嫌だけど、本当のこと。
2ちゃんねるを手掛けたひろゆき氏、正直あんまりいい印象がなかったんだけれど、彼の言うことはどれもこれも本質を痛いぐらいにグリグリしてくる
世の中「努力が100%だ」という信仰で溢れかえっている。自分が成功できたことを、100%、自分の実力と思ってしまう人は、それを相手にも押し付ける。それがパワハラや過労死の原因となる。
彼いわくその成功は、実は1つの決定的な要因はなく、遺伝や環境など、さまざまなことが絡み合っているのだという。
確かに、子供は幼いころから、自分の身の回りにあるものに興味をもつのは当然だ。親が成功者であれば、成功哲学を無意識に刷り込まれる。スタート時点で歴然とした差があり、一流大学を卒業するのは、皆が洋服を着ているのと同じくらい、当たりまえの感覚だろう。
多くの人は自分の適性や能力を考えず、成功しないのは努力が足りないからだと、ムダな努力をし自分を追い詰め、心を病む。
私の友人も一族すべて医者の家の長男に生まれ、幼いころから熾烈な受験戦争を強いられ、心を病んでしまった。
誰もが同じ努力をしたところで、全員同じくオリンピックで金メダルは取れない。それが現実だ。でも、努力が報われないということがあるということは、懸命に努力した人にとっては、絶対に認めたくない事実だ。
彼は自分が成功したといわれているのは「たまたま」だという。自分を高く見せようと、謙虚ぶっているわけではなく、本当にそう考えている。
でも、多くの人は成功するとそんな俯瞰的に自分を見れない。俺ってすごいと成功に酔いしれる人がほとんどだ。
そういう経営者は一度大きな成功をすると、そのやり方に固執し時代の変化におくれ、会社を傾ける。
うまくいっても、いかなくても現実から目をそらさずに冷静に自分を見つめること。例え才能がなくても失敗しても、心を病んでも、すべては後からふりかえれば、ネタにできる。
いつも思うけど、不幸や失敗を笑い飛ばしネタにできる人は最強だと思う。
悪いことを転換できれば、人生いいことだらけだもんね。
ひろゆき氏のように自分を知り、できる努力をして、いい意味であきらめがよい方が恋愛でも、仕事でも何でも、うまくいく。
苦痛だけの我慢比べのような努力はやめて、楽々できる努力をしよう。それは、自分の中ではもう、努力ではなくて、楽しみというものなのだろうけど。そんなことを感じた本でした。