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時の砂が落ちるまで

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現代の日本、路地裏にひっそりと佇むアンティークショップが舞台の小説です。
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記事一覧

【小説】時の砂が落ちるまで 番外編「ヴィンセントの手記」

 気がつけば、非常に狭い空間にいた。指で押し開けると、目の前の壁が開く。空間の外に出てようやく、自分が何に入っていたのかを知る。その周りにも、同じような形の棺が、たくさん並べられていた。
「……そうか」
 私は死んだのだ。一人目の妻の家族が開いたパーティーに招かれ、出された料理を食べて、急に息ができなくなって。きっと、あの料理の中に強い毒でも入っていたのだろう。己の無用心さを悔いる。
 私に恨む資

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【小説】時の砂が落ちるまで 番外編「セシルの手記」

 私の一族は、代々レジー侯爵家の使用人として主人の世話を担当してきた。しかし、未だかつて、あんなに自由奔放な侯爵は他にいなかったと思う。
 私が仕えることになった次期侯爵のヴィンセント様は、艶やかなダークブラウンの髪と青い瞳を持つ少年だった。十歳という年齢ながら、既に次期当主にふさわしい明晰な頭脳と礼儀作法、ダンスの腕を備えていた。
 ただ唯一欠点を挙げるなら、大変な悪戯好きというところだ。ご主人

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【小説】時の砂が落ちるまで 第4話「Crimson night」

【小説】時の砂が落ちるまで 第4話「Crimson night」

 今日は十月三十一日、ハロウィン。いつも高校からの下校途中に寄っているアンティークショップで、夕方からハロウィンパーティーが開かれるらしい。ゆかりは両親の許可を得て、張り切ってメイドの仮装をし、まだ明るいうちに家を出た。
 いつもの道を通り、雑居ビルの一角、路地裏に佇む店に到着する。扉を開けると、中から店主の紫苑が出迎えてくれた。
「紫苑さんこんにちは!」
「いらっしゃい! 可愛いメイドさんだね。

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【小説】時の砂が落ちるまで 第3話「首飾りが招くもの」

【小説】時の砂が落ちるまで 第3話「首飾りが招くもの」

 下校時間を告げるチャイムが鳴ると、ゆかりは鞄を掴んで教室を出た。周りのざわめきと靴音を耳に吸い込みながら、うきうきと校舎を出る。
「ゆかりさん」
 校門を過ぎたところで後ろから呼び止められた。一人の少年が立っている。
「え? は、はい」
 ゆかりは戸惑った。この子とどこで知り合っただろう。まじまじと見つめようとするも、恥ずかしくなってつい目を逸らしてしまう。
 大人しそうな少年だった。ゆかりと同

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【小説】時の砂が落ちるまで 第2話「最後にひとつ、オムライスを」

【小説】時の砂が落ちるまで 第2話「最後にひとつ、オムライスを」

 次の日。学校の授業が終わると、ゆかりはもう一度あのアンティークショップに足を運んだ。猫の後を追った昨日の道筋を思い出しながら、坂を登り、見覚えのある雑居ビルの路地裏に入る。そして、微かに鼻をつく焦げた香りを感じながら、ゆっくりと扉を開いた。
「いらっしゃい! お、また来てくれたんだね。ありがとう!」
 カウンターの奥から店主の紫苑が声を掛ける。こんにちは、と軽く頭を下げると、「さ、入って入って」

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【小説】時の砂が落ちるまで 第1話「思い出を売る店」

【小説】時の砂が落ちるまで 第1話「思い出を売る店」

 下校時間になると、花里ゆかりは軽い足取りで校門を出て、懐かしいパン屋に向かった。かつてそこで買ったイチゴメロンパンの甘い味が、口の中に広がっていく。
 幼い頃はよくなけなしの小遣いを握りしめ、イチゴメロンパンが売り切れる前に店に駆け込んでいた。しかし高校受験の勉強が始まってからは、そのパン屋に行くことがめっきり減ってしまっていた。
 七月に入り、町の気温はだんだんと高まっている。高校生活にも少し

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