みじか小説「えげつない量の缶ゴミを捨ててる同じアパートの女の人との少しの交流」
僕はコンビニで買ってきたビールやチューハイを、家で1人で飲むのが好きだ。まあまあの頻度で。
ゆえに気をつけてる事がある。
火曜日は缶のゴミを出す。
このミッションを失敗すると、酒を飲んだという「罪」が、アベレージ・ロン缶・3はイってる「罪」が部屋に溜まっていく危険性がある!
いくら孤独な一人暮らしであれど、ごみ捨ては人間の尊厳を保つ重大な任務だ。
僕のような無学無軌道な大学生でもこのくらいはやっておきたい!
火曜日の朝。
とんでもなくいい天気だ。酒の残った暗い体を照らすには絶好調の日差し。
ちゃんと缶のゴミが間に合う朝に起床し、1人で飲んだ1週間分の缶ゴミをアパート前のゴミ捨て場に置きに行く。
1日2缶とか、調子こいた日は4。
まあ飲まない日も1週間に3日くらいはあるから、まあコンビニのデカいタイプの袋に入り切るくらいの量を捨てる。モンエナとかも飲むしまあそのくらいだ。
ゴミ袋に採用したコンビニ袋の中身を開けて、ゴミ捨て場にある「缶」と書かれた青いカゴにドバドバと捨てる。しなしなになったコンビニ袋は何となく自分の部屋に持って帰って、自分の部屋に捨てる。
なんとなく、このゴミ捨て場にポイしてこのアパートに住んでる支配者みたいなおばちゃんに怒られたらどうしようというのが怖い。まあ、そんなおばちゃんは住んでないし、意味の無い仮想ババアなんだけども。モラルの話だ。
「うおっ」
缶ゴミを捨てるたびに思うことがある。
この缶のゴミを捨てるカゴに、いつもえげつない量の「ストロングゼロ」のドライのやつが捨ててあるのだ。
ストロングゼロの山を見て、つい声が出てしまった。
おなじ銘柄の缶の酒がまとまって捨ててあるのを見ると、「同一犯」であることは間違いない。
なんの犯罪でもないのだが、このアパートに肝臓を痛めに痛めつけてる犯行を犯している人間が住んでいる!
ストロングゼロのドライのやつ…。
黒と銀のパッケージに無糖やらプリン体ゼロだの書いてる9%のチューハイだ。
ストロングゼロなら相場はレモンのやつだろう。
きっと、甘さも酸っぱさもいらない、1週間にこの量を捨てる、きっと最終段階のアル中がこのアパートに住んでいる。
意外に住んでる人とすれ違うこともないので、どんな人間が住んでるか、見たことはあるのかもしれないけどそんなには把握してない。
きっと歯と髪の毛と世間体を失ったオッサンに間違いない…。そんな大変失礼な想像をしながら、退散しようと後ろを振り返ったその時
「ちょっ!」
どうやら同じくゴミを捨てに来た女の人がちょうど後ろに来たため、体丸ごと衝突寸前、顔近(かおちか)状態になってしまった。
「すいまっ!」
すいまっ!しか言えず、その流れで女の人は手に持っていたゴミ袋の手を離してしまったようで、ゴミ袋の中身が辺りに散乱した。
ゴミ袋は結ばず、サンタさんみたいに口を握って運んでいたのか。
「マジ〜〜〜これ?」
そう嘆く女の人は、寝起きという感じで髪はボサボサ、上はなんかのバンドTに下はスウェット。上下黒づくめの出で立ちで、メガネをかけていた。たぶん家でだけかけてて、普段はコンタクトなのだろう。なんか知らないけど「ハード インフェルノ?」的な事が書いてるバンドTを見て何となくそんな感じがした。
「いやいやボーッとしてないで拾ってよ!目開いてるけど寝てんの?」
とんだ妄想状態が女の人の声で目が覚めた。なんか酷いこと言われた気がするけど。
完全に僕を叱責するその表情は、
眉間に皺を寄せいるにも関わらず、綺麗だった。
「ああ本当ごめんなさい本当ごめんなさい」
とあからさまに狼狽する僕は、辺りに散らばった缶ゴミを拾おうとして、
「ストロングゼロのドライのやつ…」
「ハァ?」
「なんでもないですっ!」
辺りに散らばった缶のゴミが全部例のストロングゼロだったことに気づき、つい声が出てしまった。何個か拾って青いカゴにせっせと入れていく。
「え!?」
既に捨てられてるストロングゼロのドライのやつの山を一瞬見た。
まさかこれは.…第2便!?
あまりにも多いから2回に分けてるのか!
とんでもないぞこの女の人は!
「....…?」
は?の声すら出ないマジでこいつ何してんの状態を引き出してしまったことを最大限後悔した。
女の人は少し間があったあと、バツが悪そうに
「わ・た・しです、このストゼロ、ぜんぶ。」
彼女が、すでに捨てられてるストロングゼロのドライのやつのゴミを顎で指した。
そんなことは決して聞いてはないのだが、なぜか白状し始めたのが可愛いと思った。
「い、いやぁ全然」
なにがいやぁ全然なのか分からないが、僕の出せた言葉はこれくらいだった。
女の人はそれを聞いてるのか聞いてないのかは分からないが、しゃがみながらこのストロングゼロの山わ見つめて、
「飲んじゃうんだよねぇ..…」
と手で頬をつきながら言った。
「飲んじゃいますよねぇ…..」
と僕は返した。
にしても、な量だが。
カーン
ため息をついた女の人は、さっき拾ったストロングゼロのドライのやつをひょいとカゴに投入した。
少し沈黙があったので
「あのぉ、この、ジムビームのハイボールの缶とか、こだわり酒場のやつとか、僕です。」
なんかフェアじゃないなと思い、青いカゴに入ってる自分の缶のゴミを指さしてそう言ってしまった。うわ喋んなきゃ良かった!と後悔したその先、
「ふっ」
「聞いてないんだけど」
女の人はほくそ笑んで立ち上がり、
「結構飲んで偉いね。」
と女の人が言った。
え!?
偉いの!?
偉いんだ…。
女の人が少し笑顔になったのと、謎の理由で褒められたのが嬉しくなった。
「なんかありがとうございます」
と返した。
「なにそれ」
またも笑う女の人からは先程の敵意みたいなものはなくなっていて。
なんだか、
こんな綺麗な人と宅飲みできたらなぁ、と思った。
なんだか照れくさい状況になったなと視線をずらすと、少し遠くにまだ缶が落ちてるのに気がついた。
同じく女の人もそれに気がついたのか、
「ああ、あれもだ」
「拾います拾います」
僕の方が近かったので、それを拾った。
ほろよい の缶だった。
ほろよい の白いやつの缶だった。
「ほろよいも飲むんですね」
ほろよいの缶をカゴに投げ捨てながら、
なんか打ち解けたような気がしたので聞いてみた。真っ黒いストロングゼロのドライのやつの中に浮かぶ、ほろよいの白いやつが珍しく思えた。
すると、
「あー、彼氏の。」
さらりと放たれたその言葉が、どこかの家の風鈴の音に吸い込まれていった。
「拾ってくれてありがとうございました。」
女の人がぺこりとお辞儀して、部屋に戻って言った。
気がつくとこの奇妙な時間は終了していた。
2階に登っていくその女の人の足音を聞きながら、
俺の方が飲めるけどなぁ…
と思った。
終