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書くことがマインドフルネス効果につながる意識をひらく
いしかわゆきさんの講座を拝聴して1週間。心に残ったのは、まず、書くことで生まれるメリットがあるということ。
ところで、全く別の経緯で呼吸の効果を調べる必要があり、ある記事を読んでいたら、マインドフルネス効果が謳われる中で、ジャーナリングについての一節がでてきた。
■ジャーナリングとは
ジャーナリングとは、5~10分程度の時間で頭に思い浮かんだことを、思いついた順番に書き出していく方法のことで、「脳の排水」とも呼ばれています。
ジャーナリングの実践に際しては、
あるテーマを設定し、設定時間中、ずっと書き続ける
頭で考えないで、まず手を動かす
気が散らないようにプライベートな空間で実施する
脚色やアレンジせず、事実、気持ちをあるがままに書き出す
誤字、脱字などの間違いを気にしない
という点に注意します。
ここに示される内容は、モーニング・ノート、モーニングページを書く効果についてジュリア・キャメロン氏が提唱されている話と、ほぼ同じだと気づき、久しぶりに紐解いてみる。
ジャーナリングとモーニング・ページを書く行為との共通点
■モーニング・ページを書くとは(実践編)
初めに、モーニング・ページを書くとはどんなことか? について、より実践的に、丁寧に内容を紹介されている方がいらっしゃるので、以下の記事をご紹介させていただきます。(こちらを読むとやる気が湧いてまいります)
本記事では、別の観点で、「新版 ずっとやりたかったことを、やりなさい。」の冒頭でモーニング・ページについて定義・紹介されている箇所を辿り、仕組みや方法論を確認していく。
そしてジャーナリングとの共通点を確認した後、脳内機能の整理、「ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門」で触れられている内容との関連性を見ていくこととする。
■モーニング・ページを書くとは(仕組み・方法論の確認編)
(本書冒頭内容)
モーニング・ページとはなんだろう?ひと言でいうなら、三ページほどの手書きの文章であり、意識の流れをありのままにつづったものだ。(略)
もっとくだけた言い方をするなら、それは「脳の排水」と呼んでもいいかもしれない。脳の中を掃除することが目的だからである。
基本ツール>モーニング・ページ pp.44-45
モーニング・ページはただ手を動かし、心に浮かんでくるものをそのまま書きとめることをめざしている。卑劣なこと、愚かなこと、ばかげたこと、奇妙なこと、どんなことでもかまわない。
p.45
なぜ論理脳とアーティスト脳について詳しく取り上げたかというと、モーニング・ページには、論理脳をいったん停止させ、アーティスト脳を自由に振る舞わせる効果があるからだ。
(略)
モーニング・ページは、私たちの内的世界の地図を描き出す。
pp.50-51
つまり、モーニング・ページは、起床後すぐに行うジャーナリングということであり、裏を返せば、「朝に限らず書く行為の中で、モーニング・ページの実践と同様の効果を目指していけるものが、ジャーナリングだ」ということになる。
・モーニング・ページ=起床後すぐに行うジャーナリング
・ジャーナリング=書く行為の中で、モーニング・ページの実践と同様の効果を目指していけるもの。朝に限らず行える。
次に、モーニング・ページの効果について、前提認識として論理脳とアーティスト脳の分類がでてきたので、足元整理した後、最近別途読んでいた「ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門」の内容と関連させて、合わせて図示してみる。
□「新版 ずっとやりたかったことを、やりなさい。」での整理+ジャーナリング
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今のところ見えているものについての粗スケッチだが、恐らく、大元の「書く」という行為には(よく使われる左脳・右脳の各役割を譬えとしてイメージした場合)、左脳領域も右脳領域も両方同時に使われるという特徴がある。(非言語領域の意識から直接表現に向かう絵画や音楽、舞踊などと比較すれば)
左脳領域:論理を担当【論理脳】
右脳領域:論理に依らない意識を担当【アーティスト脳】
ジュリアン・キャメロン氏は、こうした「書く」行為における前提を暗黙裡に踏まえた上で、モーニング・ページの習慣により「書く」際、生まれる効果として、右脳領域側の担当する意識を引き出せることと、描いているようだ。そしてその右脳領域を、彼女は「アーティスト脳」と呼ぶ。
左脳・右脳とはあくまで譬えとしての表現であり、「ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門」の中で著者・原野守弘氏は、左脳・右脳と同種の対比構造を、「大脳新皮質」と「大脳辺縁系」という形で説明している。
便宜的にスケッチすると以下のようになる。
「ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門」内説明のメモ✑
左脳…大脳新皮質:言語を使用して説明可能な意識・ロゴス
「論理脳」
右脳…大脳辺縁系:言語で表し得ない意識・感情
「アーティスト脳」
ひとはそれぞれの脳の領域を通して、「自分」を認識している。
「大脳新皮質の自分」
「大脳辺縁系の自分」
がいる。二人羽織状態で生きているのだ。
□「ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門」内の仕組みと“書く”行為の合体版
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整理してみると、
右脳…大脳辺縁系:言語で表し得ない意識・感情
「アーティスト脳」「大脳辺縁系の自分」
を通して“書く”行為として、モーニング・ページの実践やジャーナリングが世の中で紹介されていることがわかってくる。
マインドフルネス効果とは、大脳辺縁系の「アーティスト脳」に触れること
ここで、導入でテーマとして触れているマインドフルネス効果について、整理してみたい。冒頭の紹介記事によると、
マインドフルネスとは、過去の経験や先入観といった雑念にとらわれることなく、身体の五感に意識を集中させ、「今、瞬間の気持ち」「今ある身体状況」といった現実をあるがままに知覚して受け入れる心を育む練習のこと。
また、そもそもの「マインドフルネス」なる語の由来については、
マインドフルネス(mindfulness)の語源は、
・パーリ語の「sati(サティ)」
・サンスクリットでsatiに相当する「smṛti」
サティは仏教の伝統の中で重要な要素で、smṛtiは、「to remember、to recollect、to bear in mind」を意味しています。
仏教上でマインドフルネスは、
・人々を苦しみから完全に解放するための自己認識
・悟りへと徐々に導いていくための智慧
を育むことに役立っているのです。
と、このように説明されている。原語の確認や仏教上の解釈の裏どりなど現時点で割愛するので、あくまで見取り図としての記載だが、この部分
・人々を苦しみから完全に解放するための自己認識
・悟りへと徐々に導いていくための智慧
ここで言われていることは、言い換えると、自我意識や我執を手放すことと同意とも取れないか。
そしてその際の「自我」とは、脳の役割分担図から考えると、大脳新皮質により意識される自分・自我我(=論理脳・言語(ロゴス)により意識される自分)だと、ざっくり当てはめてみることも、部分的には可能かもしれない。(苦しみには五感による肉体的反応のケースも当然考えられるので、一部と想定)
としてみると、マインドフルネス効果とは、前掲のベン図内の、青い円の部分を意識から手放し、ピンク色の円領域に直接触れてゆく営みとも、捉えられそうだ。
□「ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門」内の仕組みと“書く”行為+マインドフルネス効果イメージ合体版
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それはあるいは、ピンク色の「大脳辺縁系の自分」「アーティスト脳」の自分の意識を、ひらいていく行為とも、表現してみてもよいかもしれない。
“書く”瞬間に自我を手放せるかどうか
私自身は、書く行為の中に生きることには、苦しみと、一方で解き放たれる心地よさが伴うなど、快・不快両方の感情が生じるものだと思っている。
言語外のチャンネルのみをひらいて、絵を描くように、音を奏でるように、全身を舞の仕草に委ねるようには、営為として全うできない部分が多少なりともあるのだ。
非言語領域の「アーティスト脳」「大脳辺縁系の自分」だけを100%にして“書く”ことは、行為として成り立たない。
“書く”とは、そもそも言語を扱い、行われるものだから。
“書く”時、どうしても、論理脳・言語(ロゴス)チャンネルでの情報処理がどこかで必要とされる。
一方で、それは勿論、書いた先に届けたい相手や、書く場所(メディア)等による面もあり、状況によって担当させる脳の領域はケースバイケースで選べるものなのではないかと、今回改めて思えてきている。
もし、完全なマインドフルネス効果を求めて、“書く”行為を進めたい場合は、例として示してきたように、モーニング・ページやジャーナリングといった形で、書けばいい。
降りてくる感覚をそのまま表す場合、生まれてくる言葉は、ロゴス側のチャンネルは通過しないものなのだろう。…?どうなのだろう。
言霊といった言葉などは、どんなチャンネルで生まれるものなのか。
状況によって担当させる脳の領域というあたりを、四象限で表せる気がしてきた。
次回、試しに描いてみたい。
今夜はここでひとやすみいたします。
(見直しきれていないので、少しづつ修正していきます)