『マリグナント 狂暴な悪夢』の話(感想・ネタバレ有)
このところTwitterのNetflixプロモーションツイートで『マリグナント 狂暴な悪夢(原題:Malignant)』が何度か紹介されていたので昨日久し振りにまた観た。
この作品は公開が私の誕生日に近かったので食事会がてら映画館で観ており、今回は二回目(せっかくなので吹き替え+日本語字幕で観てみた)。
やはり私はジェームズ・ワン監督のホラーセンスが好きだな。
無機物への光の当たり方とか血の量とか、恐怖する人の表情の抜き方とかがもう、絶妙に美しい。
映画に対しての称賛の言葉としてはちょっと理解されにくいと思いつつ書くけど、カットの一つ一つが静物画の様に洗練されてると感じる。
全てのシーンが写真集のページになれるみたいな。
この作品に関しては、考察不要の分かりやすさや予備知識無く観る楽しさがあるので、今回はあらすじとかは書かず、感想だけをつらつらと。
『マリグナント』好きだよって方と何かを共有できたら幸い。
まだ観てない人はぜひ観てみて下さい。
夜中トイレに行けなくなる系の怖さとか、虫とか、犬が死ぬとか、エログロとか、ジャンプスケアとかではないので、これらが嫌だよって理由でホラー苦手な人でも大丈夫かなとは思う(日本のサスペンス刑事ドラマ見られるくらいなら多分平気)。
むしろ
「ホラーの何が面白いの?怖がるために映画を観る感覚ってどんななの?」
って感じの人にもオススメできる。
※これより先は、本編の内容や描写に触れていきます。ネタバレ注意!!
□恐怖・謎解き・幻想的映像美……ホラーマニアでなくても「ホラー映画を楽しむ」事の出来る全てが詰まってる!
まず、これは映画館で観た時の印象というか感想なんだけど、
オチ(怪異の正体と種明かし)が期待外れだったって人以外は、かなり多くのホラー映画ファンが好きだし普段ホラー観ない人にも普通にオススメできる作品でしょこれ!
と思わずにはいられなかった。
簡潔にまとめられたストーリーのオリジナリティ自体は勿論、導入から主人公に起こる異変、種明かし、解決、終わり方の流れの加速度とか緩急が物凄く心地いい。
そしてしっかり怖い存在を出しつつ、その存在をぼかしたり考察を要求したり、ホラー好きだけが喜ぶようなギャグや誇張やオマージュを絡めたりしない、誰が見ても純度が高く無駄のないホラー成分。
観ていて
「えっ今のシーンどういう事?」
となるのにそのまま置いてきぼりにされない伏線回収の間隔とかもだし、観終わったとき純粋に
「あー面白かった!謎は全て解けた!なるほどね!」
となれる満足感、つまり観客が観客に徹していられるストレスフリーな脚本と構成の完成度の高さよ。
謎の全てをストーリーの中で上手くテンポ良く明かしていくので、説明臭さメインのパートとか冗長なパートとかが一切なく、“何も起こらない退屈な時間”が存在しない。マジでトイレに行くタイミングが無いくらいずっと引き込まれていられる。
そうやって引き込まれながら観ていて自然にパズルのピースが埋まっていく感じ。
あとは、暗示的な要素の組み込み方。
異変を恐れながら主人公マディソンが自分に気のせいだと言い聞かせるために呟く
「私の 頭の中 の事……私の頭の中の事……」
というニュアンスのセリフとか。
“かつて地表だったが今は埋められてしまい、時々幽霊が出る”
というシアトルの地下解説の口上とか。
これらは劇中の描写なんだけど、それよりも前、オープニングにも。
「悪性腫瘍を切除する」
というセリフの後に、病院の記録や、細胞や肉を思わせる映像とともに表示されてるスタッフの名前の文字。同じアルファベットが分裂して増殖したり一つに融合したりしながら出てくる。
これが物凄く好き。
特に今回は二回目の観賞で内容を知ってたから、映画館で観た時よりもこのオープニングの文字の演出に
「うおおお!!」
ってなった(笑)
劇中の人物が、ではなく、観客の我々が、ガブリエルの存在に重ねられるような言葉や描写の小気味よさ。
映像作品としての隠し味がいいよね。
そして何と言っても、個人的に
“(その時点その時点での)何を見せて何を見せないか”
の取捨選択が物凄く洗練されてると感じる。
物語のほぼ中盤過ぎまでは、主人公マディソンの肉体と“現実”がガブリエルに侵食されていく異変を描いていくんだけど、最初は
姿のない衝撃→ドアを破られる(ガブリエルが目覚めマディソンに侵食してきた)
という描写(マディソン側の脳の感じ方)から始まって、
目の前で何者かによる殺人現場を目撃→その何者かのおぞましい顔を目撃
と、ガブリエルの存在がマディソンにも観客にも徐々に鮮明になっていく。
そうやって、この殺人者が一体何者なのか?はストーリーの進行とともに徐々に明かされていくわけだが。
その一方、冒頭の病院のシーンで“ガブリエル”とか“悪性腫瘍”と呼ばれていた何かに人々が
「こいつ電気や機械に干渉するぞ!?」
と驚いていたシーンからオープニング映像を挟んですぐのストーリー序盤で、マディソンの家の電化製品の異変とともに夫が殺される。
そう、ここで観客には
冒頭で電気バチバチさせたりラジオからお喋りしてた電気&機械操り野郎の仕業じゃん!悪性腫瘍って言われてたあの奴が来た!?
というの“だけ”は速攻で示される。
つまり意味深な冒頭の病院での殺戮をもたらした“悪性腫瘍”という「点」と、マディソンの夫が殺されたシーンという「点」は開幕から
電気の異常
という描写によって早速「線」になった状態で観客に示されていく。
このワンステップのお陰で、観客は、何が起こるのかな~と闇雲に怪異や恐怖シーンを「怖がる」目線ではなく、
じゃあ悪性腫瘍って何なの?
マディソンが見てるものは何なの?
というような「謎解き」の目線に序盤からなれる為、始めからストーリーにグッと引き込まれる。
これはホラーとしてにとどまらず、単純に映画として、謎解き要素を含む作品の導入部としてめちゃくちゃ良い。
核心や謎への出し惜しみはしっかりとするんだけど、ストーリーへ没頭し楽しむための手がかりや分かりやすさへの出し惜しみはしない、という感じ。
□ガブリエルについての色々
「邪悪な『日曜劇場 仁-JIN-』かよ怖い!!(ポップコーンモサモサ)」
と映画館で衝撃を受けたガブリエルだが、個人的に私はこのガブリエル、ホラー映画のキラー・クリーチャーとしてはかなり上位にくるくらい好き。
まず、説教くささや暗い過去のせいで善性が歪んだ悲しみの殺人鬼、では決して無いところ。
マディソン(エミリー)の子供時代に自分を封じ込めた人々や自分を捨てた親への復讐が描かれるが、ガブリエルは生来暴力的な性質を有している。彼の復讐の原動力は「憎しみ」と「もって生まれた凶暴さ」であり、捨てられたり封じ込められた悲しみだとか、元は優しかったのに歪んだとかではない。
母親の懺悔に僅かに逡巡するような素振りも一瞬見せる?が、それでも殺意は揺らがないのがまた、良い。
いやこれは個人的な趣味なので好きな人いたら(否定はしないし)ゴメンねなんだけど、
「スーパー悪としてのキャラでしたが実はこんな悲しい過去が……隠された人間性が……」
みたいな要素出されるのが私は嫌いな傾向がある。
小説版のDIOとか、マレフィセントのスピンオフとか、ジグソウの過去とか。
(これらでそのキャラクターの厚みや深さが増す!悪いだけのヒールは薄っぺらい!という好みの人がいるのも理解はできる)
私は、悪は悪として、サイコはサイコとして完走してるキャラクターが好き。
『サイコ・ゴアマン』のミミ(9歳。邪悪。無敵)はいいぞ。みんな観てくれ。
で更に、もって生まれた凶暴性が根幹にありつつも、子供的な幼稚性から来る狂気でないのがまた良い。
残酷無邪気キッズ系ラスボス(仮面ライダーZOの緑坊や)でもないし、たとえばレザーフェイス(悪魔のいけにえ)とかマイケル・マイヤーズ(ハロウィン)って、その殺人行為の根幹に幼さがあるのがキャラクターの魅力なんだけど、ガブリエルは彼らとは違う。
知性そのものが残虐さと結びついている、残酷な高度の知的生命体とでも言おうか。
そして、身のこなしもカッコいいし不気味。
ホラー映画の殺戮シーンがアクション特化(後半)、なのにそれすら映画全体の薄気味悪い雰囲気から全く浮いていないのが凄い。それに、マディソンの後頭部にいることで後ろ向きに肉体を扱うあの動きの独特の不気味さが好き。
時に流れるようなアクション、時に後ろ向き特有の気味の悪さ。
シンプルに見た目も良い。
ロングコートと、肉と目玉の印象的な顔。
ガブリエルがはっきりあらわれる終盤のシーンではマディソンがブーツカットのパンツ(腿から膝までがぴっちりしてて、膝から下は末広がりになるシルエットのズボン)なんだけど、これがまた脚の動きがキレイに見えて、警察署での女チンピラしばきシーンの美しいこと美しいこと。
(何を隠そうロングコートとブーツカットは私のメインファッションスタイルなのでガブリエル好き……若者に極太デニム流行りの今でもブーツカット貫いてますよ)
あとは……これはちょっと考えすぎかも知れないんだけど私個人の感想として。
“ガブリエル”って名前がもう良い。
多くの人が知ってる通り、ガブリエルはキリスト教圏の男性の名前としてはかなりメジャーに使われるし、由来は天使である。
でこの天使、有名な、聖母マリアの元に現れて、お腹にイエスが宿りましたよ、と伝える存在。
「受胎告知」の天使でしょ。
そう、
“貴女の肉体に今、超常の命が息づいているのです”
と告げる天使。
映画館でガブリエルの正体が明かされたとき、いやこのキャラクターに「ガブリエル」ってネーミング凄いな(ポップコーンモサモサ)!とめちゃくちゃ感動してた。
医者のトロフィーを改造して愛用してる武器が翼のデザインってのも天使ガブリエルを思わせてナイスだし、でその反面、マディソンからは「悪魔」と呼ばれ、胎児を食い物にしてたという、天使ガブリエルとは正反対の邪悪な性質なのも素敵。
□妹がめっちゃいい子
マディソンを心配し献身的に支える妹のシドニーが、もう一人の主人公と呼べるくらい素晴らしく良いキャラクター。
子供番組くらいしか仕事の無い駆け出しの女優で、性格は天真爛漫、マディソンとは血の繋がりが無いと告白されてからも変わらず慕い続ける素直な可愛い女性。
後半では姉のために廃病院に乗り込んで資料を持ち帰る等、警察より活躍する。
日頃はホラー映画にハッピーエンドを求めない私だけど、この妹が助かったのは心から安心した。良かった……
これからはイケメン刑事の兄ちゃんを巡って鑑識の姉ちゃんと三角関係頑張って下さい。
あっ、この映画ジャンプスケア無いですって書いたし実際無いんだけど、私が唯一ビクッとなったのが、この妹が煮込みを差し入れに来て窓辺にいるシーンだった。
□「みんなにオススメできるホラー」という激レア存在が現れたという凄さ
私がホラー映画好きな人と話すと必ず聞いてしまう事の一つに
「オススメのホラー教えて!って言われたら何をオススメしてますか?」
というのがある。
私の場合は、ホラー普段観ない人になら『残穢』と『アザーズ』と『サイコ・ゴアマン』、怖いの観たいよホラーのお約束分かるよって人になら『ノロイ』『箪笥』『コンジアム』『ヘレディタリー/継承』あたりなんだけど。
それでもやっぱり、以前の住み分けの話でも書いたけど、人によってNGが細分化されるから。
ホラーってジャンルの幅の広さにくわえて、犬が死ぬの嫌だとか、性描写が嫌だとか、投げっぱなしで謎残るの嫌だとかを聞いてしまうと、なかなか人にホラー映画をオススメするのって難しい。
これはひとえに「恐怖」と「嫌悪」が紙一重であり、ホラー映画の演出上もこれらを効果的に絡み合わされる事が多いからだろう。
そこをいくとこの『マリグナント』はかなり万人にすすめやすいホラーなんじゃないかな、と思ったりする。これは結構凄いことだ。
「恐怖」がありながら、そこまで「嫌悪」にうったえるものが含まれていない。
なのにホラー映画の醍醐味である血や殺戮の恐ろしさ、正体不明のオバケ的存在の登場と謎解きがきちんと存在し、おまけにストーリーも分かりやすく起承転結がしっかりしている。
目を覆いたくなる程の描写もなく、そのお陰で、繰り返しになるが観客は観客に徹する事ができ、きっちりとストーリーに没頭できる。なので伏線回収できる爽快感もある。
結末も後味の悪いものではないから、いわゆるムナクソ系が苦手な人にもすすめやすい。
キャラクター達も個性的で面白いし。ガブリエルとマディソンだけじゃなく、おばさんデカとかボス女チンピラのキャラ立ちもいいよね。
これからは、オススメホラーを聞かれたらその一つに『マリグナント』も上げてみようかなと思ってる。
最後に一つだけ。
「マリグナント」だけだと日本人には意味が分かりにくいのは理解できるけど、サブタイトル「狂暴な悪夢」はみんな的にはどうですか?
「悪魔のせいなら無罪」以降、邦題のセンスの良し悪しが分からなくなってきちゃってる私です。