかってないと攻めたり、バリアを張って閉じこもったりする。
自分を知る機会が失われる。

自分を知るのは、何かを「する」ときに、非常に重要である。
どんな自分でそれをしているのか?ということがわかって初めて成長することができる。
間違えていることがわかって修正もできるし、この自分とあの人とで、こんな風にしようと相手の存在と関わることができる。

しかし、自分を知らなければ「する」ことができない。
「しない」ことばかりをしてしまう。
自分と一致していないので、ズレまくってしまう。
とすると、ずれてる自分を他人から率直にフィードバックされると、その自分を認識できないで、怒りがわく。

「王様、はだかだよ」
と言ったら怒られる子どものようである。(はだかの王様の絵本より)

相手の立場を考えて、「王様、(目には見えないけど)素敵な洋服を着てらっしゃいますね」とか言わないといけないだろうか。
しかし、私はやっぱり、「王様、はだかですよ」と言うコミュニケーションのほうが好きだなあと思う。
そして、そのように言ってくれる人にありがとうと言いたい。

ただそのとき、とても重要なことが相手の存在を感じる、尊重するということだと思う。
相手の存在を否定しないコミュニケーション。
「王様、はだかでなにやってんの?ばかじゃないの?笑」みたいなのは、存在を感じていない。
思ったことをそのまま言ってるじゃん、と思うかもしれないが、これは思ったことではなくてジャッジしたことをそのまま言ってるだけで。
ジャッジは、率直なフィードバックではない。
延々と続く愚痴を聞くのがつらいのは、ジャッジを聞いているのがつらいからだと思う。
だから、考えるのではなくて、感じるって大事です。

というわけで、あまりまとまりがないけど、今日はこの辺で。
ではまたね。

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12月27日(月)10時~11時30分 動的瞑想


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Mayumi INABA
1096日連続毎日書くことに挑戦中です。サポートしてくださるとものすごくものすごく励みになります◎ あなたにも佳いことがありますように!