イタリア人が日本料理以外に目を向けた結果、インド料理に魅せられた話
イタリア人は、食事に対して非常に強いこだわりを持っていて、味や質、調理法に対して厳しい基準がある。そんなイタリア人が慣れない日本を旅行すれば、必ず一度は日本料理に疲れてしまう。イタリア人の頭の中には、「食べたことがない=苦手」の方程式が存在する。だから、多くの苦手な食べ物の中から食事を選ぶのは大変で、日本語が分からないだけでなく、英語も苦手な人となれば、勘違いして全く食べられないものを注文してしまうこともある。
実際、僕もそんな経験をしたことがあるのだ。
最初は苦手な食べ物でもチャレンジしようと思うけど、だんだんとイタリアの味が恋しくなって、食事への迷いが膨らんでいく。
イタリア人は、自国内では食事に対して文句が少なく、満足できるレストランの数も多い。しかし、海外に行くと「イタリア人シェフがいない」「現地の食材が使われていて口に合わない」「これは、現地の人々の味覚に合わせた料理で・・・」などの文句が出始める。ところが、実際にイタリアで、日本で作られたパスタやピッツァを出したとしても、「うまい!うまい!」と大喜びで食べるだろう。
ここがイタリア人の面白い部分だ。
この話は日本だけでなく、さまざまな国で何度も見聞きしてきた。この記事を書きながらそれぞれの出来事を思い出すと、それだけ精神的に疲れてしまう。
と、ここまで読んでくれた方には、今回の記事はネガティブな内容に思われるかもしれないが、そうではない。実は多くのイタリア人にとって驚きの食の天国が存在するという話をしていきたい。興味深いことに、日本の、それも日本らしさを深く感じられることで人気の金沢で、インド料理をイタリア料理のように楽しんで完食するという物語が始まるのだ。
金沢市のせせらぎ通りにあるインド料理店「アシルワード」は、イタリア人のお客さんが多い。そう聞いて想像する以上にかなり多く、その中にはもちろん僕もいる。
ランチでもディナーでも、いつでも外国人が多い店内でイタリア人が半分を占めているように見えた日さえ何度かあった。イタリアでは昔から日本の知名度が高く、多くの人が訪れたいと考えている。その中で金沢は特に人気の場所となっていて、ほとんどのツアーには金沢が含まれている。そして最近では、金沢観光の合間にインド料理を楽しむイタリア人が増えているのだ。
イタリアといえば「美食の国」というイメージがあり、さまざまな料理と味が楽しめる。ミラノなどの大都市にはインド料理店がいくつかあるけど、地方に行くとインド料理店がない街も珍しくはない。インドとの歴史的な関わりが薄くて、インド料理が身近ではなく、自国で一度もインド料理を食べたことがないという人もいるようだ。そういった人々にとっては、アシルワードでの食事が人生初のインド料理となる。
アシルワードでは、「カレーってスープみたいなものなの?」という質問がよく店主に飛んでくるらしい。そんな話を聞いて、僕もびっくりした。ピッツァのように、ナイフとフォークを使ってナンを口に入れるお客さんもわりと多く、
「手でちぎって食べても大丈夫ですよ」と伝えても、「でも、慣れていないから、そっちのほうが食べにくくて」という返事が返ってくるそうだ。
確かに、インド料理を初めて食べるイタリア人にとっては、イタリア式の食べ方のほうがしっくりくるだろう。
逆に同じヨーロッパであるイギリスでは、老若男女、誰でもインド料理を食べ慣れている。多い人は、週に2、3度とインド料理店で外食するそう。そんな彼らには、自分の好きなメニューが各々あって、アシルワードでもそれをメニューブックで見つけると、嬉しそうな表情で「あれもあるし、これもある。今日はここで何を食べようか?」と真剣に悩み始める人が多いようだ。
一方で、イタリアのお客さんの悩みは種類が全く違う。
人によっては、食べたことのある料理が一つもなく、名前を知っている料理もない。店主の千葉さんは、イタリア人のお客さんと何度となくこんなやりとりになったことがあるという。
「カレーって、スープのようにボウルに入っていて、パン=ナンと一緒に食べる料理なんだよね。今の説明を聞いたおかげでそれは分かったんだけど、そのカレーがメインコースになるっていうことなの?」「あ、タンドリーチキンって、聞いたことがある! カレーのあとに、チキンを食べれば良いのかな?」 なんと、インド料理をイタリア料理のように食べようとしているイタリア人がいる。
それでも、イタリア人がインド料理に対して安心感を覚えているのは間違いないだろう。料理の形が変わっていても、使われている食材がわりと近いからだ。
注文を決められないでいるお客さんには、もちろん手助けをするアシルワードの千葉さん。すると、「ありがとう。もう、よく分からないから、オススメの料理をトライしてみるよ」と言われることが多い。
そんな時は、「バターチキンでどう?一番人気のあるメニューだし、実際にすごく美味しいと思うから、まずはこれがオススメかな」「他に、もし野菜だったら、ミックスベジタブルカレーはどう?」「それとタンドリーチキンとか、食べやすいチキンティッカとか」 など、さまざまなオススメを紹介するそうだ。
なるほど。
確かに、ミックスベジタブルカレーはイタリア人のお客さんへのオススメ料理にぴったりだ。なぜかというとミネストローネとかカポナータとか、イタリアにはいろんな野菜を使って作るスープがあるから、想像しやすい。
逆に、もしかしたらチキンカレーは意外と想像しにくいかもしれない。イタリアでは、チキンはスープに使うよりも焼いて食べる方が一般的。チキンを使ったスープはそこまでメジャーな料理ではないから想像しにくいだろう。
イタリア人にとって、食事の時間はどこの国の料理でも大事なものだ。
アシルワードでは、ディナーの営業では注文が入ってから料理を作るシステムになっているから、料理が出てくるまでに時間がかかることもある。店主の千葉さんや奥さんのセーヌさんは、それを心配して、「時間を取ってしまいますが、大丈夫ですか?急いでないですか?」と事前に質問をすることが多いそう。そんな時、イタリア人のお客さんからは「大丈夫。出来上がりを楽しみにしながら待ってるから、心配しないで」と、笑顔で明るく言われることが多いらしい。
やっぱり、食事の時間とその楽しさは大切な空間となる。料理が出るまで時間がかかったとしても、注文した瞬間から食事の楽しみが始まる。
インド料理はイタリア料理のようにシンプルな素材から作られているおかげで、パンと野菜のスープを食べているような気分にも浸れるし、僕が初めてサモサを食べた時には、イタリアでよく食べられている「詰め物のパスタ」のような感覚になって、南イタリアのパンツェロッティを思い出した。初めて食べる人でも不安を感じない。食感や濃厚さも既に馴染みがあり、一口目から楽しく味わえるのだ。
それにしても、イタリアではあまり見かけないインド料理が、金沢ではこんなにもイタリア人から人気なのはどう考えても面白い。金沢にいながら寿司や刺身を食べず、初めてのインド料理に挑戦するイタリア人の姿を想像すると、とても微笑ましい。
武家屋敷のそばを散策するたくさんの外国人観光客の姿を見ながら、今日も僕はもう何回行ったか分からないアシルワードで、楽しく食事を味わっている。
Massi
みなさんからいただいたサポートを、次の出版に向けてより役に立つエッセイを書くために活かしたいと思います。読んでいただくだけで大きな力になるので、いつも感謝しています。