上級者は対戦相手のどこを見ているのか?最初のグリップまでの視線を計測
スパーリングや乱取りなど実践形式の練習がある格闘技では、上級者と初心者に雲泥の差があります。初心者は、文字通り、あっという間にやられてしまいます。何が起こっているかすらわかりません。このような差にはさまざまなことが関わっていますが、大きな違いの一つに視線があります。
柔道白帯と黒帯の視線を比較
柔道では、最初の組手が重要です。良いところを持つと俄然有利ですし、持たせてしまうと相手にやられてしまいます。これは組み技系の格闘技全般に当てはまります。ブラジリアン柔術でも、レスリングでもいわゆる組手争い(グリップファイト)は必ず起こります。そして、そこで良いところが取れれば有利です。
Pirasたちは柔道の組手争いにおける視線を上級者と初心者で比較しました(Piras et al., 2014)。最初のグリップでは相手を見ることが特に重要になると考えたからです。組み合う前だと、相手は大きく動きますし、相手をコントロールしながら組み手を作ることもできません。掴むところを見ることがより大切になってきます。
試合の開始時を模倣して、審判が「はじめ!」の号令をかけてから、最初のグリップを取るまでの視線を計測しました。上級者として、全国大会で活躍する黒帯(16年以上の競技経験)とはじめたばかりの初心者の白帯(14時間の経験)でした。
襟(胸)、袖(腕)、手、帯、脚などの部分に分け、視線がどこに向いていたかを調べました。すると、上級者と初心者でかなり違いがありました。はっきりとした違いは、襟と袖に対して向ける視線でした。
上級者は胸の辺りに視線を向けることが圧倒的に多く、袖辺りはほとんど見ません。初心者も胸の辺りを多く見ることは変わらないのですが、袖を見る時間が上級者よりもかなり増えました。その結果として、上級者よりも胸あたりに視線を向ける時間が相対的に減っていました。
上級者がどの辺りを中心的に見ているかを図で表すと以下のようになります。黄色の楕円あたりを中心に見ていると言って良いでしょう。
ブラジリアン柔術もスタンドの状態で始まりますから、この辺りは基本的に同じだと考えて良いでしょう。
遠山の目付
武道では、あるべき視線の向け方を遠山の目付と表現します。これは遠い山を見るように対戦相手に視線を向けるという意味です。相手そのものではなく、その遥か向こうにある山を見るという意味です。
襟、すなわち胸の辺りを見ることは、この遠山の目付にもつながります。あちこち忙しなく視線を動かすのではなく、全体を把握するように見る。そのためには身体の中心に視線を置き、遠くを見るようにします。これで視野が広がります。結果として全体を捉えられるようになるのです。
なお、眼球の解剖学的構造上、目の端で見たほうが、目の中心で捉えるより動きを早く捉えられます。対戦相手の身体で先に動き出すのは、手や脚です。胸を辺りに視線を合わせておくと、手や脚を目の端で見ることになります。結果として、相手の動きに素早く対応できるようになるのです。武道では長らく知られていた遠山の目付にはこのような効用もあるのですね。
まとめますと、上級者は、相手の身体の中心に視線を合わせ、少し遠くを見るように視野を広げて見ています。そうすることで、相手の様子が少しよく見えるようになるかもしれません。
引用文献
・Piras, A., Pierantozzi, E., & Squatrito, S. (2014). Visual search strategy in judo fighters during the execution of the first grip. International Journal of Sports Science & Coaching, 9(1), 185-198.
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