グルテンフリーと古楽演奏
(2017年に某音楽雑誌のために書いた記事をいろんな人に読んでもらえたらと思って、少し編集して投稿することにしました。)
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昨年から原因不明の顔の痒みに悩まされていた。蚊に刺されたように腫れたり、ニキビのようなものができたりして、皮膚に髪の毛が触れたり体温が少し上ると異様に痒い。今まで肌トラブルとは無縁だったし何が原因かもわからず、かなりのストレスを感じていた時、健康オタクの友人に相談すると『何か食品アレルギーじゃない?一週間ずつ、小麦粉・乳製品・卵など順番に抜いてみたら?』とアドバイスをくれた。結果、私はグルテンアレルギーだったことが判明した。パリに移り住んで2年、パンを食べ過ぎたのかも…
グルテンは小麦粉を使ったパンやパスタはもちろん、お醤油やマヨネーズ、ドレッシングにも含まれていることがあり、完全カットとなるとかなりの制限になる。ヨーロッパにはグルテンアレルギーの人が多く、普通のスーパーでもグルテンフリー商品が手に入るし、代用品を常備しているレストランも珍しくない。パリのシャングリラホテルでは、あの小麦粉の祭典であるアフタヌーンティーもグルテンフリーにしてしまったり、アメリカ風おしゃれカフェ(パリの“おしゃれ”は大抵アメリカ風)には必ずグルテンフリーブラウニーが置いてあったりと、今やグルテンアレルギーはトレンディーな体質なのではないかと思わせられるが、やはり最初は小麦粉抜きの食生活は不便に感じた。しかし肌荒れはなくなり、更に食後の膨満感や眠気もなくなり、徐々に自然と私の食生活から小麦粉はなくなっていった。
そんな生活を始めて約半年が経ち、現在日本に一時帰国しているのだが、意外なことに日本でのグルテン抜きの生活がかなり困難である。“日本食はヘルシー”というイメージから日本に帰ればグルテンフリー生活が簡単になると勝手に思い込んでいたが、いざ日本で外食となると、おうどん屋さん・お蕎麦屋さん・とんかつ屋さんなど・・・グルテン率高め・・・。不満を漏らすと、母に『家で食べれば?』と言われる。ただせっかくの一時帰国で友人と会う楽しい時間にあまり神経質になりたくないので、外食をする時は気にせず食べたい物を食べることにした。量や質や体調によって、やはり肌荒れを起こす時もあれば腸の調子が悪くなる時もある。それでも食品アレルギーに関する知識をつけた今は、何が原因かわからず肌が痒かった以前のストレスと比べたら、同じ症状が出ても気分は全く違う。
バロックヴァイオリンの恩師が5年間私に言い続けていた言葉を思い出した。
【Awareness】
(気づくこと、知ること、意識すること)
近年ヨーロッパでも日本でも古楽演奏が広がってきたのは素晴らしい事ではあるけれど、疑問を感じることもある。モダンの楽器にガット弦を張っただけで、あるいはバロックの弓に持ち替えただけで『これがバロックです』と演奏する人を見かけるが、モダン奏者がメタル弦で壮大なビブラートをかけてバッハを弾くよりも、『私はわかっています』と言いたげな“古楽もどき演奏”に、より違和感を感じてしまう。古楽演奏は古楽器を演奏することがゴールではないのだから・・・
恩師は、「演奏中にどの声部で何が起こっているのかをよく理解しなさい」という意味でも【Awareness】という言葉をよく使っていたし、歴史、音楽理論、演奏技法など、全てに関して『知らない』という事を自覚する事が大切だと言い続けていた。つまり謙虚な姿勢で音楽に向き合う事の大切さを教えてくれた。日々文献を研究し、古楽器の扱いを学び、知識と経験を積んだ上で、現代人の耳に新鮮で興味深い音を探った演奏と、何の考えもなくガット弦を張っただけの“古楽器もどき演奏”、“有名古楽奏者のモノマネ演奏”とでは、聴き手に伝わるもの、響くものが違うと信じたい。
食・芸術ともに、“気づくこと”は、提供者(演奏者)の責任であり、消費者(聴き手)の責任でもあるのかもしれない。