24日目 声
気管チューブを外せる日が待ち遠しい。もうそろそろ頃合いだと看護師さんも言っていた。しかし、先生は、声が出せる「スピーチカニューレ」に交換し様子を見て、問題がなければはずす、という方針を変えなかった。チューブの交換が辛いと思っていた私は、交換ではなく外してしまえたらいいなぁと、看護師さんやリハビリのスタッフや介護スタッフの皆さんに話をしていた。看護師さんの中には、先生に言ってみるよ!と気をつかってくれる方もいた。それでも、先生は段階を踏んでいきますと、スピーチカニューレ交換の準備を進めた。
私は覚悟を決めた。先生を信じよう。命を救ってくれた先生だ、委ねよう。大丈夫。前回の交換の時にむせて吐いた苦い記憶が蘇り、気が重いし、やっぱり外しちゃいましょうってことになることを願わないこともない。ならないかなぁ、いや、そう簡単にいくまい。
お昼前11時半。「昼食前に変えちゃおうと思って」女医さんが一人で登場。「抜くときだけ変な感じするけど、入れるのはヌルって。短いから大丈夫よ」それでも緊張はする。息を落ち着け、集中する。チューブを抜くとき、確かに少し痛みがあった。グハっと。でも、むせない。そしてスピーチカニューレをやさしくそっといれる。一瞬だけ、ヌルっと感じた。それだけ。
それだけ!
「もう入りましたよ」
え!むせてない!ストラップをつけて、声を恐る恐る出してみる。孔から真っ赤な痰が出てぎょっとする。
「やっぱり血痰でたか。抜くときに出るんだよね。すぐとまるから」
血痰がやたら飛び散るので、周りを汚さないように喉にマスクをつける。つけているガーゼも血が滲み、見た目はだいぶ恐ろしい。しかし予想以上に楽だったチューブ交換にホッとする。幸せな気分だ。スピーチカニューレには取り外しのできる蓋がついている。この蓋を閉じれば声が出せる。血痰が落ち着いたら、試してみることになった。
昼食時、言語聴覚療法士(ST)さんが様子を見に来てくれた。勧められて蓋をしてみる。声が出る。「あー」「あー」声の出し方を思い出す。
匂いがわかる。咳ができる。痰が出せる。
看護師さんがやってくるたびに「しゃべれるようになったんですね!よかったですね」と喜んでくれる。わざわざ見に来てくれる看護師さんもいる。ずっと言いたかった「ありがとうございます」を直接言える。整形外科の担当の先生は、「ますこさん」と恐る恐るカーテンを開けてこちらを覗いた。私は「こんにちは」と声を出して驚かせる。とたんに笑顔になる。目を細めて、よかった~と喜んでくれる。
まるで、ハイハイができるようになった赤ちゃん。(きっと赤ちゃんも、周りが喜んでくれることを嬉しく思っているんだろうなぁ。)
声は、自分の声とは少し違うような気がした。遠くから聞こえるような、かすれた小さな声。まだ話すことに慣れていないので、ゆっくり、こっそりしゃべる。
食事について。普通量の1/2を食べているが、これではエネルギー不足だそうだ。この状態でリハビリをしても、痩せてしまうだけ。怪我をしているから、何もしていなくてもエネルギーは怪我の回復に使われてしまう。たくさん食べないといけない。ちゃんとご飯が食べられるようになってきたので、おかずの量を普通量に増やし、カロリーメイトゼリーを朝つけてもらうことにした。食事内容の相談は言語聴覚療法士(ST)さんとしていたが、担当が明日から変わることになった。休みの日なのに心配して様子を見に来てくれた。親身になっていろんな話しをきいてくれたし、励ましてくれた。次の担当さんと一緒にたまに様子みにくるから、と朗らかに言ってくれる。さいごにありがとうと言えてよかった。
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