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海の底に貝が二つ

どうして私はいつもこうなんだろう。

不安を抱え、辛くなると殻に閉じこもる。
必死になると、身体の声が聞こえなくなる。

心がざわつく度に背中に痛みとチクチクした痺れが広がる。毒素が身体に充満して、皮膚を突き破ろうとくすぶっている。
やがて、それらは蕁麻疹や湿疹となり、痒みを身体に放散させる。

身体の声を蔑ろにするからだ。
油断するなら、もっと悪化するぞ。

そう言われているのを感じる。
誰に言われているのかは、分からないけど。

毎日トラブルが起きる職場で数年働いた。
やまない相談を受け、判断を仰がれ、答えのない問いを流れ作業のように解答していった。
実態以上のレッテルを貼られ、弱音を吐けなくなった。
組織を守るため、険しい顔をし、厳しい言動もした。
いつ携帯が鳴っても対応できるよう過ごすことに疲れていった。

息は浅くなり、寝ていても頭は動き続ける。
イライラして、我を失っている状態に耐えられなくなった。

退職した月に配偶者から離婚を求められ、彼のためになるならと応じた。

住み慣れた土地を離れ、ヨガのレッスンを100くらい受けた頃だっただろうか。

いつも奥歯を噛み締めている自分に、ようやく気づいた。
何年も浅い呼吸しかできていなかった肺は、大きく広がることを忘れているようだった。
筋肉が縮んで伸び、リンパ液が流れると、あれほど通い詰めたマッサージはいらなくなった。
冷え症は軽くなり、流れる汗が心地よかった。
瞑想を妨げる雑念は、そのときに一番囚われていることだった。

どうにもならないことにぶつかって、自分が人間である以前に生物であることを思い出す。

肩肘を張って、張りきれなくなって、いろんなものを失った。泣き疲れた頃、私は似たような魂をみつけて、惹かれた。

彼もまた、心に硬い殻をつくり、身を隠していた。他の人には、そんなそぶりもみせずに。

深く呼吸して、頭を真っ白にする。
背筋を伸ばして、ゆっくり殻から外に出る。
眩しくて周りがまだよくみえない。

もうあの時のようには、ならない。
柔らかい心と身体に向き合う時間を彼と過ごしたい。

怖い、後ろめたい。これは幻なのか。
足がすくむ、表情はこわばる。
けど、離れたくない。

硬い顔のまま手を伸ばす。
指を絡めた手は鬱血するほど強く握られる。

出てきてくれてありがとう、と彼が言う。
殻から出るときに負った傷は癒えていないのに。
優しい声と笑顔で。

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