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[2024/07/07] スラウェシ市民通信(10):ガレソンの飛子はロシアへも飛ぶ(2007年11月翻訳)(カマルディン・アジス/松井和久訳)

~『よりどりインドネシア』第169号(2024年7月7日発行)所収~


ガレソンの飛子漁

飛び魚の卵(飛子)というのを知っているだろうか。飛子は、日本、韓国、台湾で高級食材となり、ここガレソン(Galesong)地区(訳注1)から毎年何トンもが輸出され、多額の収入をもたらしてきた。ここには昨年(2006年)、飛子20トン、50億ルピア(約5,800万円)をロシアへ輸出した業者がいる。

(訳注1)マカッサル市の南に位置するタカラール(Takalar)県の西側沿岸部の地区。マカッサル市内から車で約一時間である。

ガレソンの漁民にとって、飛子はプリマドンナともいうべき華やかな輸出商品であるとともに、昔から続くパトロン=クライアント的な沿岸部の経済システムを象徴する産物でもある。飛子の値段が上がり始めたのは1970年代初め頃からで、ガレソンの漁民が最も好む産物となっている。

漁民が見せてくれた飛子(1999年7月27日、松井和久撮影)

日本では、飛子は食用以外に薬用としても使われるそうだ。飛子にも、海藻に多く含まれるカラギーナンが含まれる。アチェ州の州都バンダアチェにある国立シャークアラ大学で海洋学を教えるムスリ・ムスマン講師(かつて琉球大学に留学)によれば、飛子は血行促進の作用をもたらし、間接的だが性欲を高める。

これまで、パトラニ(patorani)と現地語で呼ばれる飛子漁民は、飛子(マカッサル語ではトゥイントゥイン(tuing tuing)と呼ぶ)を探して海原から海原へと動き回ってきた。この飛子を産するのは、ラテン語でダクティロプス・ダクティロプス(Dactylopus dactylopus)(訳注2)と呼ばれるトビウオで、この魚は、これまでずっと、スラヤール(Selayar)(訳注3)から東カリマンタンに至るマカッサル海峡を中心とする海域で追い求められてきた。しかし、最近では、多くの漁民は南カリマンタンへ向かい、パプアのファクファク(Fakfak)海域(訳注4)へまで飛び魚を追い求めていく傾向がある。

(訳注2)このラテン語名の魚は、日本語では「イッポンテグリ」と呼ばれるスズキ目ネズッポ科の魚である。一方、日本で「飛魚」と呼ばれている魚は、ダツ目トビウオ科の魚である。インドネシアでは前者をイカン・トゥルバン(ikan terbang)と呼ぶことから、本稿ではインドネシア語のまま「トビウオ」と訳し、日本の「飛魚」と区別した。
(訳注3)南スラウェシ州南東部に位置する島。かつてはコプラの輸出で賑わった。またスラヤールからは、真珠を採る潜水夫としてニューギニア島西部沖、アラフラ海に浮かぶアルー諸島への出稼ぎが多かった。
(訳注4)ニューギニア島西部チェンデラワシ半島の南西海域でマルク諸島に面する。ファクファクは同島西部の商業都市。

10月は、ガレソンの飛子漁民が漁を終えて戻ってくる季節である。以前から、ガレソンはタカラール県の地域経済を支える重要な地区で、大都市マカッサルに近いという戦略的な立地が利点となっている。

どのように飛子を獲るか

この飛子漁では、ブブ(bubu)と呼ばれる漁具を使う。ブブは竹でできた道具で網を伴い、小さく切られた椰子の葉っぱで重ねるように覆われる。ルンポン(rumpon)と呼ばれる仕掛けの一種である。飛び魚はこのブブのなかの椰子の葉っぱのところに卵を産み落としていくのである。

ブブのほかに、パッカジャ(pakkaja)と呼ばれる仕掛けも使われる。パッカジャは通常は1×2メートル、大きいものだと1×3メートルの竹枠のことであり、その上に椰子の葉っぱを乗せてある。何十ものパッカジャが紐で結わえられ、海の中に入れられてから、帆船でゆっくりと引かれていく。そのとき、産卵したいトビウオが海中から飛び出し、パッカジャに引っかかってくる。トビウオはこのブブやパッカジャに卵を産みつける。パッカジャは沈んだように見えるが、それはパッカジャが飛子でいっぱいになっていることを示す。飛子漁民はその後にパッカジャを引き上げ、椰子の葉っぱにくっついた飛子をはがして、また海中にパッカジャを落とすのである。

黄金色をした飛子は、船上で日干しにされる。ダエン・タラン、ダエン・ティムン、ダエン・トラの3人の漁民が飛子の収集プロセスについて、「調子がよければ、週に約100キロの乾燥飛子を持って帰る。でも平均では50~100キロぐらいかな。とくにファクファク海域からのはね。ファクファクのはマカッサル海峡のと魚の種類はちょっと違うけど、ポテンシャルが高いことで有名なんだ」と説明してくれた。

ファクファク海域へ

ガレソン地区の住民で今はファクファクに住むダエン・タランによると、ここ数年の間に、何百隻もの飛子漁民の船がトビウオを探しにファクファク海域へやってくるようになった。飛子漁歴はまだ数年だが、彼はファクファクの沿岸へ漁民をガレソン地区から連れてくる仕事もしている。そうした漁民には、3ヵ月ごとにガレソンへ帰る者もいれば、6ヵ月ごとに帰る者もいる。

1970年代から1990年代までは、スラヤール海域の西側あるいはマドゥラ海域に近いカルカルクアン(Kalukalukuang)島(訳注5)から東カリマンタンのデラワン(Derawan)島(訳注6)までの海域が、ガレソンの飛子漁民の活動領域であった。彼らは伝統に基づいた飛子漁を行ってきている漁民であり、飛子漁が沿岸社会での収入源となっている。

(訳注5)マカッサル海峡の中央付近にある島。漁業の中継基地の役目も果たす。
(訳注6)東カリマンタン沿岸の島で、近年は観光地としても知られる。

しかし、市場からの需要が増え、この海域での飛子の漁獲量が減少していることから、飛子漁の領域もパプアの西側まで拡大することになった。飛子漁民にとって、飛子を求めて漁を続けた結果、この未知の海域に入っていかざるを得なくなったのである。ガレソンの漁民によると、マカッサル海峡の飛子のほうが一般に滑らかで柔らかく、粗くて大きいファクファク海域の飛子とは種類が異なる。より滑らかな飛子のほうが外国市場では好まれるのである。

飛子漁に向かう船(筆者撮影)

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