「過食・拒食・依存」は医学の問題ではない。意思の問題でもない。自己責任でもない。「精神病の時代」統合失調症の僕
僕は酒を飲むと体重が増える。飲まないと一晩で300g〜500g減る。2016年80kgになった。その後は増えたり減ったり2020年6月23日に100kgを超えた。完全に酒を止められなくなっていた。こういうのを依存という。
本格的におかしくなったのは、母が亡くなって以降の話である。
妻の諍いも激しくなった。車を運転していて口論となり、(妻が)無理に降りようとしたり、妻の一言に反応して穏やかに話をしていたのに突然怒鳴りだしたり、人を殺す夢を繰り返してみたり。実際に2016年5月には殺そうとして町内を追い回して警察がきた。相手が謝罪すれば話になったのだが、何もなかったような顔をしていたのでもうどうなっても良いと思った。朝の6時に55歳過ぎの男がビールの空き箱振り回して町内のワンブロックを2周したのだ。子供には驚きのモーニングコールだったと言われた。10月にはそいつと和解するふりをしてキッチンで刺し殺そうと決心していた。
妻は察してなんとかそういうことは起こらなかったが、自分の子供を殺人者の子にしたくなかったからだという。精神病院に行かなくともいいと言っていたのは世間体からだという(笑)。医学を信じていないことでは僕と同じなので助かった。
酒が止まらないのはもっとずーっと前からだ。結婚したのは新潟に帰ってきて、鉄工所で行員として働いていた頃だ。それまで、東京でソフトの仕事してブイブイいわしていたのに、新潟では仕事がなくて、父が50年働いていた会社に入ったが工場長は僕を嫌い現場で鉄を切っていた。
後に会社は倒産、東京時代のつてでソフトの仕事を始めた。
妻とは何度も喧嘩になった。離婚しなかったことが奇跡的である。「上場会社の事務をしていた妻」から見たら僕は「負け組の能力のないダメおやじ」だ。会社の同僚は、高額年収で転勤族の夫である。何という不幸だろう。のダメおやじと結婚した自分を悔やんでいたであろう。僕だってそう思う(笑)。
結婚した当時ベロベロに酔っ払って嫁入りダンスに小便かけたり、壁いっぱいにゲロはいたり、まあまあ、酷い男である。僕だってそう思う。
「自分を理解できない他人のアドバイス」と言う不幸
心理カウンセラーはマニュアルに従い、病状に対してよく効く薬を処方する。患者に話をさせるが、優れた医学書に解説される「ナラティブメディスン(共感し合うことで寛解に至る家族の姿)」とは遥かに程遠く、相手を言い負かして治療が必要だと納得させるためのものだ。
そして、医師に依存させる。現実は変わらないで、薬の量は増える。酒に依存しないで、「医者=薬」に依存することになる。
病院に行ったら「飲酒による統合失調症」と診断されてよく効く薬を出されて、父とともに暮らすこともできなくなっただろう。
喧嘩になれば、家に入れる金が少ないから私の貯金から出してあげているのよと言われる。
妻には会社を潰して心機一転そこかで働けばいいと言われる。僕は気が狂ったように怒る。僕にとってこの会社は命と同じなのだということがわからないのだ。それが伝わらないからこんなに苦しいのだ。
一度「僕の年収が1千万円で毎年海外旅行に行ってショッピングをしてレストランでのディナーが出来たら」、喧嘩になるかと聞いたら喧嘩しないと答える。ほとんどの家の夫婦喧嘩の原因は、共感ではなくカウンセリング(人生への指示介入)だ。
かく言う僕も、娘とはしばらく話していない。そんなつもりがなくとも、他人の人生に口を出そうとする。娘から見たら、まさに「毒親」である。辛い。
僕の仕事は不安定だ。
独立系のソフトハウスといえば聞こえは良いが、一人でソフトの開発をしている。国体の集計システムを毎年受注するのでなんとか回っているが、今年の国体は中止である。
もう30年なんとか自分らしく生きたいと思い頑張ってきたが、還暦の一人の会社に仕事を出すような会社は無い。社員を何度か雇ったが、田舎では仕事は集まらない。せいぜいでweb制作程度であるがそれも大手が受けて回ってくるようなものが多い。
結婚当時働いていた工場が潰されて独立した当時とは随分様変わりした。会社を始めた頃は年1千万上がった年も有ったが、苦しかった。良いお客さんと出会ってもいつか仕事は終りが来る。
全て家庭の問題は経済の問題に帰結する。
子供にはあんなだめな人にならないように勉強なさいと言う。当然子供にも蔑まされる(笑)。家にいるのが苦痛だったから暴れていたのかもしれない。
やがて子供が大学に行く。子供の行末を考えたら遺書がかけた。僕は毎年のように遺書を書く。
「能力」で「年収」が決まっていたのは、昔の話である。貧乏は自己責任ではない。
努力が報われた時代もあった。いい時代であった。
しかし、テレビで勝ち組負け組と囃し立てるのは止めてもらいたい。家族に冷たい目で見られる父親の気持ちがわかるだろうか?能力がないから負けてけているのではない。
妻と僕との寛解
父が亡くなって100日が過ぎた。6月15日が百日法要であった。
国体の中止が6月23日に決まった。売上は大幅減である。補助金の申請はしたがどうなるかハッキリわからない。ロトも買ったが外れているようだ。
一年あがいて何ともならなかったら死ぬことにした。社長のままに死ねば2千万円の保険が入る。まあ自分で使えない金をもらっても仕方がないがそれはそれでいい。
もう14日時間、酒を止めることが出来た。今まで一番長くても1ヶ月しか止められなかった(笑)。どのくらいの間止められるだろうか。
体重は100kgから98.7kgに減った。
あれだけ止められなかった酒を飲まなくなった。一年後に死ぬと宣言したら、妻もコンビニで働けとは言わなくなった。
一年、精一杯やってみて駄目ならもう生きていなくていいではないか。僕は負け組で、大した頃も出来ないし、給料も安い。駄目で結構だ、仕方がない。
しかし人の価値はそんな事で決まるわけではない。
今の時代は、他人を食い物にして金持ちは偉そうにする。そいつらに忖度しなければ生活もままならない。
こういう状態を「寛解」というのだ。そして世界は変わり、やがて苦しみをと変り、新たな平衡を迎えるのだ。
僕の目に映る世界がどう変わっているか、一年後が楽しみである。
精神病理学のスタディ
自分が精神異常かと思い随分本を読んだ。結局は、精神の異常と言うのは検査値であって、それに対応したよく効く薬があるのだと分かった。
同時に、家族というシェルターが持っていた機能を置き換えたものであることもよく分かる。
新潟で上映会があったので、「夜明け前」という映画を見てきた。まさに医学が家族の持っていた機能を委託され、行政はその形だけをなぞっている。
いかに理解できない他者とともに生きるかという問題の解決は医学の範疇ではない。社会の問題であり、広い意味の宗教の問題である。
DSMとは"Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders"(「精神障害の診断と統計の手引き」)の略。アメリカ精神医学会によって定められたマニュアル。「薬があるから病」が有るという典型的な例だ。新しい薬が出来るたびに改定される。
会社でイビられながら生きる社員が自殺した時に会社の責任を逃れさせるために精神科の診断を受けさせる。
しかし、精神の病は人と人との関係性の中に原因があるから、問題は解決しない。ここにも、よく効く薬が私達を苦しめている今の社会が見える。
「生活習慣病としてのうつ病」と言う本がすごく面白かった。「生活習慣(飲酒と寝不足)」が「うつ病」を起こしているという論だ。とてもいい本なのだが、「現実ー>不眠・飲酒(検査値)」「現実ー>うつ病(病)」が正解だと思う。検査値の異常と病の間には相関関係はあるが因果関係はないと僕は思う。そして、「病」は「よく効く薬」があるから存在する。その図式は糖尿病と同じである。
「精神科ナースになったわけ」を読んで本当に救われた。「心の当たり前の反応だ」という言葉はスゴイと思う。目が開かされた。物事の本質は専門家だから見えるわけではない。ありがとう。
この日の日記が比較的まとまっている(笑)。
圧倒的に不利な人生でも、一生懸命やるほかない。
2007年独立して間もない頃父の実家の軒先を事務所にしてソフトの受注をしていた。