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記憶と郷愁の作家カズオ・イシグロ:おすすめ作品5冊を紹介
はじめに
こんにちは!
今回はイギリスの作家カズオ・イシグロ(Kazuo Ishiguro)について取りあげます。
カズオ・イシグロさんは現代イギリス文学を代表する作家の一人です。2017年にノーベル文学賞を受賞したことが大きな話題になったので、ご存じの方も多いと思います。元々国際的に高く評価された作家であることに加え、日本にゆかりのある作家ということもあって、当時メディアでも頻繫に取り上げられました。
ここではイシグロさんについての簡単なプロフィールと彼のおすすめ作品を5冊紹介します。
私事で恐縮ですが、カズオ・イシグロさんは村上春樹さんと双璧をなす、自分にとっての重要作家です。自分のNoteでも定期的に取りあげていきたいと思うので、よろしければお付き合いお願いします💦
カズオ・イシグロについて
イシグロさんは1954年11月8日に長崎県長崎市の新中川町に「石黒一雄」として生まれました。
5歳の時に海洋学者だった父・鎮雄さんの仕事の都合で家族でイングランドに移住。イングランド南東部サリー州の街ギルフォードで幼少期を過ごします。当初は短期間の予定だったイングランド滞在が延びて、結局、永住する事になりました。ケント州カンタベリーにあるケント大学で文学と哲学を学び、1978年に卒業。それから1年間はホームレス支援の仕事をします。
1979年にはイーストアングリア大学の大学院の創作科に進学。作家のアンジェラ・カーターやマルカム・ブラッドベリの下で小説作法を学びました。本人は元々作家になるつもりはなく、ちょっとした休暇のつもりで創作科を志願したのですが、ここでの学びにより作家としての天分に目覚めます。
在学中に書いたいくつかの短編が『Introduction 7:Stories by New Writers』という本に取り上げられ、そして1982年に処女長編『遠い山なみの光』を発表。本格的に作家としてのキャリアをスタートします。
1989年に『日の名残り』でブッカー賞を受賞。また2017年にノーベル文学賞を受賞しています。2021年には、現時点での最新作『クララとお日さま』を発表し、こちらも高い評価を得ています。
また、小説以外にもドラマや映画の脚本、ジャズシンガーであるステイシー・ケントのいくつかの楽曲の作詞をこなしています。
1.『遠い山なみの光』(1982年)
長編第一作。作者の生まれ故郷である長崎を舞台にした作品です。
初めて書いた長編小説にもかかわらず、完成度の高い作品に仕上がっています。
時系列が入り組んでいて、現在、イングランドに住む語り手の悦子が、長崎に住んでいたころの出来事を回想するという内容になっています。
戦争の傷跡が残る長崎で、悦子は、ミステリアスな女性・佐知子とその娘・万里子の母娘に出会います。佐知子は恋人であるフランクを頼り、アメリカに渡ることを夢見ています。一方、万里子は、フランクに対して強い嫌悪感を覚え、アメリカ行きに強い反発を示します。
そして悦子は、真理子に対し、自身の自殺した長女・景子の姿を重ねるのでした。
本作では「信頼できない語り手」(=語り手が誤った情報を提示して読者のミスリードを誘うテクニック)が使われています。語り手・悦子の中で、自分自身に体験と佐知子・万里子親子の記憶が渾然一体と混じり合い、どこまでが実際に起こった話で、どこまでが想像なのかがわからない、語りの不安定感や曖昧さが大きな魅力となっています。
2.『日の名残り』(1989年)
代表作その1。老執事のスティーブンスがイングランドを旅し、かつての同僚であり、思い人だった女性に会いに行く物語です。
本作はイギリスで最も権威ある文学賞であるブッカー賞を受賞し、作者を一躍有名作家にしました。
1993年には、ジェイムズ・アイヴォリー監督による実写映画が公開され、こちらも高い評価を受けています。
舞台は1956年、夏のイングランド。老執事のスティーブンスは、かつての同僚であるミス・ケントン(現在は結婚してミセス・ベン)を訪れるために、短い旅にでます。それは自らの執事人生を振り返る記憶の旅でもありました。
偉大な英国紳士への給仕、屋敷で開かれた国際会議、執事の理想像を体現する父親の死、そしてミス・ケントンへの淡い恋心…。イングランドの田舎の風景と共に。過去への甘い郷愁やセンチメンタルな心情が描かれていきます。
そして旅の末、スティーブンスはついにミス・ケントンに再開を果たします。
美しい風景描写と繊細な心理描写が際立つイシグロさんの代表作です。
本作の中心的なテーマは「過去への郷愁」です。「古き良き日々を取り戻したい」、その願いを実現したいと願うスティーブンスの姿に共感を覚える方は多いのではないでしょうか。またクライマックスの美しさは格別です。
本作はロマンスの要素も強く、老齢の人物を主人公とした青春小説として楽しむこともできます。
3.『わたしたちが孤児だったころ』(2000年)
純文学×探偵小説の異色作。
イシグロさんには珍しく、探偵を主人公にしたミステリー要素の強い作品となっています。
上海に住むクリストファー・バンクスの両親は、ある事件に巻き込まれ行方不明となってしまいます。その後、イングランドに住む親戚のもとで育ったバンクスは、両親の行方を探すために探偵になります。ついに事件の手がかりを掴んだバンクスは、日中戦争の渦中の中、上海に舞い戻ります。そして事件の裏には、思いもよらぬ真実が隠されていることを知るのでした…
静謐なトーン目立つイシグロさんの作品の中では珍しく、起伏に富んだプロットが特徴で、そのため、文庫本で537ページと比較的長めの物語になっています。他作品同様の骨太ヒューマンドラマに加え、波乱万丈な冒険譚を楽しむ事ができるのが大きな魅力です。
また、本作の後半で登場する戦時下の上海は一種の異界のように描かれていて、実験的・超自然的な描写がみられます。シュルレアリスムやマジックリアリズムが好きな方はより楽しめるのではないでしょうか。
4.『わたしを離さないで』(2005年)
本作はクローン人間が主人公のSF・ディストピア小説となっています。『日の名残り』と双璧をなす著者の代表作として広く知られた作品で、実写映画が公開された他、舞台化やドラマ化等の翻案も盛んです。
そして海外文学にもかかわらず、朝日新聞「平成の30冊」で2位に選ばれるという快挙を成し遂げています!
主人公のキャシーは優秀な「介護人」。退職を目前とした彼女は、自分の来し方に思いを巡らせます。生まれ育った施設ヘールシャムでうけた授業や奇妙な催し物の数々、親友ルースやトミーの思い出、「介護人」になってからの二人との再開。そしてキャシーの回想はヘールシャムに隠された真実に次第に迫っていきます…
あらすじだけ描くと、グロテスクな小説に思えてしまうかもしれませんが、直接的な描写はほとんどなりません。むしろ作者の主眼は、クローン人間として彼らが抱く葛藤や、過酷な運命を受け入れ懸命に生きる彼らの姿を描くことにあります。
架空の存在に焦点をあてながらも、普遍的なテーマを見事に描ききった傑作です
5.『夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』(2009年)
著者初の短編小説集がこちらの『夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』です。
「老歌手」「降っても晴れても」、「モールバンヒルズ」、「夜想曲」「チェリスト」の五編で構成されています。タイトルが示す通り、音楽と人生の夕暮れが本書の通奏低音をなしています。
収録作品の多くは、夫婦間のトラブルや失われつつある愛、ノスタルジアをテーマにしています。夫婦の危機に直面し苦悩する人物達の姿をユーモアやアイロニーを交えて描いているのが印象的です。そしていずれの作品も、ほろ苦い哀愁に満ちており、読後も長く読者の心に残り続けます。
おわりに
いかがだったでしょうか。
イシグロさんの作品は、数こそ多くはないものの、発表作はいずれも高い完成度を誇っています。今回紹介しきれなかった『浮世の画家』(1986年)『充たされざる者』(1995年)『忘れられた巨人』(2015年)や『クララとお日さま』(2021年)も傑出した作品です。こちらもいずれ記事にするかもしれないので、もしよろしければお付き合いください。
ここまで読んでいただきありがとうございました!