ハル・アシュビー監督、ジャック・ニコルソン主演『さらば冬のかもめ』
編集マンとして1965年『シンシナティ・キッド』、1966年『アメリカ上陸作戦』、1967年『夜の大捜査線』(オスカー編集賞を受賞)、1968年『華麗なる賭け』といったノーマン・ジュイソン監督作を担当したハル・アシュビー。1970年『真夜中の青春』で映画監督としてデビューし、1971年『ハロルドとモード/少年は虹を渡る』、1975年『シャンプー』、1976年『ウディ・ガスリー わが心のふるさと』、1978年『帰郷』、1979年『チャンス』、1982年『大狂乱』(劇場未公開)、『ザ・ローリング・ストーンズ/レッツ・スぺンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』、1985年『スラッガーズ・ワイフ』(劇場未公開)、1986年『800万の死にざま』などの作品を手掛けた。
そんな彼が1973年に監督し、主演男優賞、助演男優賞、脚色賞のオスカー3部門、カンヌ国際映画祭パルム・ドールにノミネートされたのが『さらば冬のかもめ』(原題『The Last Detail』)だ。ダリル・ポニックサンの小説を映画化し、脚本家のほかにも『マイ・ライバル』や『テキーラ・サンライズ』などの監督作を持つロバート・タウンが脚色した。主演は名優ジャック・ニコルソン。共演はランディ・クエイド、オーティス・ヤングほか。日本では1976年11月3日に公開され、初公開時は『ジャック・ニコルソンの~』となっていた。筆者は劇場のスクリーンで未だに観ることができずにいるが、初めて観たのは日本テレビの土曜の午後に放送されていた90分枠(放送時間は84分)の洋画劇場だった。そのときは吹替版で、ニコルソン=石田太郎(当時は弦太郎名義)さん、クエイド=安西正弘さん、ヤング=神谷和夫さんというボイスキャスト。上映時間104分に対して、カット編集版は約72分程度。でも、いたく感動して、個人的にも大好きな1本になった。
ニコルソン演じる海軍下士官のバダスキーとヤング演じるマルホールに、クエイド演じる罪を犯した新兵メドウズをポーツマス海軍刑務所に護送する任務が下る。メドウズが基地の募金箱からお金を盗もうとし、その募金箱が司令官夫人が設置したものだったことから懲役8年を言い渡されたことを知り、送り届けるまで日にちがあることを知ったバダスキーとマルホールは、彼にさまざまな人生体験をさせようと途中下車を繰り返す。そのうち、3人の間には不思議な友情が芽生えていくというのがあらすじだ。バダスキーとマルホールが海軍の中でもはみ出し者いうのがミソで、メドウズに体験させることで自分たちも楽しんでいるというのが見ていて微笑ましい。小学校や中学校などでよく流れていて耳なじみの行進曲を使った音楽の入れ方が実に巧みで、観る者をワクワクさせるような効果を生み出している。映画の中で日蓮正宗を信仰する人々が出てくるのが何とも不思議な感覚で、終盤でメドウズが雪の降り積もる公園で「何妙法蓮華経」と唱えながら逃げようとする描写があるのだが、刑務所に収監されたくないという気持ちからこれを唱えることで逃避したいという気持ちはわからないでもない。そして、いよいよポーツマス刑務所に着き、メドウズが兵士に階段を登って連れて行かれ、鉄格子のドアが閉められるあたりの寂しさというか切なさというか、何とも言えない気持ちになる。さらにラストシーンでのバダスキーとマルホールの会話は、ひとつの任務が終わり、彼らの海軍士官としての人生も続いていくという余韻もまた味わい深い。この映画がデビュー作となった無名時代の初々しいナンシー・アレンが出演している点にも注目していただきたい。
この映画のDVDをかなり前に購入していて、久々に引っ張り出してノーカット、字幕版を久しぶりに観た。海軍に対する反骨精神あふれるバダスキー&マルホールと、まだ未成年のメドウズの不運な人生が交錯し合う極上の人間ドラマであり、ロードムービーとしても良く出来ていると思った。知っている人は少ないだろうが、この映画が“隠れた傑作”と言われる所以は、そんな登場人物たちの心情を繊細に浮かび上がらせたタウンの脚色力とアシュビーの演出力の賜物だと思う。DVDでも配信でも観られる機会は多いので、未見の方も、かつて観た方も改めて観てみてはいかがだろうか。