見出し画像

[2024/10/23] OSについて私が知っている二、三の事柄(第1話):大卒サラリーマンからOSを志願した「合理的な」PSTさん(轟英明)

〜『よりどりインドネシア』第176号(2024年10月23日発行)所収〜

2024年現在、滞日インドネシア人の人数が急増していることをあなたは知っているだろうか。それも観光などの短期滞在者だけでなく、長期間日本に滞在する労働者としてのインドネシア人が急激に増えているのだ。

具体的な数値を上げてみよう。2022年末に9万8,000人余りだった滞日インドネシア人は、2023年末には14万9,000人余りと約5割も増えている。これは国籍別ではミャンマー人に次いでインドネシア人が2番目に急激に増えていることを意味する。今年末には20万人に達するとの予測もある。ここ10年で急増した滞日ベトナム人は2023年末に56万5,000人余りを数えているものの、増加率はやや鈍化しつつあり、いずれは滞日インドネシア人がベトナム人を追い越す可能性もないとは言い切れないだろう。

令和5年末現在における在留外国人数について(出入国在留管理庁)
https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00040.html

筆者は仕事や私生活で正規滞在のインドネシア人たちとの付き合いがあるが、同時にそれ以外のインドネシア人たちと様々な場所で知り合うこともままある。そのなかには、いわゆるオーバーステイと呼ばれる不法滞在者も含まれる。

本来、オーバーステイとは超過滞在を意味するわけだが、インドネシア人の間では、超過滞在者その人を指すことがほとんどのようだ。彼らは英語のOverstayを略してOS(オーエス)と呼ばれている。逆に正規滞在者のことはorang resmi (インドネシア語直訳で「正式な人」)と呼ばれている。以後、この連載内では彼ら超過滞在者或いは不法滞在者をOSと表記していこう。

OSは出入国管理及び難民認定法の条文に違反して日本に滞在している外国人のことを指すので、それが発覚した場合、警察に逮捕されるか、あるいは身柄を拘束されて出入国在留管理庁へ引き渡されることとなる。

警察に逮捕された場合は、他の違法行為を行なっていないか、詳細な取り調べを受ける。もし検察によって起訴されれば裁判が終了するまでは留置所か拘置所での拘束が基本的に続く。不起訴ならば、すぐに出入国在留管理庁へと移送となる。ただし、起訴と不起訴の境目がどこにあるのか、素人で部外者の私には正直よく分からない。

とは言え、世間の耳目を集めやすい、あるいは集めた事件の場合は、一般的に起訴されるパターンが多いようだ。たとえば無免許運転で事故を起こした場合、滞在期間が1年以上の長期にわたる場合、偽造の文書や証明書を所持使用していた場合、これらのケースではほとんどが起訴され裁判へと進む。

しかしながら、報道の常で、外国人絡みの事件は逮捕時こそ大きく報じられることはあっても、どのような判決が出たかまで詳しく報じられることは、よほどの大事件でもない限りほとんどない。もちろん日本人が被告の事件であっても、概ね同様ではある。

ただ、インドネシア人OS絡みの事件は十中八九、執行猶予つきの有罪判決が下された直後に、当のOSの身柄は出入国在留管理庁の職員へ裁判所の法廷で引き渡され、やがて退去強制処分となることがほとんどなので、日本人被告や受刑者の場合よりも彼らの声を聴く機会は極めて限られているのは確かだろう。

ところで、この文章を読んでいるあなたはOSについてどんなイメージを持っているだろうか。

極悪非道な犯罪者?そこまで酷くはないが、ルールを守らない不良外国人?治安悪化の元凶?

あるいは、劣悪な労働環境から逃げざるを得なかった可哀そうな被害者?母国の家族への送金を欠かさないマジメな労働者?日本社会を底辺から支えているエッセンシャルワーカー?

やや極端な意見を敢えて掲げてみたが、実際のところ、あなたは何人のOSから直接間接に話を聴いたことがあるだろうか。おそらくないのではないかと思う。

この連載では、普通の日本人には馴染みのないインドネシア人OSとその周囲の人々が何を考えているのか、どのような人生を送ってきたのか、なぜ日本へ来たのか、日本で何を得たのか、筆者自身のOSへの聴き取りや第三者を介しての見聞、新聞報道や裁判傍聴などを元に語っていきたいと思う。なお、プライバシーには十分配慮した上で、人名・地名・家族構成・履歴などは一部変更し、人物が特定されないようにフィクションも一部取り交ぜていることをはじめにお断りしておく。ただ、「本音」の部分については、できる限り本人の言葉をそのまま使うようにしている。

あらゆる産業や職種で労働力不足が叫ばれる昨今、OSか非OSかを問わず、外国人労働者はもはや日本のどこにでもいる、実にありふれた隣人たちである。にもかかわらず、今なお、彼らの声は日本人には十分届いていないように筆者には思える。この連載が、日本人の外国人理解を深める一助になれば幸いである。

**********

初めまして。アンタかい、俺の話を聞きたいというのは。もの好きだね。まあいいや、暇だし、俺の話をしてあげるよ。

俺の名前はイニシャルでPSTだ。Tは父親の氏族名だな。俺が生まれたのはインドネシアのジャワ島のありふれた地方都市Mだ。先日33歳になったところ。

父親は俺がまだ子供の時、10歳にならないぐらいのときに出て行ってその後はほとんど没交渉だからよく知らない。母親は地元のジャワ人。きょうだいは一人いたけど、父親について行ってその後はほとんど会ってない。子沢山のインドネシアでは珍しい? でも、俺にとっては普通のことだったね。

実を言えば、父親は中国系なんだけど、母親はそうじゃない。つまり、俺はあいのこってわけ。だから、俺の肌はちょっと白いだろう? ただ、そのことでいじめられたってわけでもない。そもそも中学校からはクリスチャン系の学校だったから、特につらい思いをしたとかもないな。さすがにね、スハルト政権が倒れたときはゴタゴタあったし、ちょっと嫌な思いというか、そういうのもあったけど。たださ、母親が地元の人だから、そこはまあね、大丈夫だったよ。

母親の仕事? 雑貨屋かな、広い意味での。店の隣が食堂でそこも経営していたから、生活は普通だったな。裕福でもないけど貧乏でもない。OSの連中のなかでは珍しいかもな。

日本に来たきっかけかい? 母親がさ、頑張って俺を大学まで出してくれたんだよ。今時大卒なんてジャワの地方都市じゃ全然珍しくもないけど、15年も前だとやっぱり大学行くのってそれなりに大変だったよ。

入学したのは大都市のいわゆる無名校。そこに4年通った。おカネの儲け方がわかると思って経済学部を選んだけど、そんなことは全然なかったな。成績も普通だったし。

それでも、大卒という学歴のおかげで、インドネシア人なら誰でも知っている銀行系列のクレジット会社に就職出来た。下っ端だけどね。日本では、なんだっけ、そう契約社員って言うんだろう? 正社員じゃないんだよね。だから勤め先の名前は一応立派だけど、それだけって言うか。それでも俺はすんなり地元で就職できたんだからラッキーだったと思う。

でもね、同じ大卒でもやっぱりコネがある奴は、はじめから役職が違うわけよ。とはいえ、結局そこに3年間勤務した。ただ思ったほど給料が上がらなかったもんだから、ちょっとかっこつけて言えば、ヘッドハンティングされたというのか、他の会社に移ったわけだ。仕事内容もちょっと範囲が広くなったかな。

前はただカウンターに座ってお客さんの対応をするだけ。転職した会社では、バックオフィスっていうのかな、中に入っての仕事が増えた。そうして給料は前より確かに良くなったけど、所詮は学歴とコネのインドネシア社会だから、上には上がいる。なんか自分の未来が見えちゃったんだよ。俺みたいに、無名の大学の経済学部出たってだけじゃ出世はできないよね。

もちろん、地方都市の実家で慎ましく生活するだけならちゃんと暮らしていけたし、クルマも中古だったけど、頑張ってローンで何とか買えたさ。クルマがあればオンラインタクシーとして副業もできるしね。たださ、大学出て5年以上働いたから、もう先が見えちゃうわけよ。こういう仕事をずっと続けているだけじゃ、いつまで経ってもワンランク上の階層にはいけないなって。

贅沢な考え? おいおい、そりゃあ、XX社は財閥系列に分類される会社だから、給料は他より良くて安定してるように外からは見えるんだろうけど、それは経営者とか幹部の話さ。下っ端はただのサラリーマンなんだよ。歯車に過ぎない。

そんな頃、俺のおばさんの知り合いが日本で結構稼いだって母親から聞いたわけだ。その金額がハンパなかった。1ヵ月で俺の半年分の給料を稼いだって言う。話半分としても魅力的さ。しかも特別な経験や資格はいらないし、日本語ができなくてもノープロブレムと来た。アンタだってそう言われたら心が動かないか?

当然、俺は日本語なんか全然勉強したことないし、バカじゃないからよくよく考えたさ。一応大卒だからな。でも、このまま地道に会社で上から言われるままに働きながら、空いた時間にタクシー運転手をし続けるのと、思い切って日本に出稼ぎして母親に楽させるのとどちらがいいか。

結局、俺は日本行きを決めたわけだ。少し前に建売住宅を買ったばかりだったけど、日本で稼げばローン返済がずっと楽になるっていう算段もあった。それでおばさんの知人、要はブローカーに任せることにしたんだ。

えっ、なんで技能実習生みたいな他の正規のルートで行こうと思わなかったかって?

ここから先は

1,665字
この記事のみ ¥ 150
期間限定!Amazon Payで支払うと抽選で
Amazonギフトカード5,000円分が当たる

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?