一通の手紙
今日は記念日だ。と言っても結婚記念日ではない。加奈子と3年前の今日付き合い始めたというだけだ。比較的いい値段のホテルのディナーを用意してささやかながら加奈子を喜ばせようと思っていた。
加奈子は小綺麗なブルーのワンピースに身を包み、美味しいといいながらワインを飲んでいる。僕はマティーニをちょびちょび嗜む。軽やかな会話を交わしているうちにふと思い立ちカバンから一通の書類を取り出した。
「これ、前から頼まれてたやつ」
加奈子はそれを受け取り内容を確認したあと涙を流した。
「やっと決意してくれたのね。この日を待ってたの。やっぱりあなたについてきて良かった…」
加奈子が喜んでくれるのはとても嬉しかった。しかしそれを加奈子に渡したところで、僕には家庭がある。一体僕は何をやっているんだろう。ただ加奈子とは本当に結婚したいと思っている。妻に離婚の話を全く切り出せていないというのに。
家に帰ると妻も娘たちももう寝室で寝息を立てていた。疲れた…って何に疲れているんだろう。自分が自我を通していけばいくほど疲れるだけに決まっている。疲れる?いや、疲れるんじゃなくて自分を追い込んでしまうだけだ。
でも加奈子とは結婚したい。それは嘘ではない。じゃあこの家庭はどうなるんだ?そこを何も考えてないから、いや逃げているから何もかも上手くいかないだけだ。分かっているのに切り出せない。娘たちにどんな顔をしたらいいか、それだけの責任も取らねばならない。
次の日起きるともう昼前だった。娘たちと妻はリビングでテレビに見入っている。女同士キャッキャと楽しそうにしているのを見るとこれはますます言い出せないとため息が出た。
その時インターホンが鳴った。妻がはーいと言って玄関へバタバタと走って行く。娘たちは相変わらずテレビに夢中だ。
それが悪夢の始まりだった。来訪者は加奈子だったのだ。何が起こっているのか判断がつかずどう対処したらいいかも咄嗟には思いつかなかった。妻から来客よ、と告げられ玄関まで移動した。
「あなたに昨日これを渡すのを忘れてたの。はい、コレ」
加奈子は一通の封書を僕に差し出した。
「何これ?」
と僕が言うと、妻が知ってる人なのねと訝しげにジロっと睨みつけてきた。娘たちも何かが起きていることを察知して玄関の方を覗いている。
「あ、奥様。はじめまして。昨日ご主人から結婚届をいただいたの。だから奥様とあなたにはコレが私からのプレゼントよ。」
封を開けるとそこには
「離婚届」
と書かれた用紙がキレイに折りたたまれて鎮座していた。
これはなんはな用に書き下ろしたものに若干手を加えました。オチが甘いのですがこれ以上思いつきませんでした。不出来ですがひとまず投稿します。