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「食事」は文化の壁を乗り越えるための武器
12回のシリーズとして始めた「インドの新しい食文化を発見できる旅 」の連載は、悲しいことに最終回になってしまった。長く付き合ってくれている読者の皆さんの心に、インドの食文化の魅力や楽しみ方などが残ったら嬉しい。
そして、アシルワードの店主である千葉さんとインド人シェフたちのおかげで、インドの文化や歴史、食文化などなかなか手に入らない素晴らしい知識を得られた。まるで、インドを旅したような感覚で執筆できたと思う。
金沢に行かれたらぜひアシルワードを訪ねてもらいたい。初めて入るはずなのに、アットホームな空間に囲まれるだろう。きっと自然と、「ただいま」と言いたくなる。インド人シェフたちが止まらずにずっとナンを焼いたりカレーを盛り付けたりしているのを見たあと、カラフルな内装やインドの神様の飾りにやっと気が付く。アシルワードのドアは僕にとって、単なる入り口ではなく、インドと日本の国境になったのだ。きっと、みなさんも同じような感覚になると思う。
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ランチはカレーセットとビリヤニがあって、メニューの種類が豊富なディナーでは見たことがない料理もたくさん。この連載に出したいろんなネタや知られていない現実はこのメニューに詰まっている。そして、注文と食べ方を迷ったら店主の千葉さんに気軽に聞いてみて。丁寧に教えてもらえて、あなたにとって心強い存在になるはずだ。
もう一つ、楽しいことがある。外国人のお客さんが多くて、同じ空間でインド料理を食べているだけで文化と言葉が違っていても不思議と繋がりを感じられる。様々なメニューが揃うディナーなら食材の好き嫌いがある人でも楽しめて、好きなカレーとご飯やナンという自分好みの組み合わせが自由にできる。インド料理はイタリア料理よりも食べやすいように思えるし、シンプルな食材から感動させられる美味しさが生まれる。
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アシルワードの料理は美味しいから好きになったという理由もある。だけど、インドの物語を五感で楽しめる場所になっている部分が何より好きだ。実際に本連載が生まれたのもその気持ちからだ。
当店「アシルワード」は、一皿の料理にインドの豊かな歴史や人々の暮らし、スパイスの物語を込めてご提供しています。マッシさんと一緒にこの連載を始めたきっかけは、料理を食べていただくだけでなく、その背景にある物語をもっと知ってほしいという思いからでした。
連載を続けていくなかで気がついたのは、マッシさんの好奇心や未知の世界への探究心。何事も正面から学び、それを吸収していくマッシさんとやりとりを重ねることで、私自身にとっても新しい発見や気づきが多くありました。そんなマッシさんの文章を通じて、読者の皆さんのインド料理に対する考え方に少しでも変化を加えられたのなら、それほど嬉しいことはありません。
このような言葉をいただいて、この連載を書くために細かく調べたり食べたりして良かったと改めて思う。そもそも日本に住んでいるイタリア人の僕が、インドの食文化について書けるチャンスなんて少ないなかで、ミシュランガイド北陸2021に掲載されたアシルワードに協力してもらえることが嬉しい話だった。取材と執筆は非常にやりやすくて、読者からも良い反応があったから、インドの神様もきっと喜んでいるだろうと思った。
アシルワードの常連になったことによる僕自身の変化の一つは、家でもスパイスや玉ねぎからカレーを作り始めたこと。自宅でこんなにテンションが上がるのは人生初だった。だからインド料理は世界中に広がったのだと、やっとわかった。スパイスの量を調整して好きな味を作って、好みの食材を使う。その組み合わせをとても自由に楽しめるから、僕の家の台所ではインドがどこの国とでも仲良くなるような気持ちになる。
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僕自身がそんなふうに感じていたことについて、千葉さんからも似たようなことを聞けて「やっぱりそうなんだ!」と思った。
日頃の営業で、お客様からこんな言葉をいただいくことが多くあります。 「アシルワードで食事をしているうちに、自分もスパイスに興味を持ち始めました。自宅でも少しずつ取り入れて、生活が楽しくなりました」。インド料理は、決して特別なものではありません。むしろ、日々の暮らしこそを豊かにしてくれる存在です。家庭の温かさと異国の未知の魅力が交わる場所--。皆さんにとってアシルワードがそんな場所であれば嬉しく思います。
この連載を金沢で形にできたのは、神様のおかげだったかもしれない。だとしたら、神様との出会いはアシルワードのおかげだ。そう言えば、「アシルワード」とはヒンディー語で「恵み」を意味する言葉だそうだ。
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この連載はいったん今回で区切りを迎えますが、私たちの毎日はこれからも変わらず続いていきます。マッシさんの生活の拠点である金沢で、「アシルワード」の扉は皆様との出会いをいつでもお待ちしています。読者の皆さん、そしてマッシさん、この連載の期間本当にどうもありがとうございました。マッシさんの連載を通じて当店に興味を持ってくださった皆さんを、これから金沢で温かくお迎えできることを楽しみにしています。
長く続けたこの連載が今回で最後になると思うと悲しい部分もあるけど、取材や執筆で得た知識は大きな学びになり、出会った味は人生の宝物になった。僕にとっても読者の皆さんにとっても、今やインド料理はただカレーとナンを食べて空腹を満たすものではなくなった。神様の大きな存在を感じながら豊かな味わいを楽しむことができる、人生のエネルギーの源だ。
皆さん、12回の連載を読んでいただき、本当にありがとうございました。
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さて、僕は次のステップとして、現地のインド料理も研究してみたくなってきた。アシルワードでインド人のシェフと交流したり話したり、それぞれの地域の味にも触れたりしてきたから、そろそろ現地へ飛ばなくちゃ。そんな目標を実現できるように、今日からインドの神様にこっそりとお願いしてみよう。
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