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競馬とホークスの合間を駆け抜けたありがとう第3シリーズ

(ヘッダー:第3シリーズの舞台)

大人同士が恋人になるのに非常に苦労する物語(さくらももこ)こと「ありがとう」の第3シリーズ、今回の舞台は商店街。競馬とホークス戦中継の合間を縫うように半年がかりで再放送が完結した。どれくらい合間だったかというと、私の記録が正しければ月~金までフルで放送があったのが2/26~3/1、3/4~8、3/25~29、6/17~21(石坂さんの誕生日週!)、8/5~9の5週しかない。あとは全部飛び石。このため今までのシリーズよりも長期戦に感じた、そんな第3シリーズ。


寺川元気starring石坂浩二という芸術

今回の石坂キャラは主人公・志村愛(通称・ラブちゃん)とその母・歌の母娘が引っ越してきた下北沢の四軒市場の八百屋「八百一」の息子で長男坊・寺川元気。「げんき」と書いて「もとき」と読む。美大を卒業して装丁デザイナーとして働いている顔も仕事もアーティスティックな男。1945年12月31日生まれで1973年時点では28歳。作中で29歳の誕生日を迎える。

もはや言うまでもなく超絶男前ビジュアルモンスターなのだが、いかんせん非力で八百屋の息子のくせにキャベツの箱も持てない。体力もない。そしてたびたび元気がない。元気くんなのに。「元気さんが元気ないのはいつものことでしょ」などと言われてしまう。とんだ名前負けだ。顔面美術品とかだったら名前圧勝だったのに。

腕っぷしが弱い代わりに彼はとても優しい。優しいが、時にそれが優柔不断ととられてしまうことがある。彼は幼なじみの三都ちゃんから思いを寄せられているのだが、優しすぎるあまりにキッパリ断れずズルズルいってしまう。あまりに何も言わないのでお母さんが怒ってプチ家出してしまった。しかし優柔不断といっても別に彼はラブちゃんと三都ちゃんどっちにしようかな~で迷っていたわけではない。ラブちゃんに対して一途で三都ちゃんにグラついたことは一切ない。彼がいつまでも彼女をはねつけられなかったのは、異性としての恋愛感情はないが幼い頃から仲良くしてきた情はある相手を傷つけたくなかったからである。実際、ついにきっぱり断った後もひどく落ち込んでいた。人を傷つけることに傷ついてしまう人なのだ。そういうところは元気くんのダメなところではあるかもしれないが、美点でもある。

失恋体質でお母さんからも「あの子は恋愛落第生だから」と言われるほどの恋愛下手でもある。そしてモテない。こんな彫刻みたいな美貌をしておいて嘘だろと思われるだろうが、これも前述の優柔不断さが災いして好きな女性に好きと言えずいつまでももじもじして他の男にかっさらわれるというのが大きい。かわいいじゃないか。何が悪いんだ?石坂浩二のビジュアルをしてない恋愛マスターと石坂浩二のビジュアルをした恋愛落第生、後者の圧勝。

しかしこのせいで元気くんはずっとラブちゃんが自分に振り向いてくれないのではないかと苦しむことになる。思えば虎先生もナースたちにモテモテだったにもかかわらず新に対してはまったく自信がなかった。完全無欠のハンサムフェイスを誇っているのに。今思えば「僕がフラれると思ってんの?」と言い放った段進矢が一番自信家だった。

加えてろくに貯金もないため、健坊(後述)が2000万円貯金しているという話を聞いて以来やたら自分の金のことを気にするようになる。お金数えてても美人は美人。

ただし彼はただ優しいだけのナヨナヨした男ではない。自分の考えをしっかり持ち、いざという時は毅然として意見を述べられる人である。下町育ちで喧嘩っ早くて気の強いラブちゃんにも決して押し負けず毎回対等に口喧嘩ができる。根は気の強い男なのであろう。やっぱり主人公と石坂キャラは売り言葉に買い言葉でないと。

弟思いの厳しくも優しいお兄ちゃんでもあり、リーダーシップも取れる。外れた窓枠を修理することはできないが(しかも自分からできると言い張って結局できなかったのでタチが悪い)それ以外では頼りになる。元気くんとラブちゃんの物語は、初めのうち腕力に乏しいという「男らしさ」の欠如だけで元気くんを軽蔑していた彼女がさまざまなできごとを通じて彼の芯の強さや本当の優しさに気づき、彼を見つめ直して惹かれていく過程でもある。

幼なじみが勝たないラブコメ

第3シリーズが第1、第2と決定的に違うところは、主人公と石坂キャラが第1話の時点で初対面だという点である。引っ越してきた家兼店舗のお向かいさん。つまり幼なじみではない。これは新しい。今までのシリーズではお互い幼い頃から知り合い同士で内心ずっと好きなため、口喧嘩をしても「あいつなんか別に好きじゃないし!」と言ってもどこかにほのかな恋心はあった。が、今回はゼロからのスタートなので初めの頃はラブちゃんは元気くんのことが別に好きではない。それどころか男のくせにキャベツも持てやしない元気くんを若干軽蔑しているのでマイナスからのスタートである。一方元気くんは初めて見た時からラブちゃんのことが好きになっているが、向こうがシラッとしているのでたびたびしょんぼりする。かわいい。この一方通行性も第3の特徴のひとつだ。

石坂キャラは幼なじみではないが、幼なじみ不在なわけではない。今回の幼なじみ担当はラブちゃんが深川にいた頃からの男友達で同じく魚屋の息子・健坊こと清水健二(演-前田吟)である。前田吟さんてずっと前田吟さんだね。幼なじみは幼なじみに惹かれるものなので[独自研究]、当然ながら健坊もラブちゃんのことが好きでプロポーズもする。そして元気くんとバチる。すなわちシリーズ恒例の三角関係である。マクロスみたい。これまでの三角関係は第1の光と雪乃、第2の新と水戸さんと女2男1の構図だったが今回は初めて男2女1。こちらに比べるとサブ的だが三角関係で争う側の元気くんにも三都ちゃんがいるのでこちらはこちらで小さく三角ができている。ダブル三角関係。

男同士の恋の鞘当てというとすぐ「決闘」という言葉が頭をよぎるが、頭脳労働担当ならぬ美的労働担当の元気くんには荷が重いかもしれない。私がやろうか?

結局決闘は勃発せず、内心元気くんに恋しているラブちゃんは健坊の求婚を断り、元気くんと結ばれる。健坊は自分から断ったことにしてラブちゃんの負い目を軽くしようとしてくれる。いいヤツだ。つまり「ありがとう」は実は幼なじみが勝つラブコメではなく石坂浩二が勝つラブコメなのである。これまでの段進矢と虎先生が勝ってきたのは彼らが幼なじみだったからではなく、石坂浩二だったからなのだ。当然の話だと思うかもしれないが健坊が出てきた時私は「もしかして幼なじみが勝ってしまうんでは……」とドキドキした。

史上最速(そして最多)のプロポーズ

第1シリーズで段進矢が光にプロポーズしたのは第29話(全30話)だった。第2シリーズで虎先生が新にプロポーズしたのは第34話(全52話)だった。では今回、元気くんがラブちゃんにプロポーズしたのは第何話だったかというと、第26話(全53話)である。まさかの最速記録。しかもこれを含めて3回している。最多記録。だが、3回プロポーズしたということはつまり2回失敗しているということに留意する必要がある。恋愛落第生寺川元気を甘くみてはいけない。

まず1回目の史上最速プロポーズは店先で「何にしましょう?」「ラブちゃんをください」というもので私個人としてはオシャレで好きだったのだがまあ魚と同列かよということで失敗、2回目はデザイン部の部長に昇進して甲斐性的な意味で自信をつけた元気くんが「養ってやるから来い!三食昼寝つき!」とか言い出して猫の子じゃないんだからと反発されて喧嘩に発展してわやくちゃになって終了した。伊達に29年恋愛下手をやっていない。1回目は気が急いて焦って衝動的にやって失敗し2回目は余裕がありすぎてロマンに欠けてしまい失敗。加減が難しい。

それを踏まえていよいよ3回目にして真の本番プロポーズに進む。これが三度目の正直と言うべきか、前の2回はなんだったのかと思われるくらいロマンチックでピュア。近所のお寺の境内でも、まだ咲いていない枝だけの桜の木の下でも、お互いの愛さえ見えれば派手でゴージャスなものに負けないくらい極上のプロポーズになる。やはり恋愛モノの命はプロポーズシーン。

母と娘のバリエーション

not幼なじみ、男2人の三角関係と今までのシリーズの要素にひねりが加わった第3シリーズだが、主人公と石坂キャラの恋と並んで「ありがとう(1~3)」の大きな柱である主人公と山岡久乃さん演じる母の関係もちょっと変わっている。

第1の勝さん、第2の友さんはともに娘に厳しくしっかりしたお母さんだったが、今回の歌さんは一転して頼りなくて甘ったれな面もあるママである。しょっちゅう娘のラブちゃんに怒られている。悪気ゼロの失言も多いおとぼけお母さん。さらに今回はこれまでの「娘の結婚を応援しつつもちょっと寂しい母」の立場を逆転させ「母の再婚を応援しつつもちょっとどころではなくかなり寂しい娘」が描かれている。送り出される立場だった主人公が送り出す側に回るのである。

母として娘を厳しく育て上げる勝さん友さんでは再婚という展開はちょっと考えられないが、どこかに娘気分を残している歌さんならロマンスをもう一度、という展開も無理がない。もともとの知り合いでもなく近所のおかみさんの夫の交通事故がきっかけで知り合った人と再婚し、何の縁もなかったその人の娘がラブちゃんと義理の姉妹になるのは、幼なじみではない元気くんと結ばれるのと同じくこれまでのシリーズよりも強く「偶然によって結ばれる思いがけない縁」を描こうとしているように感じられる。

♪幸せの黄色いリボン/トニー・オーランド&ドーン
放送開始した1973年の洋楽代表(主観)。

♪心の旅/チューリップ
こっちは邦楽代表。


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