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新しいインドへ旅に出る vol.2 〜ビハール州〜
インドへの旅の準備が終わり、今回の記事ではインドの食文化、そして、あまり知られていないインドの地域について冒険しながら日記を書きたいと思う。
インドについて調べれば調べるほど、名物料理や食材のことなどが次々に気になり始めた僕にとって、でも何よりも目に入るのは地理のことだ。海が近いか遠いか、農村か都会か。たった数十kmも移動をすれば別の国にいるような景色が現れてくる。どこの国でも地理から勉強をすれば、その料理を食べる時により美味しく感じる。今までの僕は、インド料理と言えばカレーとナンのイメージしかなかったけど、実はカレーにもたくさんのバリエーションがあり、ナン以外にも様々なパンがあって食べ方も変わる。
インドのことを調べながら、イタリアのことも浮かんでくる。
僕の故郷であるピエモンテはトマトやワインの煮込み料理が多くて、海がないから新鮮な魚がない。丘と山がほとんどで冬の寒さが厳しい地域だから、野菜やお肉を長く食べ続けられるように、捨てないように工夫する。例えば、イタリア全般の料理にある「Fritto misto(フリット・ミスト)」は魚介のミックスフライだけど、ピエモンテではそれは日持ちのしない部位の肉や食事の残り物を有効利用した料理を指し、わかりやすく言うと「肺、睾丸、脳みそ、カエルのもも、豚足」などの揚げ料理。長い冬を乗り越えるために、あるものを使って食べられるようなアレンジになったわけだ。
それに近い話は、きっとどこの国にもあるはずだ。この連載のテーマはインドだけど、一番の目的地にしている場所は首都のニューデリーでもなければ、ムンバイやコルカタなどの海沿いの大都市でもない。僕の目的地は、海も山もなくて特産物も少ないインド北東部の「ビハール州」なのだ。インドで3番目に人口規模の大きな州でありながら(※2011年の国勢調査では、ビハール州は総人口1億409万9,452人)、現地の人によるとどうやら都会のイメージは薄いようだ。
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さらに調べてみると、インド全土の中でビハール州は野菜の生産量が第4位になっている。果物は第8位だ。人口の80%が農業者で、この数字もインドの平均を超えている。主な農産物はライチ、グアバ、マンゴー、パイナップル、ナス、オクラ、カリフラワー、キャベツ、米、小麦、サトウキビ、ヒマワリ。
食べ巡りが大好きな僕は、たくさんのお店でインド料理を食べながらインド北部の東端やインド南部の人とはよく出会ってきたけど、金沢市のせせらぎ通りにある「アシルワード」のインド人の3人のシェフは、北東部ビハール州の出身。ネパールとの国境に位置しているけど、山岳国のネパールとは違って山がなく、広い平野が広がっている。
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そこは貧しい農家さんが多く、経済的には弱い地域のようだ。とはいえ、この環境に育てられた人々には誰にも負けない特別な能力がある。目の前にあるものを上手に調理する能力で、ありふれた食材が毎日でも飽きずに食べられる美味しい料理に変化する。急速に経済成長しているインドにあって、まだ貧しい人たちが多くいるビハール州では料理人が10代の半ば過ぎから厨房で働くことも珍しくなく、ここで生まれ育った多くの人が仕事に勤勉さを持ち合わせているという評判もあるようだ。
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アシルワードで働いているビハール州出身のシェフ3人を見れば、僕はいつもその真面目さを感じる。日本人のオーナーによると、10代で学んだことを今でもずっと活かしていて、3人中の2人はなんと10代の頃にはビハール州の同じ食堂で働き、2人で厨房を切り盛りしていたというのだ。日本にやって来てからも同じ店で働き、少しの間は別々になっていたものの、金沢に移住してまた同じ職場で楽しく働いているという奇跡のような話だ。
彼らの絆の強さを物語るエピソードがある。
インド料理店の厨房では、カレーを調理する人、ナンなどを焼くタンドール窯の担当の人とそれぞれ役割が分かれている。コンビネーション良く作らないと、先にできた料理が冷めてしまう。それぞれの作るスピード、タイミングに合わせるように、相手と自分の手順や作業状況を意識して確認しながら料理することが必要だが、それがなかなか難しい。ところが、このアシルワードのシェフたちはそれを上手にやってのける。いつもしっかりと同じタイミングに料理が出来上がるという話を聞いて、仕事に真面目なだけではなく、シェフたちの生い立ちから生まれた絆がないと無理なことだと感じ、僕はとても感銘を受けたのだ。
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3人揃ってインド北東部ビハール州の出身で、同郷の彼らの強い絆によって
同店の料理が一段と美味しいものになっている。
今や日本には地方の街にもインド料理店がたくさんあるが、「このお店はどの地方の料理がメインで、シェフはどこの出身か」などを知り、その土地の文化について少しだけでも知識を蓄えてお店に行くことを僕はオススメしたい。そんな知識があれば、食事の時間はきっとさらに特別なものになると思う。
イタリア料理なら「トスカーナ料理」「ローマ料理」などのお店に行けば、その地域独特の調理法によってユニークな美味しさの料理に出会えるように、インド料理店でもシェフのバックグラウンドによって料理の特徴は変わる。そして、だからこそ僕たちは世界の食べ巡りをしているような気分も味わえる。
最近まで存在すら知らなかったビハール州は、金沢で仲間ができたことで身近なものになり、僕の世界が広くなった。興味が湧き、知識を得ることで舌だけではなく心でも料理を楽しめるようになる。そして、そんなふうにビハール州について調べたり話を聞いたりしている間に、自分が幼い頃から食べていた味と今の自分の周りにある料理はどちらも人生の宝物なのだと感じるようになった。
連載の第二回にしてインドへの旅が最初の想像以上に深くなっていくなかで発見したことがある。この地球に生きている僕たちは、大地と空の間に挟まれているおかげで生きていられるということだ。地球の恵みをいただくという行為は、シンプルだけど奥深いことなのだ。
Massi
追伸(2023年12月頭)
ビハール州の風景の写真は、帰省中のプロモジ・シェフからアシルワードのオーナーを通じて送られてきたもの。
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