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ごんぎつねを読む④
ごんぎつねを読む③では、仕掛けとして、ごんにとって残念な展開が繰り返されることを挙げました。では、この繰り返される残念な展開が、物語全体の叙述とどのように関連しているのかを読み解いてみます。
前半部分では、まずは前話としてごんの人物紹介がなされます。続いて出来事が「ある秋の日のことでした。」という文から始まります。
そこで早速情景描写が挿入されています。
「二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、ごんは、ほっとして穴(あな)からはい出しました。空はからっと晴れていて、もずの声がキンキンひびいていました。
ごんは、村の小川のつつみまで出てきました。あたりのすすきの穂(ほ)には、まだ雨のしずくが光っていました。川はいつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきやはぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしになって、もまれています。ごんは川下の方へと、ぬかるみ道を歩いていきました。」
後半の太字部分。お分かりでしょうか。
まだ事件が起きる前の所で、この情景描写。普通に読めば、きつねの住む場所や季節感を詳細に述べていて場面の様子がよくわかる表現のようですが、もちろんそれだけではありません。そこに仕掛けがあります。
そう。この川や道の様子。この村の様子やこれから起こる出来事につながる不吉な予感を与えているのではないでしょうか。
この後、その予感の通り、実際に兵十もごんも災難にもまれるし、ごんの進む未来は正にぬかるみ道です。
続いての情景描写は、兵十の母親の葬式の場面です。
ここでは、言葉に注目していきます。以下引用。
いつのまにか、表に赤い井戸がある、兵十の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。
「ああ、そう式だ。」と、ごんは思いました。
「兵十の家のだれが死んだんだろう。」
お昼が過ぎると、ごんは、村の墓地(ぼち)に行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光っています。墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘(かね)が鳴ってきました。そう式の出る合図です。
やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのがちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は墓地へ入っていきました。人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。
ごんはのび上がって見ました。兵十が、白いかみしもを付けて、位はいをさげています。いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。
「ははん。死んだのは兵十のおっかあだ。」
ごんは、そう思いながら、頭をひっこめました。」
この中から、
人々が通った後には、ひがん花が、ふみ折られていました。
これが、兵十の
赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日はなんだかしおれていました。
と対応しています。
それだけでなく、この場面の全体を見てみると、葬式、墓地、彼岸(ひがん花)そして赤という色が作為的に何度も出てくるのです。
もちろん、兵十のおっかぁの死があるのだから、そこと繋がる情景描写なのは当然ですが、果たしてそれだけでしょうか。
これは、もしかしたら冒頭にあったように、何かを予感する情景描写なのでは…とも思ってしまいます。
そうです。奇しくも、物語の結末のごんとつながるのです。特に、赤。この色は兵十のおっかぁの死とは結びつかないのです。
最後に兵十に撃たれて血を流すごん。
この仕掛け。少しホラーな感じにはなりますが、どうしてもつながってしまいます。
こんな読み方もできる「ごんぎつね」。ごんぎつねを読む⑤では、ごんの行動に注目しさらなる仕掛けについて解説します。