プロジェクト・エコシステムのホロン構造モデルver1.0
プロジェクト・エコシステムとは何かを論じようとすると、様々な困難にぶつかる。その理由は、エコシステムの本質が、複雑に絡み合った循環構造を持ち、無限に広がる縁起ネットワークであるからだ。
「論じる」とは、起点となる前提を明らかにして、そこから論理展開することだ。これは、縁起ネットワークの一部を切り取ってツリー構造と見なし、起点からの因果関係として「分かる」という操作をすることである。
このようにして、語り得ない縁起ネットワークを、語り得る因果関係に縮約して生きているのが、私たち人間である。
複雑に絡み合った循環構造を持ち、無限に広がる縁起ネットワークには起点はない。だから、論じようとするとどこから始めたらよいのかが分からなくなり、途方に暮れてしまうのだ。
途方に暮れたときには、その理由を考えると突破口が見つかることがある。
有限な私たちが、無限に広がる縁起ネットワークにアプローチする方法として、「一部を切り取る」という方法論が使えないのが分かったので、新たな方法論を模索することにする。
そのための問いは、次のようなものだ。
「どのような要素(個)と相互作用を考えれば、複雑に絡み合った循環構造を持ち、無限に広がる縁起ネットワークを構成できるか?」
この問いを手がかりにして、プロジェクト・エコシステムを理解するためのモデルを構成してみよう。
要素(個)の構成
無限に広がる縁起ネットワークの結び目としての要素(個)とは、どのようなものであればよいのだろうか。
「サービス・ドミナント・ロジック」のアクターという概念を参考にして、要素(個)を図1のように構成してみよう。
図1 価値創造者としての要素(個)のイメージ
参考文献『サービス・ドミナント・ロジックの発想と応用』
私たちは、情報、モノ、製品、人間関係、お金・・など、様々なリソースに囲まれて生きている。私たちは、それらの資源を個人、または、組織において統合して価値を生み出して社会に提供している。つまり、働いている。
その一方で、他の個人や組織が作り出した価値を受け取っている。このようにして社会における分業体制が生まれている。分業と交換を効率的に行うために貨幣が発明され、使用されている。
ここで問題になるのが、「使用価値」に基づいた交換を行うのか、「交換価値」に基づいた交換を行うのか、ということだ。どちらを選ぶかによって社会デザインが全く変わってくるからだ。
選択の基準は、社会全体の分業と分配がうまくいって循環し、多様な一人ひとりの幸福(Well-Being)が実現するかどうかだ。
ちなみに、現在社会では、「交換価値」に重きが置かれている。市場では、「モノ」に値段がついていて、「モノの価値」が、貨幣との「交換価値」と等価に置かれて明示されている。
私たちは、「交換価値」で捉える見方に慣れてしまっているが、視座を動かして「使用価値」の観点から世界を捉え直すと、全く違う可能性が見えてくる。
例えば、1万円札を猫に渡しても、猫はそれを使うことができない。猫にとっては、1万円は何の価値もない紙きれであり、まさに、「猫に小判」なのである。同様に1万円の真珠を豚に渡しても、着飾る機会のない豚にとっては「豚に真珠」である。「1万円札」や「1万円で購入した真珠」は、猫や豚にとっての「使用価値」はゼロなのだ。
仮に、とても賢い猫がいて(もしかしたら、その猫は長靴を履いているかもしれない)、お金の価値を知っていて、スーパーでキャットフードを購入することができるのなら、猫にとって1万円札は価値を持つ。つまり、1万円札が価値があるかどうかを決めるのは、1万円札という物質ではなく猫なのだというのが、「使用価値」で考える考え方である。
「使用価値」を中心に据えると、その価値は、使用者の状況や文脈に応じて流動的になる。砂漠で死にそうになっている人にとっては、ダイヤモンドは使用価値はないが、コップ一杯の水は命を救う使用価値があるといった文脈依存性が、「使用価値」の本質だからだ。
「交換価値」に基づき「モノ」に定価をペタッと貼り付けてしまえば、話が単純になるが、状況や文脈に応じて流動的になる「使用価値」に基づく交換関係は、とても複雑になりそうだ。頭がくらくらするかもしれない。しかし、それは、「交換価値」の常識で、「使用価値」の経済を考えようとしているからだ。発想を完全に転換すれば、それほど難しくない。
発想転換の第一段階は、自らを労働者―消費者として捉えるのを止め、「自らのWell-Beingを増大させるための使用価値の創造者」と見なすということだ。
我慢して労働して対価をもらい、お金を使って消費して楽しむというのは、「交換価値」によって作られた経済システムを維持するための餌として自分を差し出す行為だ。
そうではなく、様々なリソースを統合して、自分の想い・感情・関心などに基づく価値観や、変化し続ける状況の中で、自分独自に決まるWell-Beingが増大する物事を、自分のスキルや知識を総動員して創造する「使用価値」の創造者として自分を捉えるのだ。
どんなニーズ(深い願い)を満たしたいのかが明確になってはじめて、それに必要なスキルや知識、リソースが明確になり、自分がどうすればよいのか、誰にどのように協力を求めればよいのかが明確になる。それを実現するためにコミュニケーションを取り、相互にニーズを満たし合う関係性を創造していくのが、「使用価値」に基づく経済システムのイメージだ。
教育によって人間の価値観が画一化され、その結果、他人も自分と同じ価値観を持っていると思いこんでしまい、画一化された「定価」のついた商品の「交換価値」こそが、普遍的な価値だと思い込まされている幻想の世界で回っている「交換価値経済システム」の夢から覚めると、一人ひとりが独自の価値観を持った個別の存在として目の前に現れてくる。そして、自分自身も同様だ。自分や彼(彼女)が、今ここで何を必要としていて、どんなニーズを満たしたいと思っているのかは、問いかけてみないと分からない。そこから、本物のコミュニケーションと関係性が始まるのだ。
「使用価値」の創造者としての要素(個)の記号化
発想転換の第一段階は、自分を「自らのWell-Beingを増大させるための使用価値の創造者」と見なすことだった。
しかし、自らのニーズを満たすためには、他者とニーズを満たし合う関係性を創造していく必要がある。自他の境界を緩め、より大きな視点で捉えることが、「自らのWell-Beingを増大させる」ことに繋がっていくのだ。そこで、発想展開の第二段階として、自分を「コミュニティのWell-Beingを増大させるための使用価値の創造者」と見なすことにする。
要素(個)と要素(個)の関係性を考えるために図1を単純化して記号化してみよう。
図2 「使用価値」を創造する要素(個)の記号化
要素(個)は、コミュニティの一員であることと自分自身であることの二重性の中で、自分の実存から湧き上がる想い・感情・関心に基づき、独自のWell-Beingを満たすための「使用価値」を資源を統合して創造する。
生命体は、感覚器を通した限られた刺激を統合して構成する有限な因果的世界(ロゴス的世界)を認知しながら、同時に無限の縁起ネットワークの一部として世界の全体性に繋がって存在している。世界の全体性との繋がりは、「源」を通して因果的世界の中に染み出してくるから、このモデルを単純にアルゴリズムに落とし込んだり、計算機シミュレーションの世界に組み込んだりできないことに注意しなければならない。
この記号化によって明確になるのは、この要素(個)は、受け取る⇒創造する⇒与える という運動によって維持される渦のようなものであるということだ。この動きが止まると渦は消えてしまい、存在しなくなる。
この要素(個)は、他者がいないと存在できないという性質を持ち、外部に開いた開放系になっている。私が構成したかったのは、「複雑に絡み合った循環構造を持ち、無限に広がる縁起ネットワーク」であるから、その構成要素は開放系であることが必要である。よって、この要素(個)は、その必要条件を満たしている。
では、次に、この記号化された要素(個)が、他の個(要素)とどのような相互作用をするのかを考えてみよう。
相互作用をすることで閉じてしまったら、無限に広がる縁起ネットワークを構成できないから、相互作用をしても開放系である必要がある。また、生命体は、部分と全体とが相似形になるフラクタル構造(ホロン構造)を持つという性質があるから、そのような性質を持つことが好ましい。
まずは、もっとも単純な相互作用として、2つの要素(個)AとBがお互いに与え合い、受け取り合うという形を考えてみよう。(図3)
図3 要素Aと要素Bの共創
要素Aは、要素Bが創造した資源を受け取って統合し、自らのスキルや知識を活用してお互いのWell-Beingが増大する物事を創造して、その一部を要素Bに与える。要素Bも同様にして要素Aから受け取った資源を統合し、自らのスキルや知識を活用してお互いのWell-Beingが増大する物事を創造して、その一部を要素Aに与える。
このようにして、要素AとBは、お互いの強みを生かし合いながら、一人では満たせなかったそれぞれのニーズを分業して満たし合うことができる可能性に開かれる。
要素AとBが、自分のWell-Beingを増大することを目指すのではなく、お互いに関係性が生まれているという前提条件の下で、「お互いのWell-Beingが増大すること」を目指すと、要素ABというシステムが出来上がる。このシステムは、要素AともBとも異なる新しいスキルや知識を持つシステムである。
要素ABは、外部資源を統合し、要素ABや外部の要素にとってWell-Beingが増大するものを要素ABシステムの知識やスキルを活用して創造し、その一部を外部の要素に与えることによって存続することができる。
要素AとBは、独立した開放系であると同時に、要素ABの構成要素になっている。また、要素ABは、要素AやBと同じ形になっているため、このモデルは部分と全体が相似形になるフラクタル構造(ホロン構造)になる。
今後の展開
今回は、プロジェクト・エコシステムを理解するための概念モデルを構成することを試みた。
要素AとBの繋がり方は、プロジェクト内の繋がり方であり、要素の数はいくらでも増やすことができる。上下に伸びる腕は、プロジェクトの外との繋がりであり、こちらも、いくつも繋げることができる。
2つの繋がり方があることで、プロジェクトの内と外を分けつつ、分離せずに繋がっているという様相を描き出すことに成功したように思う。
このモデルで説明可能な範囲がどの程度なのかは、まだよく分からないが、「複雑な循環構造を持ち、無限に広がる縁起ネットワーク」をイメージし、その循環の一部になって活動したい方の手助けとなるモデルの1つになればうれしい。
要素(個)のトポロジカルなつながり方は多様なので、それぞれが意味するものが何なのかは、今後の探究テーマである。
様々な人と対話する中で、モデルを解体することも厭わず、考え続けていこうと思う。
最後に
今回のモデルは、これまで考えてきたいくつかのリソースを統合することで生まれました。実際には数えきれない多くのものがリソースとなっているのですが、感謝を込めて代表的な3つのリソースを紹介させていただきます。
1)与贈工房からトオラスへと組織を改名するときに考えたこと
2017年に自律分散型オンライン組織、与贈工房を仲間と一緒に立ち上げ、2020年にTORUS(Toral Online Reconnect US)と改名しました。その際に、外部と内部とが明確に区切られない開放系の渦のような組織モデルをトーラス図形と関連付けて記述できないかと試行錯誤を続けました。
アクティブ・ホープの「繋がりを取り戻すワーク」の4つのステップ
1.感謝を感じる
2.痛みを感じる
3.新しい目で見る
4.一歩前へ
と、電磁気学の右ねじの法則とを統合して作り出したのが、「自己組織化する集団のトーラス型ホロン構造モデルの構築」でした。このときに、今回のモデルのアイディアの種が生まれました。与贈工房、トオラスでともに試行錯誤を重ねて実践してきた仲間との体験がモデルのベースになっています。
2)橘川幸夫さんの『参加型社会宣言』
2019年に橘川さんと出会って、それまで考えてきたことを、「参加型メディア」という視点から捉え直すようになりました。
「二つの穴(目や耳)から世界を吸い込み、一つの穴(口)から言葉を吐き出す深呼吸だ。」「P2Pの関係が基本で、個人と個人のあいだ(Medium)に、第3者的な社会的子どもを産むんだ」「手紙はクオリティじゃないんだ。もらってうれしいかどうかだ」といった橘川さんの考えに大きく影響を受けて、参加型メディアや参加型社会に対する理解が、日々、深まっています。このモデルも橘川さんとのやり取りを通した気付きが、色濃く反映しています。
また、橘川さんが立ち上げたオンラインの私塾であるYAMI大学深呼吸学部で出会ったたくさんの学友とのやり取りから、多くの刺激を受け取っています。
3)奥出直人さんの影響
プロジェクト・エコシステムをどのように記述したらよいのかを思い悩んでいた時に、奥出直人さんの最終講義の動画を見て、目の前が開けました。
この中で紹介されていた「サービス・ドミナント・ロジック(SDL)」の論理構造を借りれば、プロジェクト・エコシステムについて語れそうだと思い、SDLを学び始めました。奥出さんの日々のFacebook投稿やメッセージのやり取りから、多くのヒントをいただいています。
この3つに限らず、多くのリソースを自分なりに統合して、プロジェクト・エコシステムをホロン構造として記述するモデルのVer.1.0ができました。ありがとうございます。
これを世界に吐き出すことで、新たなコミュニケーションが生まれ、循環の渦が起こっていきます。語りにくいものの本質が、何かしらの形で表現され、社会に存在できるようになっていくことで、社会のWell-Beingが増加することが、私にとっての喜びです。議論の中でこのモデルのバージョンも上がっていき、理解を深めるための足場がしっかりしてくることでしょう。
参加型社会学会
参加型社会学会では、参加型社会の本質の理論的探求と社会実践の両方を行っていきます。
参加型社会学会のHP
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