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ハードモード突入!?中国でいきなり詰む。
中国・昆明
「ホンマに宿がなーーーーーーーい!!!!」
街の至る所に『酒店』『大酒店』と看板が掛かっているのにどこの宿に行っても追い返される。
「また?嘘でしょ!?そんなことあるん????」
中国・昆明駅前、午前1︰30過ぎ。
2時間近くも探し回り、疲れ果て、「国際酒店」と書かれたノートをヒッチハイカーのように胸元に掲げた僕は雑踏の中で途方に暮れていた。
どうしてこうなったか。
その真相を知るのはこの30分後なのだが、まず12時間ほど時を戻そう。
この日の正午過ぎにベトナム北部・ラオカイという街から国境を越え中国側の河口という街に到着した。
そして僕はすぐに一番近い大都市「昆明」を目指すべく鉄道駅に向かう。
事前に検索した情報では一日3便・4時間ほどで昆明に着くらしい。
正午の便が出たばかりだったので駅前のベンチに腰掛けること4時間。
やっと夕方の便に乗車した時から不思議なことが起こりはじめる。
窓口で貰った切符は席が寝台車両の下段になっていた。
普通の座席を買ったつもりなのに車掌に尋ねても切符の番号は間違っていないらしい。
まぁ広い席で得したなと足を伸ばしてゆっくりしていると次の停車場から次々と乗客が乗り込んでくる。
停車場に停まるたびに次から次へと乗客が押し寄せて1時間もしないうちに車内は混み合ってくる。
僕の席も3人席になってしまう。
どうやら寝台席も3人掛けの普通席として販売しているみたいだ。
目の前の寝台にも自分の上の段にも乗客が乗ってくる。
4時間もすると通路にも人が溢れて車内は鮨詰め状態になるが一向に昆明に着かない。
事前に調べた情報ではもう着いてもいいはずなのだが、乗客の乗り降りが多くてなかなか各停車場を出れないようだった。
結局2時間も遅れ、昆明駅に着いたときには23時を過ぎていた。
『なぜこんなに人がいるんだ?』
思い返すと疑問はこれだけではなかった。
国境を越える前のことだ。
まだベトナムの国境近くの街にいた時、昆明の宿を予約しようと思ったのだがまったく空きがなかった。
さまざまなサイトで宿を検索してみたがゲストハウスはどこも空室がない。
『ただまぁ中国だから。ネットでやることには仕方ない部分もあるな。』
実は中国のネット事情は他の国とちょっと違う部分があるのでとりあえず行くだけ行ってみて考えようという結論に至る。
他とに違いというのは中国国内に入ってしまうとGoogleやfacebook、booking.comなどの海外サイトにアクセスできなくなるというものだ。
他にも入国してみるとLINEなんかの通信系アプリや日本のスマホゲームも繋がらなかった。
この現象は中国政府の方針でさまざまなサイトやアプリにアクセス制限がされているためだ。
つまり中国では日本や他の外国にいるように普通にネット環境を使うことができない。いつもとは違う対応が必要になる。
そのため中国を旅する上で必ず必要になる旅のキーアイテムがある。
VPNソフトだ。
VPNとは「Virtual private network」の略称である。
まぁネットワークのセキュリティソフトみたいなものというか。
その仕組みだ。
僕もあまり詳しく説明ができない。
とにかくこのソフトをスマホやパソコンに入れていないと中国国内からはインターネットにまともに接続できないし、Googleもfacebookもbooking.comも使えない。
必要な情報を検索できないし日本の家族や友達ともコンタクトを取れない。
宿の予約もできない。
中国国内に入る前に準備していないとスマホもパソコンも使い物にならなくなる。
逆に中国国内のサイトや中国の旅行用アプリはこのソフトが動いていると使用できない。
とんでもないネット事情だった。
『仕方ない。ネット事情が違うしな。閲覧はできても予約とかはちゃんとできないのかもしれない。』
『まぁはじめて行く国じゃないし、宿は一晩くらいはその辺で適当に飛び込みで探したらいいか。大丈夫だろう。』
実は12年前に一度だけバックパッカーの旅をしたことがある。
その舞台になったのが中国だった。
なのでぼんやりとではあったが鉄道のチケットの買い方も宿の見つけ方も記憶していた。
『色々、中国国内の方針変更で当時のようにいかないこともわかっていたがまぁなんとかなるだろう。』
念のためオフラインでも起動するマップソフトにbooking.comで見つけたゲストハウスの位置情報だけ記憶させておいた。
これを頼りに飛び込みで宿を回ればいい。
しかしそうならなくて夜の昆明を彷徨うことになのだが、そんな事態をベトナムにいた頃には想像もしていなかった。
ただ・・・・・。
『でもこの宿の位置情報がどうも引っかかるんよな・・・。』
まぁ悩んでも仕方ない。行ってしまえと僕は鉄道に乗ってしまったのだった。
そして、昆明駅前23:30頃。
もうすぐ日を跨ぐというのに駅前にはたくさんの旅客やそれに群がる宿の客引き、タクシー運転手なんかで溢れかえっている。
『どないなってんねん?この人の量。やっぱり人口の多い国は違うのか?』
わずかな不安が芽生えはじめていたがそんなことは気にしてられない。
直ちに宿を確保しなくてわ。
人の波を掻き分けながらオフラインマップとGPSを頼りに宿のある座標を目指す。
薄暗くゴミの散乱したわずかな街灯に照らされた路地裏にたどり着いた。
あれだけ人が居たのにここだけ妙に静かで人通りもなく車の音や食堂や商店の音かからも切り離されて、駅前の喧騒とは別世界に来たようだったことを覚えたいる。
そして座標の指す建物を見上げとそこには入り口のシャッターが下された低層階がテナントになっているマンションだった。
『えっ!?』
本当にただの古いマンションだ。
ただ入り口がわからない。
それらしいものはあるにはあるが扉がダイヤルロックされていて入りようがない。
考えてみるとそもそも住所がおかしかった。
番地の後には階層と部屋番号のような数字が並んでいたからだ。
『これはまさか・・・・。』
僕の目指していたゲストハウスはマンションの一室を使った民泊のような宿だったのだ。
「だから住所が変だったのか!」
仕方ないので同じ路地に面したもう一つのピンしていたゲストハウスを目指したがこれもマンションの中だった。
しかも今度は入口も見当たらない。
「どこから入るねん?入り口の案内もないのか!」
「こんなの普通に泊まれるわけないやん!」
後々知ることになるのだがこの手のゲストハウスは予約をするとメールでマンションの入館方法や入り口のセキュリティーコードが送られてくる。
これがなくては入れないのだ。
ただ入国1日目の僕はそんなことを知るよしもない。
なんとかこの状況を打開する方法を模索しなくてはならない。
ちょうど向かいのビルの一階にあった「酒店」と書かれた看板の下に立っている客引きらしいおばちゃんと視線があった。
近寄って地図アプリを見せると英語はわからんという感じだった。
「この宿を知っていますか?」
中国語で何かを言い返してくるのだが。
『いや。こっちは中国語がわからん。』
こっちが中国語が話せないとわかると日本人かと聞いてきた。
「ジャパン?」
そうだと答えると追い払われる。
ただ僕も食い下がる。
ずいぶん古臭くて汚そうだが、もうここでもいい。
持っていたノートに筆談で「空室 求」と書いてみせる。
しかし「日本 ❌」と返された。
それでも食い下がる。
『ここでまだ客引きしてるってことは空室があるからだろ?』
『商売人なら少しでも部屋埋めたいだろ?こっそり泊めてよ。』
念じながら表情だけで訴えてみる。
するとおばちゃんは今度はノートに「国際酒店」と書いてきた。
『インターナショナルホテル?ここに行けということか?』
おばちゃんに身振り手振りでコミュニケーションを図るとどうやらそうらしい。
「ここはダメなのか?」
するとダメだらしきことを言いながらおばちゃんは遠くのビルを指している。
そのさきにこのホテルがあるようだった。
ただ視界の中にはそれは見当たらない。
『どこにあるんだよ?』
薄暗い路地を追い出されて僕は再びたくさんの中国人に埋め尽くされた街に放り出される。
そのへんの店の店員やタクシーの運転手におばちゃんの書いてくれたノートをみせながら歩いた。
そして一軒の「国際酒店」と書かれた宿に着く。
ここは英語ならきっと。
「今夜一泊できましか?」
「フルだ。」
「フル?」
「フル????????」
この後もただの「酒店」「大酒店」でも泊めてくれるところはないかと回り続けたが、部屋がないか日本人はダメの一点張り。
遂に日を跨ぎ、昆明駅前、午前1:30・・・・・・・駅前に戻ってきた。
街には夜中なのにまだ人や車が溢れていた。
「なんなんだよ・・・。どうなってるねん。」
流石にここで野宿もできないし、初日からそれは先が思いやられる。
途方に暮れた僕はもうやけくそだった。
駅前の人だかりの中でおばちゃんのノートを胸に当て群衆に見えるように歩いた。
情に訴えて泊めてもらう作戦決行の時がきた。
野宿よりも知らない人でも現地人の家に泊めてもらう方が絶対良い。
公安に見つからないように道行く人やタクシー運転手にノートを見えるように歩く。
『憔悴しきった外国人がここにいます。』
『可哀想でしょう〜。みなさん。』
といった感じで歩き始めると少しして水色の制服を着たおばちゃんに呼び止められる。
『優しそうなおばちゃんだ。しかもちょっと英語喋ってくれる。』
「ついておいで。」
「やったーーー!!来たぞ!」と思っておばちゃんについて行くと、そこはさっきとは別の「国際酒店」だった。
「ここは私の職場だ。部屋が空いてるかもしれない。」
おばちゃんは私はここの清掃係をしていると言っている。
「おばちゃん。あんまりお金持ってないんだけど・・・・。」
「まぁいいからおいで。」
おばちゃんに手を引かれてホテルのエントランスを突き進む。
まぁこれも何かの縁だ。ついて行こう。
おばちゃんに連れられてフロントに着くと何やらフロント係に交渉してくれている。
実はこのおばちゃん、仕事を終えて帰る途中に雑踏の中でノートを持って立ち尽くす僕を見かけたらしい。
帰るところだったのに可哀想だと思ってわざわざ引き返して自分のホテルに連れてきてくれたのだ。
そして今はなんと値引きの交渉をしてくれている。
幸いにも空室が一つあり、少し割引いて宿泊させてくれた。
「謝謝!!!おばちゃん!」
深夜2:00過ぎやっと宿を見つけることだできた。
そしてホテルのフロントマンがこれまでの謎を解いてくれた。
「今日から国慶節だからです。」
「何それ?春節とは違うの?」
「もう一つのスペシャルホリデーです。」
「スペシャルホリデー???」
「そう。しかも今年はいつもより長い10連休なんです。」
中国には10月1日から約一週間くらいの国慶節という建国記念日の連休がある。
そして通常の年は数日後に中秋節という旧暦の祭日がまたやってくる。
数年に一度現在の暦と旧暦のサイクルが重なって国慶節と中秋節がつながるときがある。
今日はその初日でこれから大型連休が始まるところだったのだ。
だから鉄道は超満員。宿はどこも空いてない。夜でも街には人で溢れている。
おまけにフロントマン曰く、中国のホテルは法律で外国人の受け入れ許可を持ったホテルでないと外国人を宿泊させたはいけないという決まりになっているとのことだ。
だから街中の人が国際酒店を指さすわけだ。
『なんだよその制限!』
『そして、待て!待て!この状態がまだあと9日も続くのか。』
本当はもうとりあえず寝たかったのだが部屋に入るとすぐにVPNを起動させ明日以降の宿を探す。
今夜一泊だけならと入れたもらった部屋だったからだ。
明日以降は未だ宿無し決定状態である。
本来の予定では明日は次の目的地・成都に向かう準備をするはずだった。
宿を押さえ、寝台車の切符を買って、軽く昆明観光をするくらいの頭でいた。
とりあえず成都に向かうための中継点くらいに思っていたのであまり昆明に興味がなく。とにかく早く成都に行きたかった。
成都にはどうしても行きたい場所があった。
そこは12年前の旅で行きそびれた場所で。
まぁ場所というよりゲストハウスなのだが。
前回の中国旅において一つの目的地でもあった場所なのだがその時は行くことができなかった。
今度の旅では必ずそこに行こうと思っていたので中国に入ったらまずはそこを目指すことにしていた。
しかし検索するとその成都のゲストハウスにも空きがない。
そもそも考えてみると今は鉄道の切符も買えるか怪しい。
とにかく明日以降の宿を昆明で見つけなくてはいけない。
さっき入り口の分からなかった宿も当面満室だ。
そもそもまだこの時は泊まり方が分からなかった。
予約していいものかもわかんらない。
探し続けること1時間。
booking.comに昆明駅から少し離れたゲストハウスに明日から3日間だけ4人部屋のドミトリーに空きがある。
しかも住所はどうやらビルの中でもないし、掲載された写真には地上に面した看板付きの入り口の写ったものがある。
『これならいけるはずだ。』
すぐに予約して翌朝、ホテルの人に詳しい場所と行き方を教えてもらって移動した。
「booking.comで予約した者です。チェックインお願いします。」
そもそもVPNを使わないとbooking.comが閲覧できない国でどうしてbooking.comで予約できるんだと疑問に思ったがそこは中国、そういうものだと思っておこう。
「ではパスポートをお願いします。」
ここは国際酒店ではなく国際青年旅社となっているつまりユースホステルだ。
『もうこれで大丈夫。少し時間が稼げる。この3日で次に宿のある街に移動する準備をしよう。』
「ではあとの3名様のパスポートもお願いします。」
『???????あとの3人??????』
「えっ???」
「ドミトリーをお願いしましたよね?」
「はい。ドミトリーの予約です。」
「で一名で予約しましたよね?」
「はい。ですが今は国慶節なのでドミトリーは4人部屋になるんです。」
「?????????はぁーーーーーーーー??????」
『そんなんどこに書いてるねん????』
「booking.comにそんなこと書いてなかった!」
「えっ?書いてないですか?」
本当に書いてない。
booking.comのページを見ながらスタッフたちも書いてないなぁと頷いている。
どうやら中国人向けのサイトには二段ベットが2つある部屋を4人部屋として販売していたらしい。
風呂もトイレもない部屋に4人で入るくらいなら普通の4人部屋を探すのが心情だ。だから空いていたのだろう。
『なんて売り方してるんだ!そんなの聞いたことない!』
しかしそんなことはどうでもいい。
「すいません。この部屋は4人部屋になっていて、お一人での利用は・・・」
僕は崩れ落ちる。
『なんて国だ。レベルが違う。』
あまりの僕の悲壮感と憔悴した状態を見かねたのか対応してくれたスタッフがオーナーらしき人物を呼んでくれた。
オーナーに直接事情を話すとご好意で割引価格でシングルルームを用意してもらえた。
ただし、それも3日しか用意できないということで3日以内に宿のある他の都市に行くように言われた。
僕は感謝の言葉を何度も伝え、日本語でレビューを書くことを約束した。
もちろん星は5をつけるからと。
その日はシーツにめり込むほど寝たことを覚えている。
本当に中国という国はすごかった。
この後も様々な困難に直面することになる。
最初から最後までとんでもない経験ができる国。それが中国だった。