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「ぱいどん」の不愉快:『昔 戦争、今 特許・著作権』愛で金儲けする奴ら。僕は「AI=あい」の専門家


先に、手塚治虫さんをメーカーに売り渡したキャンペーンに関して書いた。まだ腹が立っている。このキャンペーンはあまりに傲慢不遜で、手塚治虫さんに対しての愛が感じられない。

確かに手塚治虫さんのキャラクターは商品のコマーシャルになってもいると思うが、それとはなにか違った、嫌な感じがしたのだ。何が違うのか、考えてみた。

あのキャンペーンは、webに著作権管理者(息子)と忖度する輩(よくわからないけど偉そうな奴ら)が大きく出てきて、「これが正当なのだ」と言っている。僕はそこが嫌なのだ。

一人のファンの立場から彼への愛を語っているわけではないのだ。

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傲慢な著作権者がお墨付きを与えたから権威なのか?

『この作品は、ちゃんとAI使って、ストーリーを作っている。これはまさに本物なのだ。息子もそう言っている。』と言っているのだ。

もう手塚治虫さんは亡くなった。誰もが知っている。彼が書けるはずがない。どんなにAIであろうが、息子が太鼓判おそうが、それは偽物なのだ。同人誌やリスペクトを持って彼を賛じている人たちはこんな傲慢なことはしない。

僕はその傲慢さに腹が立っているのだ。

多分、これ以外の商品の販促のようにちょこんとアトムが出ていて、解説する程度のキャンペーンなら、手塚プロダクションも食っていくの大変だなあ程度のことだ(笑)。カレーでもジュースでもうってくれればいい。しかし、このキャンペーンは違うのだ。嫌らしくて気持ち悪い。

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僕は手塚治虫さんが大好きだ。

手塚治虫さんは、「ヒト」を愛していた。理不尽で、悪魔ともなり、他人を苦しめて、苦しめられる理不尽な「ヒト」と言う存在を描いていた。

子供が著作権を世襲して管理するのは当然のこととされている。しかたない。別にどう管理しようが文句はない。勝手にすればいい。。別に文句はない。

けどね、僕が愛している「僕の心の中の手塚治虫さん」を偽物だとか言うのはやめて。

自分が権威で、自分が認めているものだけが本物だというのはやめて。

それは、すべての愛を持っている人たちを馬鹿にすることになる。

あんたがただけが特別じゃないんだよ。

しかし、著作権者というのは黙っていても金が入ってくるとは、うらやましい(笑)。まあ、自分の所有するアパートの家賃受け取るのと変わりなのだが.....。

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火の鳥の鳳凰編では輪廻転生を扱っている。「幸運な病のレシピ」では、「食物連鎖」という貧弱な思想を批判する。生命は食事を通じて他の身体というコロニーで生きるのだ。20代のころ見た覚えがある。火の鳥(鳳凰編)の中の「輪廻転生の絵」。

マイクロバイオーム

僕の著作の中での「輪廻転生=食物連鎖」マイクロバイオーム(火の鳥)と絡んで世界を生命であふれさせている。

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同人誌などのリスペクト表現

僕は同人誌で自分を表現するのに「多くの人に共通のアイコン」を使うのはいいことだと思う。皆が同じ様に感動して愛したものにもっと素晴らしいものが乗っていくのだ。そしてその愛の姿はもっと芳醇で豊かなものになる。

三国志の様な口承文学の作者は一人ではない。数多くの無名の人たちが様々な切り口の生命を与えているのだ。

一人ひとりのクリエーターが言葉を重ね、より大きなものになっていく。僕は著作権者がフェアユースとして認めるという言い方は嫌いだ。多くの人の愛を締め出すことは「口承芸術」を否定することになり、模倣からもっと高いところへ進むという私たちの文化のあり方さえも否定することになる。

サイドストーリーは物語全体の厚みを出してくれるから好きだ。

ちなみにカーボーイビバップは全巻DVD持っているくらい好きなのだが、コミックスのヴァージョン好きだなあ。これ最高!

丁度、上野顕太郎さんが「手塚治虫さんへの愛」を語っていたので買おうとしていたのだ。ウエケンさんは、愛のかたまりのような人だから僕大好き。ちょうど買おうかと思っておさらいしていた。今ポチッとしたのだ。

上野ケンタロウ

そういえば、アトムリスペクトのコミックスあったねえ。PLUTO (プルートウ) だったけ、浦沢 直樹 さんが書いたと思うけど、最初の1巻は面白かった。

作品は作者だけのものではない。受け取り手がいて初めて作品の生命が生まれる。

そして、手塚治虫さんも、僕らも同じ様に人生に苦しみ、何かをうもうと必死なのだ。それが感じられるから僕らは感動する。表現者として何ら上下などないのだ。分かっているのかねえ、あの傲慢な連中は。

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著作権は文化を殺す

昔、著作権の事を考えた。著作権で一番利益を受けているのはJASRACである。文科省の天下り先だ。著作権をあたかもその人の固有の権利(自然権)で有るかの如き議論は好きではない。

このことに関してはまたそのうち。

少し前になるが、ネット上での著作権に関しての議論が盛んに行われた。

2007年のことである。ダウンロード違法化とか色々なことがあった時期である。最近でも漫画の違法ダウンロードsite絡まりで色々とあった。

クリエイティブコモンズ

僕の仕事はコンピュータのソフト開発だから、著作権に関してはちょっとうるさい(笑)。

著作権というのは生まれたばかりの「財産権」である。特定の産業を保護することを目的とした実態のない権利なのだ。

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ビル・ゲイツやジョブズの様に著作権で囲い込んだ連中もいるが、100年後にリスペクトされているのはperlを書いたラリーウオールさんでありlinuxをうんだリーナス・トーバルズさんだと思う。

ちなみに今日も僕はperlで世界を理解しようとしているのだ。

今日も夜なべでperl書いておる。昼間寝るけどね。ご飯も作るしビールも飲むのだ。

僕がもしキャンペーンを企画するとしたら

多くの人が参加できるようにする。手塚治虫さんへの愛を多くのクリエータに歌ってもらう。AIもその一人として作品を作る。はたしてAIが私達人と同じ様に愛を語れるのだろうか?

AIは愛をもっているのだろうか

AIと私達は心をつなげることが出来るのだろうか?単なる可能性の分岐の総当たりではないと言えるのだろうか。人の不合理さを受け入れて僕らとともによりよい未来を作っていけるのだろうか?

チューリングテストである(笑)。

僕は「AI」の専門家なのだ。5年前になくなった母の名前が「アイ」だ(笑)。

作品を誰が作ったかなどということがわからないように集め皆で見るのだ。

AIが果たして物語を通じて「ヒト」を描くことが出来るか?僕らの未来に何が見えるのか?

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このキャンペーンはメセナ(企業の芸術・文化の援護活動)とは程遠い。下品で傲慢だ。

僕らの「愛を感じる心」とはなにかを見つめ直すことにもつながる。僕は「マイクロバイオーム派」だからAIにはヒトをシュミレーションは出来ないという方に一票だ。

けどアシモフ先生の愛読者でも有る僕は、ロボット大好きなのだ。


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幸運な病のレシピ
厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。