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命【エッセイ】二〇〇〇字
「ヘビを捕まえられるの?」「できるよ」という話になった。
コロナが始まってからZOOM句会をやっている大学以来の親友(東京・小平在住)が、「この前さ、川沿いの道を散歩していていたらさ、ヘビがオレと並んでニョロ~キング(ウォーキングのこと)していたんだ」と言う。「えええ! 気持ち悪くないの?」「ぜんぜん」「じゃあ、小さい頃に、ヘビを振り回して、ヘビ嫌いな子に投げたりしていたろ?」「ああ、やったよ」「いたよなあ、そんなヤツ。遠足なんかの時にさ、ヘビを振り回して、オレのほうに投げてくるんだよ。悲鳴をあげたよ」。すると、ヤツは、「振り回すのは、噛まれないようにするためにやるんだよ」「で、石にぶつけて、殺す」と宣う。
ヤツは、岩手県の田舎の出身。ヘビとか、トカゲとか、毛虫とか捕まえていたようだ。私も、北海道のド田舎で暮らしたのだが、ヘビはもちろん、カブト虫でさえも捕まえられなかった。父親が公務員だったせいか、田舎でも街中育ち。どうも苦手だった。出会った時はもちろん、想像しただけでも総毛だつ。さすがに大人になってからは見かけただけでは、ビビることはなくなったが。ま、ゴルフなんてやっていると、そうでなくてはプレーはできない。そんな爬虫類嫌い、(昆虫も含む)虫嫌いの私である。
そんな私が、15年ぶりに黒装束の忍者に遭遇した。11階以上の高層階には侵入しないとの触れ込みで事務所を移転し、いま自宅になっている。創業した時は、新宿御苑前のマンション7階。そのお定まり通りに侵入され、生息していた。それ以来ということになる。
それは、3か月前。まだ子どもの忍者だったのだが、オーディオセットの影に隠れてしまった。その後、姿を見せなかったので、紛争を嫌い撤退してくれたと思っていたのだが、昨日、朝。その子どもが成長したのか大学生くらいの大きさだった。そもそも、その忍者を好むお方などいるはずはないが、ご多分に漏れず、というか世間様以上にビビった。北海道から、東京に来て何に驚いたかというと、この忍者さんの体の大きさである。道産子(というのかどうか知らないけど)は、半分くらいの大きさ。『変身』の虫さんほどではないが、内地のは大きい。完全に引け腰ながらも、一世一代の勇気を振り絞って、何度も格闘。しかし、久しぶりのこと。防衛品の用意もなく、ミサイルなどの敵基地攻撃能力も備えていない。丸めた新聞や、スリッパを手に持ったりして応戦したのだが、相手は青年。前期高齢者では、相手にされずに、オーディオセットの下に逃げられてしまった。
その日一日、いつ反撃されても防衛できるようにと、火炎放射器ならぬ消毒液と、竹やりならぬ、クイックルワイパーなるものを装備。しかし、姿を見せない。敵もさすがに平和憲法を保有するわが部屋は攻撃できないと考えたか、と緊張感を解き、ソファーに足を投げて、焼酎の麦茶割を嗜みながら、ナイター観戦をしていた。
すると、ステルス戦闘機のように、黒い影が後ろから身体の左側をマッハのスピードで通り過ぎた(ということは、後方で待機し攻撃の機会を探っていたことになる。ゾゾゾーー)。気絶する寸前で気合を入れ、ソファーの傍を見ると、スリッパの横に静止しているではないか。不覚をとった。消毒液もクイックルワイパーも離れた位置においたまま。スリッパは、占領されている。なにかないか。ソファーの背の上に、読みかけの向田邦子のエッセイ本『霊長類ヒト科動物図鑑』が目に入った。しかし、これはマズイと、思いとどまり、ティッシュ箱で爆撃したが、敵は姿を消してしまった。もし、その本で潰していたら、大の虫嫌い向田の亡霊に悩まされたかもしれず、とっさの判断は正解であった。
が、敵との戦いは終わっていない。いつ逆襲してくるやもしれず。ナイターどころではない。防衛装備品を手に取り、待ち構えた、短期決戦で勝負をつけなければ、持久戦、夜戦という事態になり、寝られなくなるかもしれない。おびき出す作戦を選んだ。敵に消毒液がかかれば、呼吸困難で弱るとも漏れ聞く。ソファーの影あたりに潜伏していることを想定し、火炎放射器を噴射した。すると、戦術通りに、密林から逃げ出してきた。それからは、絨毯爆撃である。アイスホッケーの選手よろしく、スティックでバタバタと床を叩くのだが、腰引け状態。なので、なかなかヒットしない。が、空振りを繰り返しながらも、ようやく命中する。敵は、片脚を飛ばし、瀕死の重体。残った手脚を必死に動かし、命乞い。ワイパーで最後の一撃をと思い振り上げたが、あとの掃除のことがチラつき、ワイパーのシートを被せ火炎放射器のスプレーをトドメに吹きかけ、戦が終り、平和が訪れた(先の向田邦子は、<嫌いな虫偏のなかでただひとつ好きなのは「虹」>と、書いている)。
最近の緊迫した情勢にほだされたわけではないが、さっそく「ゴキブリムエンダ―」を購入。敵基地攻撃能力をもつ武装は、平和憲法にふさわしくない。あくまでも防衛目的の装備である。
思った。
嫌われ者の敵であるが、なんの罪悪感もなく、ひとつの命をこの世から葬った。戦争でひとを殺すというのは、および腰ながらもこんな感覚なのかもしれないと。
(御口直し)
校正者・牟田都子さんのエッセイがおもしろい。きょうは旧漢字の氏名の話。
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実は、私の姓の「菊」は、戸籍上の正式漢字は、「++」の草冠(らしい)。
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