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生まれた瞬間にあった存在価値は一体どこへ消えたのか?
以前は、『肩書』とか『実績』とか…確かに色々と気にしていたなと、思う
タレントでなくても『有名』な人を見る目は違っていたし
もちろん自分には何もないから、物怖じしていた
アホがバレないように…とか色々とね( ̄∀ ̄)笑笑
でもまぁ…あるモノはあるし、あるモノしかないし、いくら欲しくてもないモノはないのだ
それでよくね?
私以外私じゃないの…という、歌があったが
私以外私になり得ないのだから
他人の持ってるものはよく見えるもの
あれがあれば、これがあったら…と延々と続くタラレバ
きっと私も!と外ばかりに目を向けては一喜一憂
上手くいかなければやり方が悪かったからだと、更にやり方ばかりに目が行って
上手くいかないから自分はどうせダメなんだとか、努力が足りないからだ!となっても
※まぁこういう発想って過去の家や学校での教育の賜物って側面か多分にあるだろうケド
何でそんな外ばかり気にしてる自分がいるんだろうなどと、自分の内面にはなかなか目がいかない
悪い面とかあって欲しくない面には目が行くし
ないものねだりはしても、自分の在庫には気がつかないモノだ
それではダメだ!足りない!!と何らかの課題をクリアしないと幸せになれない、成功できないと価値がないなどと条件をつけてるからだろうが
条件をクリアしたって、そんなもの幸せとは限らないのだ
生まれた時に頂いたカラダで、今世得たい学びがあるからこのスペックで生まれたんだから
何もしなくても、そのままで存在価値はあるわけで、それに条件をつけてクリアするまで認めねーなんて、アホくさいのだ
でも、そのまま価値があるとも誰にも言われた記憶はなかったけれど
この世に生まれた瞬間、何も持ってなくても生きてるだけで自分には何者にも変えがたい価値があったじゃねぇか?…とある日気がついたとき
あるモノも、ないモノもある在庫限り
肩書なんてシンプルに『私』でいいじゃん…てね
でもそこからしか、始まらないモノがあるなと
最近思うのよね…知らんけど
あなかしこ〜あなかしこ〜