詩がもたらすもの

こんにちは、松澤です。

最近、立原道造と北園克衛という詩人に出会いました。

立原道造は私の心の友として、北園克衛は詩に挑む姿勢を見せてくれた人物です。

立原は大正から昭和初期に活躍した抒情詩人で、私と同じ歳24歳に夭折しました。彼の詩は常に自然の美しさを見つめているようで、その先に遠い世界を夢見ているような作品ばかりです。それは彼自身が抱える希死念慮とのせめぎあいにあるように感じます。
思い出と忘却、立原の目指した夢に希望を抱きつつ、同時にそれが現実でないことを嘆き、生と死の間に悶える日々。彼にとって現実とは彼自身が存在したい世界ではなく、夢もまた叶わない幻想と知っている。でもメルヘンな夢を手放すことができないために足掻き続けている。
その様は、現実を地とできず、幻想世界に助けを求め続けた私に似ているようで、はじめてこの夢と現実との間にいることの苦しみを共感してくれた特別な詩人です。
しかし彼は、その苦しみがどのように変化していくのか、私はこのままで良いのか、といったことに答えてはくれません。なぜなら若くして亡くなってしまうから。しかも彼は晩年ヒトラーを支持するなど愛国主義を唱え始め、不穏な空気を感じさせたまま亡くなります。彼は、私がこのまま生きていくと現実を捉えることができなくなる不安を仰ぐのです。

彼の詩を読むたびに、幻想と現実の間にいることを認めてもらえる安心とこのままではいけないのではないかといった危機感が襲いました。
現実とは何か、現実を生きるためにはどうしたらいいのか。

彼の詩には常に思い出というには香りの強い追憶を感じさせます。彼は「今ここにいること」に対しての感覚が希薄で、その時間においては流れるように通りすぎてしまい、内面の心の葛藤だけに焦点が向くために今ここにいる、というものに対して否定的です。

空や自然、建築、そして街。彼らの時間は動いているけど、人間の抱える時間に対してとてもゆっくりとまた繰り返し過ぎていきます。四季は巡り、空もまた何度も夜を明かすのです。まるで私たちが思い出を回想するときのように。この時間感覚を人間が身につけると、本当の人間としての時間を見失っていく、私はそう考えています。

だからこその危機感なのです。

先日、それに対してほんの小さなヒントを得ました。火をつける前のろうそくのような、けれどもしかしたら、それはタルホのガス灯かもしれない希望。
現実に生きる時、必要なものは「他者」であるという答えです。
同時に現実を耐えられないものに変えるのも他者で、現実を受け入れるためには他者の不確実性を受け入れるしかない。

同時に目を覚まさせる劇薬は私たちの皮膚を焦がしていきます。まるで豚の丸焼きあるいは北京ダック。美味しく皿に盛り付けられて中華料理屋のディナーにでもなればいいのに。もう十字架に貼り付けられたまま動くこともままならない。だとしてもそれが現実なのではないか。

そんなことを考えていくと、私が今まで詩と称して作ってきた何かにも違和感が出てきました。私が書く散文は内省的で「他者」が現実の苦しみを与えるものしてしか書かれていないのです。

私の直近の課題は心象風景として現れる詩のような何かに「他者」を組み込むことにありそうです。

そこで北園克衛という詩人を思い返します。彼は前衛的な詩を創造し今も多くの人に愛されている詩人です。彼の装置として詩、構造改革はこれまでになされたことのない新しい試みでした。彼は詩人としての姿勢として、主に二つのものがあるといいます(全文をしっかりと覚えているわけではないのですが)。

一つが自身を内省し、自分自身を成長させるもの。もう一つが表現のとしての詩自身を成長させるもの。北園さんは後者が詩人としての正しい姿勢だとときます。

私は、詩と他者との関係を考える時、自分自身を変える詩にこだわるのではなく、表現として他者を巻き込んだ詩を作ってみたいなと現在考えているわけです。

そんなことできるかさっぱりわかりませんが、前衛詩人の勉強も少しずつ(趣味として)始めてみたいと思います。

というわけで詩をとおして私の考えが変わった覚書としてこの文章を残しておきます。

良い夢を、良い昼を。

松澤



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