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私だって獣になりたい/映画「私ときどきレッサーパンダ」

ディズニーの子供向けアニメ映画「私ときどきレッサーパンダ(原題TURNING RED)」を観た。ディズニーも子供向け映画もあまり得意ではないのだけれど、こちらは好きだった。



あらすじ

いつも“マジメで頑張り屋”のメイは、ある出来事をきっかけに本当の自分を見失い、感情をコントロールできなくなってしまう。悩み込んだまま眠りについたメイが翌朝に目を覚ますと…なんと、レッサーパンダになってしまった!一体どうすれば、メイは元の人間の姿に戻ることができるのか?この突然の変身にはメイも知らない驚きの<秘密>が隠されていた…。そして、様々な人との関係を通してメイが見つけた、本当の自分とは――?

Disney HP


自分の人生は自分で選ぶ

自分の人生は自分で選ぶこと、がテーマだったように思う。映画は、主人公メイの「13歳から自分の気持ちに従い、365日自分のことは自分で決める」というセリフから始まる(回想シーン除く)。メイは、自分の人生は自分で選べていると思い込んでいるが、それは母親の言う通りにしているからゆえの自信であることに気づきはじめている13歳の女の子だ。
その後、一族に受け継がれる太古の縁により感情が高ぶるとレッサーパンダになったりしつつ、母親との関係にも変化があって、「本当に自分で選ぶとはどういうことか」を獲得していく。

というストーリーの中、自分の内なる獣との付き合い方を各自が選ぶシーンで「自分の人生は自分で選ぶ」というテーマを最も感じた。
メイ以外にも、感情が高ぶるとレッサーパンダになる人物が何人か出てくる。メイの母親や祖母、一族の女性たち。最後には、それぞれ自分で選んで獣である自分を受け入れるか、閉じ込めるかを決める。メイは自分の側面としてともに生きていくことに決めたが、受け入れられない人達が、メイのように受け入れられるように変わっていくストーリーではないのが、そしてその選び方がなんともないのが良かったな。


日常には獣になりたいシーンが多すぎる

日々たくさんの怒りを抱えて生きている。でも、その怒りは多くの場合、行き場もなく、相手にぶつけられずに終わることが多い。パワハラやセクハラ、差別など、自分や大事な人を損ねる相手をどうにかしたいと心の底から怒るけれど、結局できることがない。獣になれない私なんて口だけだ。日常には、獣になりたいシーンがあまりに多すぎる。
怒りによる感情の高ぶりにより、メイの母が巨大レッサーパンダになって街を破壊するシーンで、羨ましいなと思った。私も怒りでこんなふうにめちゃくちゃにできたらよかったのに。でもそれはシンプルにテロリズムなので、やっぱりできなくていいのだ。あぶないあぶない。
できなくていいのだけれど、憧れてしまう。それを抜きにしても、大きくて毛むくじゃらの生き物になれるのは羨ましいな。

巨大レッサーパンダになって街を破壊するミン(メイの母親)


それといろいろ

  • 主人公のメイ含む4人組の女の子たちがパワフルでかわいかった。一緒に観た同居人は、アビー(ピンクの背の小さい子)が私に似ているとずーっと笑っていた。メイがレッサーパンダから戻るともふもふが失われて不満そうだったり、人を殴ったあとに嬉しそうだったり、自分の欲望に忠実なところが似ているらしい。アビーばかりみていて気づいたのだが、同じシーンでもみんなぜんぜん違うことをしているし、リアクションも一人ひとり違う。各キャラクターに着目して観るのも楽しそう。

  • 物語の主軸は、メイが母親の考えから抜け出すところにある。母親との関係で悩んでいる好きな人たちが思い浮かんで、ストーリーに対して、この確執はこんなことで解決するだろうかと思ってしまった。メイは許せた、ということだから、私の周りの人たちのことはこの映画には関係がないのだけれど。

  • レッサーパンダが何かのメタファーというのは一旦考えないことにした。

  • アイドルグループ4TOWNの物わかりの良さに笑った。コンサートをめちゃくちゃにされて、命の危険がある中で、状況を理解してかしてなくてか、最高のパフォーマンスをする。成功するのはこういう人たちなのか。

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