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ウォーキング小景(「無敵艦隊」)【エッセイ】一六〇〇字

 狭い歩道で、横に列をなして前をゆっくり歩く人たちには、ストレスを感じる。

 私は性急せっかちな上に極めて身勝手なところがあって、気がせくときに前を歩く人がのそのそしていると、非常に腹を立てる癖がある。くたびれた中年が、こめかみに癇癪すじを立て、奥歯を噛みながら苛々いらいらして足踏みしているのは、どう考えても見よい図ではないので、遠回りと判っていても、なるべく混まない道を選び、上半身を四十五度に傾け、つんのめって歩いている。
 気がせく場合、絶対に通らないようにしている道がある。お花やお茶を習っているひとたちが、大体において中年以上の主婦が多いのだが、団体でお帰りになる道筋である。
 五人六人が道幅いっぱいにひろがって楽しそうにおしゃべりしながら、極めてゆっくりお歩きになる。なかには、羨ましいようなほっそりしたかたもおいでになるが、おいしいものをたっぷり食べ、暮らしの心配もないのであろう、天平美人のようにふっくらとした立派な体格のかたも多い。ただでさえ幅をとるのに、皆さん大きな花の包みを抱えていらっしゃる。
 私は何度か、この集団のあとになってしまい、何とかして追い越そうと頑張ったが駄目であった。
 表通りへ出るまでのたかだか百メートルほどの道である。急いで歩いたところでものの一分と違うまいと思いながらも、やはり、かなわないなあという気がしてしまう。昔、歴史で習った「無敵艦隊」ということばが、ひょいと浮かんだりするのである。
(585字)

 これは、私が書いたものではない(私は、「老年」であるし・・・)。誰のエッセイか、お分かりであろうか。

 狭い歩道で横に列をなして前をゆっくり歩く人たちに、私だけでなくストレスを感じるお方がいらした。性急せっかちな向田邦子である。「向田邦子全集<新版>第八巻」(文芸春秋)収録の『無敵艦隊』にあった。
 書き手が女性であることを伏せるために、一部変えてある。「中年」の箇所は「中年の女」になっている。とてもこんなエッセイは書けない(当たり前)。が、チョー僭越ながら、「私ならこうするな」と、「添削」を試みた(おいおい)。
冒頭の「私は」は、(呑気なひともいる中で、私はという意味で)必要だが、「私は何度か」の「私は」は、“私”なら削除する。「この集団のあとになっている」のは、「私」なので。六〇〇字なら、2字でも惜しむ。
 「身を四十五度に傾け」は大げさすぎ。実際にやってみたが、「歩けません」(急坂ならわかるが)。だが、性急な向田邦子を表現し、内容のキツさを和らげる効果があり、彼女一流のユーモアと受け取る。ま、許そう。タイトルも面白い。あとは良いんじゃないかな(おいおいマジに殴られるぞ)。

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 住処すみかの近くにも、お茶の総本家のようなご立派な建物があるのだが、その付近の路地で、向田と同じ体験をしたことがある。同じ情景を描くと彼女を超える作品になってしまいそうなので(ウソつけ)、違う内容に。

 先日、前を夫婦らしき(愛人関係の雰囲気ではないようなので)60歳代のカップルが、2人の時間を愉しむように歩いている(「仲良きことは美しき哉」)。
 右が女性。一方的に捲し立てている。完全に「お二人ワールド」に入っている。広い歩道に出るまで後ろを歩いてもいいのだが、話を伺っているようで、それも気が引ける。すると、女性がちょっと左にずれた。ここがチャンスとばかりに、左手をのばし、「失礼!」と声掛けして、「カニ歩き」よろしく、抜いた。すると、その女性が、「ああああ、びっくりしたあーーー」と大声で、(あごマスクを素早く戻し)おっしゃる。その声の大きさに、こちらが、それ以上にビックリ。
 <いや、黙って抜くよりも、いちおう声掛けしてと思って・・・>という顔をして、右手でスマン!と、謝った。(339字)

(おまけ)

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(某老人ホーム)

 奥にあるのは大学病院。お隣さんは、お寺。そして右にあるのが・・・・。ホームのうたい文句が、「完備」(-_-;) (開始して2か月経過しても、入所者はいないようだ・・・)

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