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昼下がり【エッセイ】八〇〇字

 コロナ禍の中、馴染みのカフェが、閉じた。
 カウンター奥の、いつもの席に座る。文庫本を開く。寿司屋なんかは、鮨をつまみながら本を読むなんて雰囲気じゃないけれど、その店は、マスターそのままの空気が漂い、ゆったりした時が、流れるような、店だった。
 会社をやっている頃。ゴルフの前日は、早めに会社を出て、三時には自宅に戻っていた。
 戻るとすぐに、「445」に出かけた。東京・永福町駅近くにあったカフェ。午後二時から深夜一時まで通しで開いていた。ワインやビールも日中から呑め、私にとっては好都合の店なのだ。テーブル席とカウンター席で二十名も入らない、こじんまりした店だった。
 マスターは、四十代半ば。ホテルのレストランで修行後、三十代後半に独立し、初めての店。余計な話はせずに、ワイングラスを磨いているようなひと。だから、本が読める。
 オーダーは、料理と飲み物をAからCセットと勝手に決めていた。一番は、「鶏モモ肉の皮パリパリ焼き」と白ワイン、Aセットだ。
 カウンターは喫煙席だったので、それが目的の常連が多かった。夕食前に自宅を追われ、タバコを吸うために通っていて、いつも白ワインを飲んでいる八十代の、「お父さん」。イベント企画の、四十代の「経営者男」。ブティックを営む四十代の「マドンナ」。遅めの昼食をとる二十代の「美人さん」など、ゆったりとコーヒーを飲みながら、スマホやPCを操作している。ボソっとよもやま話をすることはあるが、口数は少ない。その一言二言に返す、マスターのブラックなジョークが決まっていた。他愛のない会話を片耳に、読む。
 コロナ禍を機に、永福から新宿に移ったので、ごぶさたしていたが、風のうわさで閉店を知った。昨年末、大腸がんで三か月休業し、年明けからと、意気込んでいたのだけど、ついに、耐えられなくなったようだ・・・。
 昼下がり、ジャニス・イアンの「ラブ・イズ・ブラインド」が、似合う、店だった。

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