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映画『ノベンバー』、東欧のフォークロアと弱き人々の欲望が織り成す幻想怪奇(ネタバレ有感想・考察)

普段私は、いわゆる作家性強めのアーティスティック映画で100分を超えるものを避けがちである。
“作家性”が好きな監督の作品や、好きなジャンルであるホラーやスプラッタ、また特殊メイクの活躍する作品でなければ、映画館で鑑賞する事は稀だ。
そんな偏食により前々から避けていた映画の一本に、この度一つチャレンジしてみた。

『ノベンバー(原題:November)』

↑オリコンさんチャンネルより公式予告編

※以下、内容に触れながらの感想となります。ストーリー展開、元ネタや描写への言及があります。
ネタバレ注意!!



□全編白黒の映像が、陰鬱と幻想を醜く暗く共存させる


AmazonPrimeではジャンルが「ドラマ、ファンタジー」となっているが、全編白黒というだけでかなりハードルが高い。
『ムカデ人間2』……はまだマシで、難解カオス作家性全開+アーティスティックだった『ダークレイン』は合わなかったので。
(あとは、余談だけど個人的に、本来白黒で観る用に作られてない作品を白黒で流す、みたいな「良さげ雰囲気重視の焼き直し白黒」企画のやつも好きではない。
白黒で観直して雰囲気の違いは感じられるしそれを楽しむオモシロさもあるのだろうけど、私は白黒映画は、スクリーンに映ったとき何が白・何がどのくらいの濃度の灰色・何が黒になるかそもそもが計算された上で作り上げられた映像表現として好きなので。黒澤明監督が雨を墨汁の黒にした、とかのね)
しかし結果的に、『ノベンバー』は2010年代の撮影技術の元で作られた映像の白黒化なので、画質の綺麗さはあり、汚しでは隠しきれないつるりとしたクリアな質感が古い白黒作品と同じではなかったが、影や衣装や自然物の濃淡により白黒メリハリの効いた画面が多く、白黒としての良さと、観づらくならない絶妙なコントラストがあって良かった。
冒頭から白黒の牛を出して来たので、即座に白黒の明暗レベルが分かり(この白黒画面でのこの色はカラーの現実だとこの位の明るさの物なんだな、という目と脳の見当の照合ができて)画面の暗さにスッと目と脳が慣れていった気がする。

更に、物語を構成する
「不気味で、時に悪意に満ちたファンタジー要素」

「息苦しさに満ちたフラストレーションや野蛮さの中で生まれる醜く、暗い人間ドラマ」
を、白黒の質感がかなり巧みに融合させている
感じを受けた。
幻想的描写を非現実のファンタジーに手放さない、あくまで、暗澹たる人間社会に共存する魔物や魔術として描き切る重りのような効果が、私にとってはあったように思える。

□「そこにある」フォークロア要素との当たり前の共存世界

舞台はエストニア。
ドイツの支配下の時代(各紹介サイトの映画公式情報だと19世紀)。
死者の魂が戻る11月、持たざる者たちは蛮習と貧困の中で欲望のままに求め、争い、盗み、恋する。
そんな世界を、そこに当たり前に存在する死者の霊、魔術、魔物、悪魔、精霊とともに描き出す物語。

全編モノクロ、静謐で説明が少なくイメージカットを挟む等、野暮な言い方をしてしまえばかなりアーティスティックな作品ではあるが、ユニークで幻想的な魔物、精霊のファンタジックなフォークロア描写が、反して現実的でシビアな人間の欲望を照らし出すかのように関わり、ドラマを生む。

東欧の妖精・ピスハンド(日本でいうイヌガミやクダショウ=管狐、トンボガミに近い、近隣の家からものを盗んできて主人の家を富ませる家に飼われる宝運び妖精)の一種である「クラット」がデザインやキャラクターとして面白く、他にも様々な民間伝承に基づくと思しき存在の表現が素晴らしい。
このクラットは農具など身近なガラクタとか、雪などでも肉体の材料となるらしいのだが、魂を入れるにはどうやら悪魔との契約が必要らしく(エストニアでも辻に魔物が出る、って概念があって面白い!)、更に他の地域の悪魔同様、結構人間のごまかしに騙されている。
それで作ったクラットで、他人のもの――財産や、心でさえも――を掠め取ろうとする人々が描かれる。
個人的には、雪だるまのクラットが“過去、別の水だった時の記憶”がある、という描き方と一連のシークエンスがめちゃくちゃお気に入り。

クラット達の個性的な姿や、召使い的作り物の存在ゆえの台詞はかなり印象的だった。
他には、小屋に入ると巨大な鶏になる、とされる死者の霊をトリックアート的に撮影しているのも面白い。
「疫病」と呼ばれていた魔物のような存在は、キスで人を殺し、人の頭がないと攻撃できない等の能力から、空気感染、或いは飛沫感染により広がる病の魔物なのだろう。

この映画におけるこういった幻想的キャラクターの特筆すべき印象は、それらは仰々しいBGMとともに現れるだとか、光り輝くCGで加工されるだとかの、超常の雰囲気を演出されて映し出される事がない、という事だ。
そのへんの樹木や村人と同じに、あまりにも当たり前に、もはやあっけらかんと言える程質感や演出の違いなく、普通に画面の中に「いる」

フォークロア的な存在が、当たり前に人々の社会に介入・存在する描写と自然すぎる存在感がとにかく素晴らしかった。

□騙し出し抜きが連鎖する……人々の悲しく醜い欲望の輪


悪魔を騙して作ったクラットで、他人のものを盗み合う村人のリーダー的老人。
彼は更には過去に魔女に頼んで妻を殺す魔術にもこっそり手を染めていたらしく、自分の息子ハンスだけは子孫を残せるよう、疫病の死神的存在とも村人を勝手に差し出し交渉しようとする強かな男である。
しかしハンスは男爵夫人に恋している。
自分の妻になるべく父の取引で死神から生き延びた女性と結婚するのを拒否し、豚に憑依していた死神を出し抜き、契約を破棄させるべく退治。更に、密かに男爵夫人の心を手に入れるためクラットを作ろうと悪魔に話を持ちかけるが、ここは悪魔を騙そうとしたが、悪魔の方が上手。魂をとられ、雪で作ったクラットからは「人の心は盗めない」と言われてしまう。
そんなハンスに密かな恋をするのは村娘リーナ。
彼女は実は人狼である。ハンスが恋する男爵夫人を殺そうと影で魔女に知恵を借りるが出来ずにいた優しい少女だ。
しかし父親に勝手に決められた結婚により強姦同然に村人のものにされそうになった事に抗い、再び魔女の魔術を頼り、男爵夫人になりすましてハンスを欺き心を自分に向ける魔術をかけてもらう。
その魔術に必要な男爵夫人のドレスを提供させた村長格老人は実は過去に魔女から恋心を向けられてもいて、魔女と村長二人の間にも秘密のような思い出があった事が分かる。
老人に加味する、男爵家の家政婦もまた、隠れて家財道具を盗み家を欺くコソドロである。
魔女達は、コソドロ家政婦に秘めた恋をしていて媚薬で自分のものにしたいという男にの魔術を教えて騙すのだが、当たり前に効果など無く家政婦に拒絶され、その結果激昂した男は家政婦を暴行

この映画に登場する持たざる人々は、常に何かを欲し、その為に常に他者を出し抜き、欺いている。相手の見えない所で都合よく自分に気持ちの向くよう、相手の気持ちを無視した卑怯とも言える手段で己のものにしようとする。
(この段落最初に書いた一連の文章の太字部分はすべてこれに属する出来事だ。読みにくかったと思います、すみません)

この物語の登場人物は、嘘と隠し事にまみれた人々なのである。
みんな嘘つき。みんな陰湿。みんな卑怯に事を運ぼうとし、みんな何かを隠している。
その欲望と騙しと卑怯のループが全ての登場人物をつなぎ、等しく破滅させゆく皮肉。
そのストーリーの合間にイエスの像に血が滲み滴るイメージシーンが挟まる。

リーナは魔術でハンスを騙して惚れさせたが、その後、追ってくるハンスを察してか、顔を覆っていたベールを脱ぐ描写がある。
もしかしたら、ハンスを欺く事をやめて自分の正体と気持ちを告げようとしていたのかも知れない。
しかしまさにその時、ハンスは雪だるまのクラットが溶けたため、クラット代としての命を悪魔に取り立てられる。
彼の葬儀を見ていたリーナは自殺を選び、ハンスの魂?と邂逅を果たす。
……のだが、彼女は生き残った。愛する人のいないこの世に。
死にきれなかった。しかもこの世で最も価値のある純金を「嫁入りに身に着けな」と渡され手に入れ
ながら。

イエスの像は、再び血を流す。

救われない破滅のストーリーの中で、時折挟まるキリスト教的シーンやイメージ、キリスト像の破壊を経て、ラストにまた流血するキリスト像が映し出される。
観終わってから意識すると、気のせいかも知れないが、劇中の人々が欲望や感情を発露させたそこかしこにあった「罪」が強調されているように思う。
思い通りにならない状況に怒り、他者の愛を妬み、盗んだり虐げたりしてまで貪り、妖精や家政婦に仕事を押しつけて怠け、暴力により犯し、ドレスや指輪で着飾り、立場の弱いものを見下す。
そんな人間達とともに魔物や精霊は在り、死者は憂い、魔術は心に染み込みヒビを埋めながら蔓延る。
欲望と罪でつながった全ての人間が不幸になりながらも、尚。

私がこの映画を観ていた100分。
敷居が高いと思っていた、しかしたったの100分。それでも苦しいくらいに味わった人々の愚かさ悲しさに胸を抉られる思いを、何万倍もの人々を見つめるイエスはもう2000年、その悲しみはどれだけのものだろう。

『ノベンバー』、作家性激強、何一つハッピーな事が起こらない映画だが、フォークロア映画として、そして人間の普遍的な罪の映画として、忘れられない作品になった。

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