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庭いじりの楽しみ:春が来た
実家の掃除をした。戸を開けると雪が溶けて池に落ちる五月雨のような音が続く。雪は明日には皆消えるのだろう。
このお話の続きです。
池向こうの松が雪で姿を変えている。去年の秋に雪囲いをしなかったからであるが、これはこれでいいものである。2016年以降、雑草も生えるままに、枯葉もその地に戻すようにしている。
僕も死んだらここに埋めてもらいたいものであるが、違法である。こっそり少しだけお願いしたいが、50年後にこの庭が維持されていることはなかろう。
2016年に仏壇を買ってから、しばらくは花を買ってきていたが、翌年くらいからは買ってくるのは止めて、庭の花枝をつまんで切ることにした。
野球でも、金で買った選手が活躍して勝負に勝っても嬉しくない性分なんのだ。やっぱ、その地で育った物がいい。
僕は仏壇花アーチストである。今日は梅と椿といちじくの枝と名前も知らぬ花を摘んでみた。
自宅用である。四本の梅が有るが、まだ咲かない。実が多すぎて小粒になるので、今年は少し枝を落とすことにしている。一本移したい梅が有るが出来ないそうなので「取木」して移植しようかと思っている。
父がいつも酒を飲んでいたグラス。花をいけたら、妻に褒められた。
妻は草月の師範である。時折、いけてくれるが、やはり上手い。看板だけではない。
コツを訊いたら「花がどういけられたがっているか」考えるように言われた。話す人間が、花を上手くいけることが出来るから、「言葉」は意味を持つ。僕もそう言えるようになりたいものだ。
なんでも、若い内に学ぶことはいいことである。
ガレージの片隅に昨年の5月に生まれた鯉がいる。黒一色だったが色がついてくる時期である。生命というのは面白い。卵から生まれたときは大きな鯉に食べられるが、大きくなったらサギに食べられる。やがて死ねばマイクロバイオームがその土地に返して新しい生命の元となる。
生命は不思議だ、どこまでが自分と考えるべきかわからない。少なくとも皮膚の内側だけではない。表面のマイクロバイオームまでと論じるのが昨今の医学の流行りだが、やはり専門家は発想が貧困だ(笑)。
生命は長い食物連鎖のレンジを持つ。そのレンジには多くの生命が生きてパーツとなり生命の潮流を生み出しているのだ。
「食物連鎖・輪廻転生」と言う言葉の意味を考える。ガイアとか宇宙船地球号となると、意味合いが変わる。大げさすぎるし、自然を守ろうキャンペーン的な価値観は嫌いだ。中々落とし所が難しい。
大きな水槽に移した。どんな人生を生きるのか。ん、「人」ではないか。水槽の水ごと皆移すことが大事。
燻製道具も一休みである。
今シーズンは5回やった。
明日は父の一周忌なので酒を飲むことにした。驚くべきことに2021年1月6日から飲んでいない。一生のうちでこれほど長く飲んでいないのは18歳(の頃東京に出て飲み始めてから)以降では初めてかもしれない。
火曜日(ちょうど一年目)には父の名義の土地を遺贈した本家の従兄弟と酒を飲むことにした。何の料理を作ろうかなあ。
僕の後ろで嬉しそうにしている。10歳年上で、平野屋で7年一緒に働いた。僕はソフトで彼は「くるみ豆腐」で主灰していた。ベージコンが当たっていればどうなっていただろうか(笑)今ではもう少し年取っている。どうもこの写真の土地が遺贈した土地のようである。
父の父は、近所の娘であった母と結婚する時に、自宅の土地を分筆して父の名義とした。税金は当然父が払ったが、本家を支えて大きくなることが自分自身にも利益であった。家という企業が所有する土地を兄弟で分けることを「戯け者(田分け)」と言うと聞いた。
本家は、分家が来たらごちそうを用意して、毎年何やかにやと渡す。早い話が、株主総会と配当金だと考えればいい。そして、見捨てることはなかった。このメンタリティが年金の始まりである。
この写真の中には僕はいない。もう誰もいなくなった。雪は毎年降っては消える。人というものは儚いものである。
この写真は父が大事に持っていたものだ。僕も大好き。
同じメンバーの写真である。子供が混ざっている(笑)。たしか僕が写真を撮った。父の兄弟では、一人だけ、105歳の兄だけが残っている。
僕は『百年しばた』というNPOを主催している。
遺言のつもりで書き始めたnoteも書き終わらない。この20年、苦しんで考えてきたことが形にできそうな気がしてきた。
この80年の変化を抜きにしては全て問題(医療・教育・介護・政治・格差)は論じることが出来ない。しかし、見事に権威ある学者様たちは、考えようともしない。今見える現象だけを論じる。科学的だから仕方あるまい。
僕には「魔法のメガネ」があある。父と母の人生を通してみる社会の変化、そして変わらないものを描きたい。僕はバリバリの構造主義者であり、実存文学者なのだ。
この一年は、2016年に始まった長い旅のピリオドになるような気がする。
そんな事を庭を眺めながら考えていた。
もしかしたら、春がきたのかもしれない。
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