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【美術展2024#57】フィリップ・パレーノ この場所、あの空@ポーラ美術館
会期:2024年6月8日(土)〜12月1日(日)
現代のフランス美術を代表するフィリップ・パレーノは、今日最も注目されるアーティストの一人です。映像、音、彫刻、オブジェ、テキストやドローイングなど作品は多岐にわたりますが、その意識は常に、現実/フィクション/仮想の境界へと向けられています。また、芸術や「作者性」の概念にも疑問を投げかけ、数多くのアーティスト、建築家、音楽家と共同で作品を生みだしてきました。
パレーノはAIをはじめとする先進的な科学技術を作品に採り入れながらも、ピアノやランプ、ブラインドやバルーンといった見慣れたオブジェを操り、ダイナミズムと沈黙、ユーモアと批評性が交錯する詩的な状況を生みだします。展覧会そのものをメディアとして捉えるパレーノが構築する空間は、まるでシンボルの迷宮のようです。何者かの気配、声、光、暗闇、隠されたメッセージ――ドラマティックな構成に導かれ、大規模な舞台装置のような会場に足を踏み入れる私たちは、まるで演者のように、新鮮な驚きとともに混乱をともなう体験の中へと身を投じることになるでしょう。
国内最大規模の個展となるポーラ美術館での展覧会では、作家の代表作である映像作品《マリリン》(2012年)をはじめ、1990年代の初期作品から初公開のインスタレーションまで、作家の幅広い実践を多面的にご紹介いたします。
箱根の森の中にひっそりと佇む美しい美術館。
すでにこの扉から美術体験が始まっている。
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今回のタイトルの英題「places and spaces」は、邦題が「この場所、あの空」とされている。
「places and spaces」を直訳すれば「場所と空間」だが、それを作家の母語であるフランス語に(google翻訳を用いて)訳すと「lieu et espace」となった。
「この場所、あの空」を英仏それぞれにすると、
「This place, that sky」「Cet endroit, ce ciel」となった。
さらに作家はそもそもアルジェリア生まれとのこと。
アルジェリアの公用語のアラビア語にすると、
「この場所、あの空」は「هذا المكان، تلك السماء」
「場所と空間」は「المكان والفضاء」となる。
…となる、とか偉そうに言ってるが読めやしないけど。
いずれにせよ結構ニュアンス変わると思うのだがどうなんだろ。
作家はこの邦題訳にどの程度関わっているのだろう。
モヤっとした疑問を抱えつつ会場へ。
第一室では魚が空間を漂っている。
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私はスキューバダイビングもするのだが(PADI Divemasterというプロライセンスを持っている。水中ガイドもできるのだ、エッヘン)、海の中で見る魚のような中性浮力的な動きが結構リアルだった。
だが私自身は自らの足で床に立っているためダイビングで得られるような浮遊感はない。
ダイビングだと魚の住む無重力の世界にこちらからお邪魔するのだが、ここでは魚が我々の世界に入り込んで我々が魚に鑑賞されているような不思議な感覚。
こんな感じでポップに展開していくのかと思いきや、それ以降はマジな現代美術の最前線だったので、魚に釣られて子供連れてこなくて良かった。(うちの子たち興味ないとすぐ飽きるから)
広い部屋に大型のスクリーンと共にピアノや汚れた雪解けのようなオブジェやらが並ぶ。
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語りだけで人物が登場しない映像。
声はAI生成したマリリンとのことだが世代ではないのでそこについてはそれほど感動がない。
AIマリリンが抑揚のない声で部屋の説明をする。
電話が鳴り響く。誰も出ない。
誰かいそうで、だが誰もいない。
誰かに宛てた手紙を書いているペン先がクローズアップで映し出される。
特に何も起こらないままストーリーは進み、最後ネタバレを織り交ぜ、そして終わる。
これで終わりかと思いきや、突然後ろのスクリーンが開き、夕日が室内に差し込む。
あれ、もう夕方?
と思う間もなく夕日が機械音と共にスクリーンを縦横無尽に動き回る。
ピアノが鳴り響き、スクリーン裏のライトがビカビカ点滅する。
スクリーン裏にも実は空間があってそっちも行くことができた。
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なんなんだこれは。
ぼんやりと雰囲気系の映像をみていたと思ったら唐突に謎の空間にぶち込まれる。
音と光と映像が共にぐるぐると空間の中でかき混ぜられて頭が混乱する。
私は今何を見せられているのだ。
そして何事もなかったかのようにシャッターが降りて平穏が訪れる。
…終わった。
圧倒された。
この感情も感動と呼んでよいのか?
次の部屋へ移動。
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無数のふきだしが天井を埋め尽くす。
ふきだしなのに無言。
室内の風で微妙に蠢いている。
卵子に辿り着こうとして壁を突き破ろうとしている精子の群れのようにも見えた。
やはり無駄に凝りまくった謎の装置。
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最後の部屋は普通にガラスケースでの展示かと思いきや、ばちばちとガラスが透明になったり不透明になったり不規則に点滅している。
加えて光が当たったり消えたりしてじっくりと展示物を見ることができない。
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終始わかりやすい解説もなく半ば暴力的に奇妙な体験に巻き込まれる。
相当な予算が注ぎ込まれていそうな機材と装置や、無駄に凝りまくった最先端のテクノロジーを駆使して作り出される狂気すら感じる謎空間。
だがこの奇妙な体験は、新鮮で軽快で不思議と嫌な感じはしなかった。
見慣れた展示風景のコレクション展。
だが奇妙な体験の後では何か物足りない。
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POLA美術館が誇る名画たちが虫ピンに刺されて博物館に展示されている昆虫の標本のように見えた。
私はここで何を見せられているのだろう。
そしてここにいる人たちは何を見ているのだろう。
この感覚。
春に上野の西洋美術館で見た「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?」で企画展直後にコレクション展に足を運んだ時に感じたあの感覚を思い出した。
美術館を出て周囲の遊歩道を歩く。
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下界は酷暑だが箱根の森はかろうじて外を歩くことができる。
鳥の鳴き声、木漏れ日、そよぐ風、誰もいない森、…気持ちいい。
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表面には水が張られ、そこには、
…ボウフラ湧いてた。
掃除はあえてしないスタイルなのか?
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