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浦シマかぐや花咲か 第1話

一瞬の光


眩い一瞬の光にシマは立ちくらんだ。ドンという鈍い音で、その物体は、夏の陽を浴び青々と稲穂が伸びる田の中に突き刺さっていた。

銀色の鋼のような物体。シマはとっさに爆撃機からの爆弾だと思ったが、上空には爆撃機らしい機影はなかった。

そもそも爆撃機が来襲したら、サイレン音がけたたましく鳴るはずである。何か突然得体のしれない物体が空から落下したとしか思えなかった。

彼女・浦(うら)シマ(26歳)は大日本帝国海軍の女性通信兵。淡い紫色の船形帽(ギャリソンキャップ)がよく似合うすらりとした長身の女性である。日本の軍隊では女性兵自体かなり珍しい。

敵アメリカ軍の通信を傍受・解読、研究する極秘の任務に就いていた。上官に報告すべきか迷ったが自身の好奇心から、背負ったリュックの中の長靴を取り出しスカートをたくし上げ朝陽に輝く水面の田の中に入った。

泥だらけのその物体は、ところどころひび割れ傷ついていた。医療用手袋をし思いっ切り引っ張ってみると大きさの割にかなり軽いように感じた。

重さはほぼ10キロぐらい……地球で創られたものだろうか……シマは一瞬想った。泥の中から全体を出してみると、長辺で1メートルぐらいの甲羅のような形をしていた。

先輩(浦 上等技術兵)


「浦上等兵、何してるんですか~~!」
「ちょっとね」

シャーッと水飛沫を上げシマは基地の外の蛇口で煙草を吹かしながら、亀の子タワシで甲羅のような物体を洗っていた。ミーン、ミーン蝉がここぞとばかり鳴いている。

「変わった形をしてますね。これ日本海軍の新しい秘密兵器? それとも新型の通信機器ですか?」
「まあ、そんなものか……」
「それより留守の間、緊急通達が入りました。軍令部より昨日付で黒田(くろだ)上等技術兵長と丸(まる)一等兵が鹿屋(かのや)航空基地に召集されました。ここの責任者はこれから浦上等技術兵ということです……先輩、おめでとうございます……といっていいものか……」

菊池涼子(きくちりょうこ)一等技術兵はまだおさげ髪が可愛く似合う十代の女性通信兵である。

狐の巣


「久しぶりの狐(きつね)の巣のいごこちはどうですか?」
「まあな……」

シマは軍服の上から白衣をはおった。ここは当初大日本帝国海軍の通信基地でもあったが、戦況悪化に伴い小さいながらも軍事兵器の研究開発も行っている。基地の中は、薄暗い蛍光灯の中、通信機器が点滅する。

周囲を石垣やコンクリートで囲まれ、小さな窓から蝉が鳴く木々が見える。周囲を草木に覆われ、上空からだとここが軍事基地だとは分からない仕組みになっている。この通信基地は三国同盟ドイツ軍指令所の『狼の巣(砦)』にあやかって、敵を欺く狐……日本海軍の名もない秘密基地は俗称『狐の巣』と呼ばれていた。

暫くして、シマはあたりを見回し。

「もう、ドイツも降伏したよ、三国同盟もお終いだ。それと、アツシはどこにいるんだ」
「へへっ……」

机の下から、いがぐり頭の顔を出す。まだ、あどけなさの残る少年兵・鈴木アツシ二等兵である。

「はい、これっ」

リモコンのスイッチボタンのようなものをシマに渡す。

「やっと、出来ましたよ、自爆装置。これを押したら、この『狐の巣』は木っ端微塵です」
「バカなものを作るな!」

ドスンとシマは持っていた甲羅を落とし、アツシの頬を思いきり叩いた。たまらず、きゃしゃな体のアツシは甲羅の上に腰を落とした。

ドスンとシマは持っていた甲羅を落とし、アツシの頬を思いきり叩いた。たまらず、きゃしゃな体のアツシは甲羅の上に腰を落とした

叩かれた頬をなぞりながら

「お、お言葉ですが、お国のためですよ、今多くの兵士が特攻で命を落としています。私たちも来るべき本土決戦に備え、アメリカ軍がやってきたら、戦って戦って、それでもダメならこの基地もろとも……」
「ずいぶんな覚悟だな、自爆するときは、わたし一人でいい……」
「上等兵と菊池一等兵は女だ、アメリカ兵に何されるか分からない」
「……」

普段、冷静沈着なシマが頬を叩くのを見て涼子は怯んでいた。

その時、ピピっと甲羅から頭のようなものが飛び出てきた。二つの目は丸くそして赤く光っている。また口のようなものもついている。

「ひ、ひ……、これはなんですか?」

小柄なアツシは甲羅から飛び上がった。

「ココは」
「ええっ! しゃべった!」

驚く涼子とアツシを尻目に。

「からくり人形か?」

シマは極めて冷静にその物体を見つめている。

「これは、日本軍の秘密兵器ですよね」
「いや、実を言うと近く田んぼの中で空から落ちてきたのを拾ってきたんだ……」
「ドコですか」

赤く目を点滅させながら、その物体は口から発声した。

「そんなもん、誰が教えるか!」

アツシは興奮して応えると同時に、空から落ちてきた? 時限爆弾か? 新型の偵察兵器?……と考えを巡らせた。汗が一気に顔から噴き出した。


海亀型ロボット


「私の名前はTENCHI【天地】あなた方の頭脳は、と……見込みがありそうだ……修理を手伝ってくれませんか」

自らをTENCHIと呼ぶその物体は頭を左右に動かし3人を見つめ、目を赤く点滅させる。人体を透視する機能があるのか?シマは想った。

「とりあえず、これからの作業工程と私の設計図です」ジーッという電子音をさせながら口からレシート状の紙を長々と出した。

「喋るうえに、印刷紙も出てくるのか!」アツシは驚きを隠せないでいたが、この亀型の物体が爆弾でもなく、敵ではないようだということを咄嗟に感じとっていた。シマはTENCHIの口から出された紙を手に取りしげしげと見ていた。

「ちょっと来い!」シマは二人に指図し。
ガチャツと、隣の別室に移動し、即座にTENCHIのいる部屋に鍵をかける。

「アツシ、涼子これを見てくれ」シマはTENCHIから出された紙を手渡す。

「まあ座れ」移動した部屋は机と椅子が置かれた会議室になっていた。

「先輩、なんなんですか、あれ……」驚いた表情で涼子は問う。

「これから、あの海亀型のからくり模型を、自身で呼んだように『TENCHI・天地』と呼ぼう。私の見解だが、日本語は分かるようだ。赤い目が点滅すると、かなり高度な透視能力を発揮する。理解能力も高い。あの爆薬が満載している部屋で、自爆もしていないところを見るとアメリカ軍の秘密兵器ではないように思う」

シマは煙草に火をつけ、興奮のあまり肺の奥まで思い切り吸い込んだ。

「それと、修理を手伝ってくれか……アツシ、その紙の感想は」

「……とんでもない設計図、作業工程図ですよ。ゼロ戦、戦艦と今までいろんな設計図を見ましたが、見たこともない、とにかく驚きです。この優れた科学力を軍事技術に転用する方法もあるかもしれませんね……もう少し様子を見てみますが」

3人は食い入るように机に置かれた設計図・作業工程図に見いる。かなり細かい字でプリントされていて、時々ルーペで睨み、図を拡大しながらメモを取った。口から出た紙の幅は10㎝ぐらいであろうか、長さは2メートル以上にも及んだ。


黒い鞄(アタッシュケース)


ボーン、ボーン、ボーン黒い柱時計が鳴る。

「もう、三時か。少し休憩しようか」シマは背伸びをした。

「あっ先輩、先輩、東京の極秘会議はどうでしたか……」涼子は訊く。

「物量、科学力、そして人材、人員全てにおいて現在の日本はアメリカに大幅に負けている。沖縄が占領され、東京、横浜、名古屋、大阪、神戸の大都市が空襲を受けている。このままだと、本土決戦も極めて近いと思う。これから想定される本土決戦用兵器の開発・実践が会議の主題だった。……試作品だが、もうここに来てもいいはずだが……」

三人は暫く沈黙した。ドンドンドン、けたたましくノックをする音。

「やっと、来たか、お前らはそこにいろ!」
シマは灰皿に煙草を押さえつけ基地の出口に駆け出した。基地の頑丈な鉄製のドアを開ける。

「お、おい!」シマは大声を上げた。頭から血を流した1人の兵士が立っていた。

「はあ、はあ、東京の軍令部から預かってきました……この基地の責任者さんですよね……」その兵士は息も絶え絶えである。

「そうだが、それよりその傷は……」兵士はかまわず黒いアタッシュケースをシマに渡す。

「来る途中、戦闘機で撃たれ、ここに来れたのはわたしだけです。すぐに……戻らなければ、撃たれた仲間が心配です……」

シマは現在、日本には制空権・制海権がほとんどない事を知っていた。民間人の格好で来るならともかく、軍服の集団で来たら危険性はかなり高まる。よほど急を要することだったのか。

「一刻を争っていたので……ゴホッ、ゴホッ」兵士は口から血だまりを噴き出した。

「大丈夫か!」よろめく兵士をシマは胸で受け止めた。

「この秘密の鞄のことは、アメリカ軍はまだ分かっていないと思います。戦闘機に撃たれたのは偶然かと……これで勝てますよね……」兵士は一瞬ニコッと笑った。それを言い終わると、その兵士はぐったりと倒れこんだ。

「おい!おい!しっかりしろ!」兵士を激しく揺さぶるが、返事がない。そしてしっかり抱き締めシマはきっぱりと言った。

「ああ、勝てるとも……」兵士はそのとき、かすかに微笑んでいるように思えた。



逆転への賭け(太平洋戦争)


名もない兵士の遺体は、すぐに憲兵隊指令部によって秘密裏に回収された。

「鈴木二等兵は菊池一等兵を補助につけ、TENCHIと会話しながら、至急修理してやってくれないか、 もう、ひとは3人しかいないが、いろんな工具だけはこの基地にたくさんある」

「大日本帝国のため、修理はいいと思います。この海亀模型…科学的には宝の山です。それより、なんで私がアツシの補助なんですか…男だから?」

「そんなことはない、工学の知識と技術はアツシの方が上だと思うがな」
冷静にシマは言う。

「でも…」

「絶対服従の階級社会、柔軟な発想の欠如、日本の軍隊の悪いところだ。負ける戦争かもしれないが…最期まで全力を尽くしてみないか」

「今日も徹夜ですね、菊池一等兵、一緒にやりましょう」

アツシは涼子に握手をせまるが、気まずさからか涼子は無視をする。

「分からない所があれば、私に言ってくれ、自分の用が済んだらわたしも手伝う」

鍵を開け、TENCHIのいる隣の部屋に行こうとするシマ。

「用…あ、あの、黒い鞄の件ですね、私も早く開けて中身を見たい。聞きましたよ、アメリカに勝てるかもしれない秘密兵器ですね!」

アツシはあどけない少年の瞳(め)を輝かせる。

「戦争に勝者はいない、あるのは敗者だけ…」

眼を赤く光らせながらゆっくりとTENCHIが呟いた。

「バカ、鞄の事は極秘事項だぞ」

シマは振り向き、アツシを叱責した。

「日本…太平洋戦争」

自身の頭脳に読み込むかのようにTENCHIが再び呟く。

「とにかく修理だ、TENCHI、お前分かるか」シマはTENCHIに訊く。

TENCHIは赤い目を点滅させながら、基地内中のありったけ持って来た工具類を見て云った。

「工具確認…かなり旧式ですが、設計図通りやってくれたら…もしかして…」

「こいつ、敵ではなさそうだな。使える…賭けてみるか…」

シマはTENCHIを見つめゆっくりと呟いた。

鈴木アツシ二等技術兵の夢


アツシと涼子がどうにかTENCHIの甲羅の部分を開けると、2人が今まで見たこともない装置が満載されていた。液晶パネル、極小の部品、キラキラと煌めく金、銀の金属。

「うぉーーっ、夢のようだ。ぼく、こんなの大好きなんですよ!」

アツシは宝物でも発見したかのようにそれらを見つめていた。

涼子は、また、別のことを考えていた。やはり、これを軍事利用すれば……それと、薄々感じていたが、アツシはかわいい弟のように感じると同時に、シマと同じく一種の天才だと思っていた。今までいろんな科学者、技術者と会ってきたがこの二人は違う。自分も学校始まって以来の秀才と言われていた。しかし、この二人は桁が違う、上には上がいるものだと。

「は、は、アツシは、かなり変わっているからな」

涼子は気を取り直したように笑った。

「さっきは握手を求めて、本当にごめんなさい……。菊池一等兵にだけは言いますが、ぼく、本当は、自動車を作りたいんですよ。今よりずっと頑丈で安全で燃料をあまり使わない車を……」

バツの悪そうな顔をして、いがぐり頭をかきながらアツシは云った。

「海軍なのに戦闘機か軍艦ではないの?」

優しく問う涼子にアツシは神妙な顔をして応える。

「人を殺す乗り物はもういいです。みんなを笑顔にさせる乗り物を創るのがぼくの夢です。ぼくの田舎はかなりの山奥です。日中戦争で早くに父を亡くしていて、足の不自由な母親を腕のいい病院に連れていきたいんです」

「アツシお前は、東北のずいぶん遠くから海軍の秘密機関に誘われて来たもんな」

「6人も兄弟いるし、貧しいからしかたないんです。少しでも親のために食い扶持を減らさないと」

「もらったお金、全部仕送りしてんだろ、この基地は極秘だから、アツシが今どこにいるのかも分からない。お母さんもさぞかし心配しているだろう……」

「機械が好きなのと、少し手先が器用なのが取り柄でして、へへへへ。あっ! いけない、あんまり時間がないぞ。集中、集中!」

赤い目をピコピコさせながらTENCHIは黙って聞いていた。

「この亀、よく見ると、目とか口とか、案外、かわいいな」涼子は云った。

同時刻、隣の部屋ではシマがスカートのポケットから鍵を取り出し、黒い鞄のダイヤルナンバーを合わせる。二重の厳重なセキュリティになっているのだ。

「うっ! これは」

鞄をあけると、鈍く呟いた。柱時計はいつの間にか深夜12時を回っていた。隣の部屋からシマが入ってきた。

「涼子、ちょっと、基地の外に来てくれないか」




菊池涼子一等技術兵の希望


「星がきれいだ、TENCHIは宇宙から来たのかな……」

シマは、船形を脱ぎ髪を束ねた輪ゴムを取る、夏の夜風にシマは黒く綺麗な長髪を流した。

「どうだ、あの亀型ロボット」夜空を見上げながらシマは呟く。

「かなり使えますよ、TENCHI自体、殺傷能力のある武器は何も内蔵されてませんでした。爆発物もないです。完成させてから、いろいろ聞きだして、また、分解しますか? いずれにしても我々よりはるかに優れた科学力のある所から来たことは確かです。また、アツシから聞いたのですが、TENCHIは自身で瞬間的に移動する機能があるみたいです」

「そうだな……人体解剖ならぬ、ロボット解剖だな……お国のためか」シマは白衣から取り出した煙草を吹かす。

「私にもください」

「涼子はいくつになった」

「日付が変わって、今日が誕生日で20歳です」

「それだと煙草もいいか。とんだ誕生日だな、私も今日が誕生日なんだ……」

「先輩もですか偶然ですね。おめでとうございます」涼子は無邪気に微笑む。

「いつの間にか27歳……あまりめでたくないさ」シマは涼子にマッチで煙草に火をつけてやる。

「先輩、絶対、絶対、絶対、勝ちましょう!」

「お前も狂ってるな……戦争は、何もかも狂わす……」涼子をじっと見つめながらシマは呟いた。


シマは額の日の丸の鉢巻をはずしアツシに毛布をそっとかけてやる。まだあどけないアツシの寝顔を見ながら。こんな、いたいけな少年を戦争にかりだして……シマはTENCHIを修理する部屋に戻り椅子に座った。

煙草を吹かしながら、ハンダ小手とペンチを手に机の上のTENCHIを修理する。涼子は隣でアシストしていた。

「鈴木さん、菊池さんもそうですが、シマさんもすごくいい腕してますね」
「ほめても、何もやらねえぞ」

シマはぶっきらぼうにTENCHIに応える。

「ところで、涼子は好きな人はいるのか」
「突然、何なんですか、そんな人、いませんよ」

急なシマの問いかけに涼子は頬を赤らめる。

「知ってるぞ、鹿児島の鹿屋に行ったあのかっこいい海軍の飛行機乗りだろ。あそこ、今、特攻の最前線基地になっているがな……無事だといいが、昨日この基地から招集された二人に手紙を渡したのか」
「はい、黒田兵長と丸さんに頼みました。先輩はなんでもお見通しなんですね……彼が、特攻に行く前に何とかしたいんです。でも、もう行っているかもしれない……」

涼子の白い頬に一筋の涙が伝う。

「きっと、まだ、大丈夫だ。希望は捨てるな……」
「この海亀ロボットと黒鞄の中身に賭けてみるか……TENCHIが瞬間に移動出来るんなら、その恋人とやらを特攻基地から連れてこれるかも……」
「ふ、ふ、そうですね……」

涼子は、ゆっくりと頷く。TENCHIは二人の会話を静かに訊いていた、そして。

「取り込み中すみませんが、煙草を吹かしながら作業するのはやめてもらえませんか。煙草の灰とか体の中に落ちるとまずいんで、わたし、こう見えてかなりデリケートな構造でして」
「海亀ロボットのくせに生意気な、私がそんなことをするか!」

シマは何を言い出すかと語気を強めた。

「私も、先輩が好きだけど、健康のため煙草は止めた方がいいですよ」
「もう、いいんだよ。何もかも捨てているし、こんな変わり者一生独身だ。理数に強いからといって女だてらに無理やり軍隊入れられて、この基地も初めは単なる通信基地だったが、今では情報から研究までする何でも屋だからな」

自虐的にシマは云った。



一億総特攻秘密兵器


「最後の1枚です」

TENCHIの口から出された紙を眺めながら

「ところで、TENCHIさんよ、お前の知っていることも教えてくれよ」

シマはくわえ煙草を吹かしぶっきらぼうに云った。

「太平洋戦争のことですか、私も守秘義務がありますからね。教えられる範囲でいいですか? 真珠湾攻撃、マレー沖海戦、インパール作戦、硫黄島の戦いどれがいいですか」

「なんで、そんなことを知っている…」シマは目を見開き、煙草の灰を机に落とす。

「あ、危ないってば!」TENCHIが叫んだ。

「ちょっと涼子は席を外してくれないか、隣の部屋で休憩していてくれ」

涼子が出て行くと、シマは続けた。

「何でも知っているようだが、ミッドウェイ海戦でいい」

「赤城、加賀、蒼龍、飛龍の4空母撃沈、大日本帝国海軍はこれにより大打撃を受けました」TENCHIは語った。

「撃沈された空母の名前も合ってる。ミッドウェイ海戦は日本帝国海軍でも秘中の秘…」

別室では、退屈そうに涼子が椅子に座っていた。

背伸びをしふいに振り向くと、部屋の隅に全身がすっぽり入る奇妙な形をしたボディスーツが置いてあった。その横には赤いガスボンベと飛行機パイロットがつけるようなゴーグル。

このボディスーツは戦闘服? 消防服? いや、特殊な作業を行うときに着る作業着だろうか。背中のジッパーを開けて全身を入れることができるようだ。漆色の口にくわえる簡易酸素吸入装置らしきものもある。

これらは何?…涼子は想った。

全部、黒い鞄の中に入っていたようだ。

「見てしまったようだな。菊池一等兵」

拳銃を涼子の頬につけ、シマは顔を寄せる。

「…な、なんなんですか」

シマは銃を降ろし、覚悟したかのように。

「もういいだろ…これが、日本軍、最後の秘密兵器『特別強化戦闘服甲号』だ。試作品だがな。東京の軍令部の研究室でこしらえたものでわたしも見るのは今回が初めてだ」

シマはさらに続ける。

「この特殊なガスを、そのボディスーツの隙間に入れ、ゴーグルを被り酸素吸入装置を咥えた兵士がその中に入る。ピストルや機関銃の弾はこのボディスーツがクッションのような役目を果たして跳ね返す。兵士も手には機関銃や手榴弾、そして爆弾を持って動ける」

「これ、兵士だけではなく、訓練したら民間人…女、子供も使えますよね…」

「さすが、涼子だな。そう、一億総特攻兵器としても使える。敵の機関銃の弾は短時間ではあるがほぼ100%防げる。女でも子供でも戦闘員だ。爆弾を持って相手陣営の懐に入ってドカーンというやつさ。これから量産化して…本土決戦に…」

「シマさんが作ったのですか?」

涼子が訊く。

「基本設計はな…」

「悪魔の兵器ですね」ポツリと涼子は呟く。

「初めは、空襲などの時の国民の防護用に創ったんだが…」

「この時代にしては大した科学力だ。それ、使えますよ」

2人が振り向くとTENCHIが4つのヒレを出して、隣の部屋に来ていた。

器用に匍匐(ほふく)前進のように動いている。

「何が使えるだ!」

シマはTENCHIを睨む。

「どうせ、私を修理した後、情報を聞き出して、また分解して軍事利用するんでしょ」

TENCHIはお見通しのようだ。

「先輩、やりましたね、修理は完了したんですか!」

涼子は小さく手を叩いた。

昭和20年8月6日


眩いばかりの朝日が登る。ミーン、ミーンと夏の蝉が鳴き始めた。


「今日も暑い一日になりそうだな」

「ところで、今度はわたしからの質問。今日は、何日ですか?」

「教えてやんないよーー」

TENCHIの問いかけに涼子はかわいくアッカンベーをした。

「何でもお見通しか、いいだろう……西暦がいいのか」

何かを悟ったようにシマは答えた。

「どちらでも」

「日付が変わって、今日は1945年8月6日だ」

「……1945年8月6日ですね」

TENCHIの赤い目が高速で点滅する。

「日本……。場所は……」

「もう、いいだろう。都市で言うと、ここは広島だ」

「……HIROSHIMA、広島、廣島」

「まずい……」

柱時計は7時ちょうどを差していた。

「悲しいお知らせです。もうすぐここの近くに、新型爆弾……つまり原子爆弾が投下されます……死者は約14万人」

「こいつ、何を言っているんだ」

「たぶん、当たってますよ」

「アツシ、いつ起きたんだ」

シマ、涼子が振り向くと、隣の部屋から毛布を小脇に抱えたアツシが立っていた。

「私は帰ります……」

「どこへ!」

TENCHIの発言に涼子は声を上げた。

「たぶん、未来にだろう」

落ち着いた口調でシマは続ける。

日本の未来、浦シマの未来


「あと何分だ」

広い部屋はシマとTENCHIだけになった。

「私のデータが確かなら後5分後に原子爆弾が広島に投下されます」

「涼子……遠くに行ったかな」

シマは白衣のまま足を組み椅子に座る。

「TENCHI、お前は時空を彷徨う海亀ロボットなんだろ、何が目的か分からんが……この時代の調査か?」

シマは人生最期になるであろう煙草に火をともした。応えないTENCHIに。

「もう、何もかもいいか……」

シマはぽつりと呟き、昨日からの疲労からか目がうつろになる。部屋の小窓からは必死に鳴いている一匹の蝉が見えた。大量破壊兵器はすべての生き物……地球をも焼き尽くす……

「先輩、あれ……」

誰かがシマの肩を叩く。シマが振り向くと、行ったはずの涼子が立っていた。アツシが背後から睡眠薬を練り込んだハンカチでシマの口を覆う。

「うぐっ……」

「先輩悪いですが、この基地には何でも揃っているんですよ」

涼子は寂しげな眼でニコリと微笑んだ。

「アツシ、早く、この中に入れて」

涼子の命令に、アツシは気絶したシマの体をボディスーツに入れ、ゴーグルを顔にかけ口に酸素ボンベをあてがう。そして背中のジッパーを閉めた。

「完了だ。TENCHI、後は頼むわよ」

「分かった……」

地面から浮いたTENCHIの甲羅の上に二人がかりでシマを乗せる。気を失っているシマは甲羅に静かに寝そべる。2人の頬に涙がゆっくり伝う。

「上等兵は、これからの日本に必要な方です」

「先輩、今度は、この日本の……みんなを幸せにそして笑顔にさせてください。平和な世界、絶対、絶対、頼みましたよ」

アツシ、涼子は最期になるであろう送別の言葉を送った。

「敬礼!」

二人は顔を上げ敬礼をした。


ビーーン

甲高い音を立て、TENCHIとシマは消えた。

その時、基地の小窓から、ピカッと眩い閃光が見えた。

涼子とアツシは手を握り合い、うなずきながら決意したかのように自爆スイッチを押した。

広島に巨大なきのこ雲が舞い上がる。

時は、1945年8月6日午前8時15分。

戦後26年 西暦1971年 昭和46年 日本・東京・国会議事堂。

赤いカーペットを歩く白髪のシマ、白いスーツに身を包んでいる。

群がる沢山の記者たち。

「日本初の女性総理大臣としての感想は? これから日本はどう進んでいくのですか?」

「戦争のない平和な世界を実現するために、これから全身全霊をかけて…」

声が遠く聞こえなくなる。

「浦総理! 浦総理!…」

記者が叫んでいる。


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