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祝❣文化勲章 橋田壽賀子氏:日本ドラマ史に残る金字塔「おしん」が生まれた時代 ④

 日本で、いや世界中で、あまりにも有名なこのドラマだが、わたしはNHKオンデマンドで全話視聴した。なんか古いドラマだし、暗い感じがして、全編制覇できるかと思っていたが、なんのことはない、観だしたら止まらないのでそんな心配は無用だった。あらためて凄いドラマだと思ったが、もうこんなドラマは日本では2度と制作できないだろうと思うと悲しくなった。

 放映当時は社会現象を起こしたドラマだと言われているが、ドラマの感想をつぶやくネット環境もないなか、巷ではどのように盛り上がったのだろうか。「おしんシンドローム」については、いまやウイキペディアでも詳しく解説されているので、ここでは、あくまでわたしが直接伝聞した実例を中心に紹介したい。

「あんたはまるでお加代様だ」と説教される少女たち

 「お加代様」というのは、「おしん」が幼少期に口減らしのために奉公にだされた先の材木問屋のお嬢様だ。
 お加代様は、おしんとは真逆のわがまま娘として描かれているのだが、高度経済成長後、一億総中流となった日本の少女たちは、おしんのように家の手伝いもしないし、兄弟の面倒もみない、遊んでばかりのお加代様状態だったのである。
 そのため、なにかというと、おしんを見習えとばかりに、説教をされたという。当の説教された少女たちは、「キャンディキャンディ」には夢中になってたことは覚えているが、「おしん」のことはあまりよく覚えていないと後に話している。でも、お加代様だと言われるのは、なんかお嬢様扱いされているようで、あんまり悪い気もしなかったという人もいる。
 その当時女子大生だったちょっと上の年代の人いわく、まだフェミニズムや女性学なんて言葉さえ知られてはいなかった頃だが、このドラマの設定として、「おしん」が従事する女性の労働のすぐ下に性産業が位置づけらているのがわかるように書かれていることがすごいことだと議論をしたという。また、朝ドラでさえこんなに意識が高いのに、大学祭にミスコンなんかやらしておいていいのかと熱く議論したことを覚えているという。

「死んだおばあちゃんは”おしん”だった」と先祖供養

 それまでは、朝の連続ドラマといえば、主人公は、ミドルかアッパーミドルの出身だった。しかし、おしんは、貧農の出身である。
 けれど、それは日本全体をみれば珍しいことでもなんでもなく、高度成長を支えた労働者のほとんどは、この階層の出身だったのだ。
 加えて、当時それなりに安定した生活を手に入れた日本人には、戦争中そして戦後の困難な状況のなかで、家族を助けてその命を繋いだ、偉大なるシャドーワークの担い手であるヒロインが必ずいたのであった。けして、男だけで戦後復興を成しえたわけではないのだ。それも、これも、おばあちゃんが苦労して財産をここまで築いたとばかりに、家族史を思い返し、ご先祖を供養したという人もいた。
 そういう一族のヒロインは、本当は他に道がなく、生きてくために、仕方なく頑張っただけかもしれないが、いつしか「おしん」のようになんでもできる人だったとされ、以後、孫娘が有名大学に入ろうと、大学院に進もうと、キャリアウーマンになろうと偉大なるおばあちゃんには及ばないとされているという。また、本人の写真もあまり残っていないことをいいことに、美人だったと言い伝えられているのだとか。

「おしん」は「信用できる日本人」像となった

 ベトナムを旅行した時、農村から、家政婦として都会に働きに行く女性たちは「おしんちゃん」と呼ばれているということを聞いた。もちろん、愛情をこめてである。ベトナムのみならず、アジア中で、おしんは、ああなりたいという希望を持たせてくれる「日本人像」なのである。

 それは、橋田ドラマの心髄ともいえる「主人公をけして負け犬にはしない」というテーゼが、支持されていることの現れである。
 ドラマは、現在から過去に帰る流れで進むので、最初に、ミンクのショールにいい紬の着物を着た老婦人の音羽信子が現れるのだから、どんなに小さな小林綾子が貧乏で苦労しようと、田中裕子が姑にいじめられようと、視聴者は安心してみていられるのだ。

 そして、もうひとつ、ドラマ「おしん」を貫くテーマである「反戦」の姿勢が、日本人への信頼度を高めたとも言えるのではないだろうか。

 おしんは、幼少期に奉公の辛さから逃げ出し、雪山を彷徨っているところを、兵役を拒否した脱走兵に助けられる。脱走兵から教えられた「君、死に給うことなかれ」を暗唱するおしんの姿は強烈な印象を残す。
 おしんの初恋の人でありソウルメイトは、小作争議を先導し、戦争に反対したため、官警から追われいた。
 おしんが苦労して育てた一番できの良い息子は京大に入ったのに、これからというときに、南方戦線で餓死。夫は、戦時中ちっぽけな軍需産業に従事していたが、それを悔やみ、そのことの戦争責任を痛感して自殺する。
 ドラマでは、おしんと主な登場人物との関りをとおして、これでもかと「反戦」を語らせて、観ている人の感情に訴えている。
 このように視聴者の感情を最大限に盛り上げテーマを畳みかけるストーリー展開こそが橋田壽賀子の真骨頂だろうと思う。
 そして、「もう2度と戦争はごめんだ」という反戦の真摯な姿勢が、日本が戦争で荒らしたアジアの国々からも、ドラマ「おしん」が支持された要因のひとつになったと言ってもいいのではないか。

 

 「おしん」がシンドロームを巻き起こした時代は、国際婦人年をきっかけにして、女性の解放を叫びだした若い世代に対して、戦前・戦中・戦後と苦労してきた世代の女性たちの世代とが、「世代間の断絶」がありながらも、考えを主張しあった面白い時代であったと思う。
 近年のなかでは、最も女性が元気だった時代ではなかったか。
 そして、その時代に、世界中にシンドロームを巻き起こすほど、面白いドラマが生まれたのだ。

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松幸 けい
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