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『椿三十郎』に関する個人的な話

 1980年代の初めごろだっただろうか、フジテレビで黒澤明監督の作品をまとめて放送するという機会があった。ノートリミング、ノーカットが放送する最低条件。それまで、映画をテレビで放送する場合、スタンダードサイズを除いてはテレビ用にトリミングされ、放送枠内に収まらないとカット編集されるというのが常だった。だが、そこは黒澤明、自分の作品がトリミングされ、カットされるのが嫌だったのだろう。現在、BS、CSなど多チャンネル化し、映画が配信される時代になって、ノートリミング、ノーカットなんて当たり前になったが、この当時はそんなことをすると逆に批判されていた。だが、確かに黒澤明監督の作品は、特にシネマスコープ作品に関してはトリミングしてしまうと確かに作品の質が損なわれてしまうなぁと思う。テレビの洋画劇場をよく観ていた筆者にとっては、テレビ放送で作品そのままのサイズで放送されるというのは新鮮に映り、それを機会に、黒澤作品に数多く触れることができた。『天国と地獄』『用心棒』『隠し砦の三悪人』など、それまで黒澤作品を観たことがなかった筆者にとって、あまりの楽しさ、面白さにすっかりファンになってしまった。そんな黒澤作品の中でも個人的に気に入っているのが、三船敏郎主演の『椿三十郎』だ。最初に観たのはフジテレビの『ゴールデン洋画劇場』、次に日本テレビの『金曜ロードショー』だった。劇場のスクリーンで最初に観たのは、おそらくだが、名画座で『用心棒』(だったかなぁ)との2本立てで、その後、午前十時の映画祭での4Kデジタルリマスター版と、スクリーンで上映される度に足を運んでいる。2007年には同じ脚本を使って森田芳光監督が織田裕二主演でリメークしたが、やはりオリジナル版にははるかに遠く及ばなかった。オリジナル版は96分なのに対し、リメーク版は119分。同じ脚本なのになぜこんなに上映時間が違うのか、オリジナル版のラストとはまったく違うラストで、やはり同じことはできないんだなぁと、なぜリメーク版を作っちゃったんだろうと疑問に思った。それは、オリジナル版とは役の配置や設定、細かい部分などをまったく変えてしまった2008年の『隠し砦の三悪人』のリメーク版『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』にも同じことが言えるだろう。
 元々は山本周五郎原作の『日々平安』を映画化する予定だったが、東宝が難色を示したため、その後、三船演じる三十郎を主人公にして書き換えられ、大ヒットした『用心棒』の続編的作品として作られたのが『椿三十郎』だ。志村喬演じる次席家老の黒藤と藤原釜足演じる国許要人・竹林の不正を告発しようとする加山雄三演じる井坂ほか、若侍たちに三十郎が加勢するという物語。前作の『用心棒』とは趣を変え、ユーモアあふれる描写と三船がが見せる激しくもカッコいい殺陣のアクションが融合していて、三十郎と若侍たち側、伊藤雄之助演じる城代家老を拉致した次席家老側のせめぎ合いが魅せる。そんな物語に絶妙なスパイスとなるのが、入江たか子演じる城代家老の妻と、団令子演じる娘の千鳥だ。おっとりしたふたりにタジタジとなる三十郎の姿が可笑しい。そして、もうひとり、次席家老側の見張りの侍で押し入れに監禁される小林桂樹演じる木村が出色だ。押し入れに入れられ、井坂たちの話を聞いていて、次第に味方になっていくのが楽しいし、ちゃっかり押し入れから出てご飯を食べていたり、彼らの話にちょっかいを出した後、押し入れに引っ込んでしまったり、事が上手くいって井坂たちと喜び合っていた木村が何となく居づらくなって押し入れに戻るなど、随所でコメディーリリーフとしての役割を果たしているのが見事だ。さらに、この映画の最大の見どころは、ラストの三十郎と仲代達矢演じる室戸の対決シーン。カメラを据えてふたりが対峙し、一瞬で事が終わる緊張感が伝わる名シーンだが、この映画の流れにしては多少、異質な感じがしなくもない。だが、三十郎と室戸、若侍たちとの生き方の違いを見せる上では効果的だったと思う。もちろん、『用心棒』と同じシーン(三十郎が名前を聞かれ、外の風景を見て苗字を言うなど)もあって、そこは思わずニヤニヤしてしまう。
『七人の侍』『用心棒』『赤ひげ』ほか、全盛期の黒澤明作品の面白さは、もう無双としか言いようがない。練りに練られた脚本、黒澤の演出、三船を始めとする豪華なキャストたち。何度観ても飽きないし、観るたびに新しい発見ができるのが黒澤作品の魅力と言っていい。もし、まだ黒澤作品を観たことがない、話には聞いているが実際に触れたことがないという方、テレビ放送や配信など、さまざまな機会で黒澤作品に触れてほしいし、劇場の大スクリーンで観る機会があったら、ぜひ観てほしい。黒澤作品には映画の面白さ、楽しさ、奥深さがたくさん詰まっているのだから。

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