心梳く本たち 1
5年近く、本に囲まれて働いてきた。
私が務めていたのは古書店で、40年以上前の本が多かったが、
どの本も、いつ読んでも新しい、発見や出会い、感動のあるいい本ばかりだった。
その本たちに、私自身どれほど救われてきたかわからないし、
たくさんの人が、本と過ごす時間を求めて訪れ、
静かに本と寄り添う姿は、なんとも言えず美しい眺めだった。
育児中、本を読む時間をつくることは難しいかもしれない。
だけど、乱れた心をとかし整えてくれる櫛のような、
子どもを育てる人の、いろいろな心に寄り添ってくれる本がある。
本は、たった一人で読むものだから、
誰の手もわずらわせることなく、自分のご機嫌をとって、
笑顔で子どもに向き合える一助となってくれるはず。
すぐに役立つ情報満載の育児本は少ないかもしれないけれど、
少し風変わりな視点で紹介できたら、
本からもらった贈り物を本へ返すことができるかもしれない・・・
と、前置きしつつ、1冊目は、クレヨンハウスから刊行されている
しっかりとした育児書です。
池谷裕二さんの「パパは脳研究者」(クレヨンハウス,2017)は、
妊娠がわかって、少しして、夫が買ってきてくれた一冊。
ご自身の娘さんが生まれてから4歳になるまでの、1ヶ月ごとの成長を、
具体的なエピソードと、脳の発達と照らし合わせながら書かれているので、
目の前にいる我が子と比較しながら読み進めることができます。
様々な研究結果を引用しつつも、易しい文章で書かれており、
出典も明記されているのも好ましく、
気になった研究は追跡して調べることもできます。
1ヶ月ごとの短い文章なので、読書が苦手な理系肌の方も、
育児に終われる最中でも、子どもが寝ているちょっとした隙間時間にも
読みやすいと思います。
一回通読して、さらに我が子の月齢の前後の章を読み返しては、
「お!ついに脳がここまで発達したのか!」なんて一喜一憂。
何度も読み返すので、すでにぼろぼろになってしまいました。
そんな大好きな一冊なのですが、
私がとりわけ紹介したいと思った理由は、
この本を読んでいたから救われたな、と思うことがあったからです。
脳の発達状況を知っていることで、
むやみにイライラしたり、不安になったりしなくてすみました。
たとえば、7ヶ月、「不快が快に変わって」という章。
私たち大人は、おしっこをする前のむずむずも、
眠る前のまどろんだ、ふわふわした感覚も、
そのあと、出すものを出し、ぐっすりと眠ってスッキリすることを、
経験上知っているから、気持ちよく感じることができるけれど、
赤ちゃんにとっては、ただの違和感でしかなく、
それゆえ不快に感じ泣いてしまう、のだそう。
出産前の母親学級や、産後に家庭訪問に来てくれる保健師さんから渡された資料の中には、
「赤ちゃんが泣きやまない時は・・・」という類のプリントが必ず入っていて、
どうしてもイライラして赤ちゃんを床に叩きつけたくなったら、
深呼吸してそのままにしておきましょう、
理由もなく泣くこともありますヨ・・・という
ななぐさめのような、注意のようなことが書いてあります。
赤ちゃんが泣いていたら、まずおむつをみる、授乳する、抱っこする・・・
産後すぐ教わったけれど、どう頑張ってもダメな時もあって、
「なんでだよ〜」とこっちが泣きたくなることもしばしばありました。
しかし、この章を読んでからというもの、
「ふむふむ、そっか〜まだ不快が快に変わってないからしょうがないよね。」
なんて、少し気持ちに余裕が生まれたのです。
むしろ、「あ!池谷先生が記していたあのことだ!」と
どこか興奮している自分すらいました。
まだ抱っこも下手で、寝かしつけに苦労した時期、
大変だね〜と駆け寄る母に、
「あのね、今この子の脳はね・・・」なんて説明すると、
さらに客観視できるようになり、
側から見て大変な状況も、面白がることができました。
私は、もっぱらの文系人間ですが(いやだからこそなのか)、
科学的な知識を知ることで、少し冷静に状況を捉えることができる気がします。
目には見えないけれど、
一日当たり5000万個の神経細胞を捨てながら、
毎日すさまじいスピードで成長しているという我が子。
一見同じに見えても、
もう昨日の我が子と今日の我が子は随分違っている・・・
手がかかって悩ましいけれど、
そうと知ると、一日一日が愛おしく思えてくるのです。
「もっと泣いて、もっと困らせていいんだよ。」
そんな言葉が出てくるようになりました。
これまで、何度も述べてきましたが、
育児にはマニュアルがないので、悩み、孤独を感じ、
つらくなってしまう。
だからこそ、何かよりどころになるものを見つけることが、
心の支えになるような気がします。
私にとって、その一つとなった一冊です。
そんな風に、
誰かの心に寄り添ってくれる本との出会いのきっかけを
つくっていけるように、綴っていきたいと思います。
麻佑子