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Richard Strauss "Friedenstag"

まもなく二期会でリヒャルト・シュトラウスの珍しいオペラ「平和の日」が上演されます。長年オペラに携わっていますが、私も初めて観ます!上演・作品についての案内はこちら。

私は公演の直接のスタッフではないのですが、この貴重な上演を応援するためにちょっとした音楽のポイントを記しておきたいと思います。

戦争終結に至るまでの前半部分は、なかなか複雑な音楽が長く続きます。終戦がわかってくる後半からはどんどん音楽は平明になっていき、最後は混じり気のないハ長調で終わります。

今日説明するのはたった1つの和音についてです。開始部分には「全音音階のシークエンス」がありますが、これについて説明しますね。
最初の小節はDm ニ短調の主和音です。そして次の小節でなんだか不思議な音が聞こえます。構成音は{a♭ c d e g♭}です。これはドビュッシーで有名な「全音音階」からなるハーモニーなんです。「ド」の音から半音2つ分飛ばして音列を作ると{c d e f# g# a#}となりますね。上の{a♭ c d e g♭}と比べていただくと、異名同音(シャープやフラットの違い)はありますが、同じ音だということがわかるでしょう。

主和音は「穏やか」(ただマイナーコードなので明るくはない)全音音階の和音は「不穏」という感じがしますよね?これが交互に聞こえてきて、政情が安定していないことを表現しているのでしょう。

この和音交換が3回続きます。面白いことに2,4,7小節目の「不穏」なほうの和音はどれも配置が違うのに使われてる音は全部同じなんです。すべて{c d e f# g# a#}の中の音です。楽譜をチェックしてみてください。

さらに!一番上のメロディーを辿ると{d g# b e f# c d}となり、並べ替えるとやはり{c d e f# g# a#}という全音音階になります。3回の模続進行(シークエンス)のメロディーが全音音階を形成する、これが「全音音階のシークエンス」の意味です。

この和音、全曲の中に何度も出てくるので、まだ平和が訪れてない様子を描写してる、と思って頂くとよいかもしれません。ぜひ事前に音源で予習しておくことをオススメします!(下にシノーポリの音源の冒頭をあげておきます)

「平和の日」開始部分、Dm B♭m F#mにはさまれた全音音階による和音が不穏な感じだ!

作品後半、平和の鐘が鳴り講和が成立すると、ここから音楽がオラトリオのように進んでいきます。最後には全員によるハ長調のコラールが鳴り響きます。平明な順次進行、まるで「カエルの歌」のよう!

「どーれれみーふぁふぁみーれどれーそー」というシンプルなメロディー

これが盛り上がっていき、クライマックスにこういう箇所があります。

2小節目に頂点がくるが、その和音は例のやつだ!

楽譜の2小節目、fffとなってるところが頂点ですが、この和音、一体どうなってるでしょう?

はい、冒頭でみたあの全音音階による和音です!使われてる音を確かめてみてください。戦争時の不穏な和音と説明しましたが、なんでここでこの和音が鳴るんでしょうね?きっとクライマックスで、30年間の闘いの暗い時代の象徴であるこの和音を絶叫するように吐き出しているのでしょう。

次のページはこうです。

前ページの続き、ハ長調に解決する部分

おお、この最初の和音はどうなってるんでしょう?全音音階の和音っぽいですが、fとf#が同時に鳴ってます。あの和音ではないです!不協和音です!これがハ長調にキレイに解決します。平和への解決には苦味や痛みが伴うことの象徴でしょうか?こういう和音を挟み込むのがシュトラウスらしい、と言えます。

そしてオーケストラによる後奏はこうです。

オペラの終わり

なんと!シャープやフラットが一個もありません!あれだけ複雑な音楽を書いてきたリヒャルト・シュトラウスが、ここにきてピアノで言えば白鍵だけで弾ける譜面を書いたのです!これはベートーヴェンの「フィデリオ」や「運命交響曲」の最後を想い起こさせます。参考にエンディングの音源をあげておきます。

前半の複雑な音楽から平明な音楽への転換、これこそが「戦争から平和へ」の音楽的描写なのですね。75分と短い1幕もの、サロメやエレクトラよりずっと短いので飽きずに見られるんじゃないかと思います。ぜひ日本初演、いやアジア初演を一緒に体感しようではありませんか!


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