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崩壊する原子力災害時の”屋内退避”の前提
2024年9月30日、原子力規制委員会で、第5回原子力災害時の屋内退避の運用に関する検討チームが開催された。原子力研究開発機構(JAEA)が、原発に重大事故が起きた場合の、5~30km圏(UPZ)の住民の被ばく線量のシミュレーション結果を明らかにした(既報)。その続き。
シミュレーションの前提は現実世界と隔絶
シミュレーション結果は、被ばく量が、IAEAの判断基準内(100mSv/週の被ばく、安定ヨウ素剤を服用する50mSv/週)に収まったというものだが、その結果には少なくとも以下のような前提が置かれている。
前提1 重大事故が起きても新規制基準が奏功する。★(注 文末へ)
前提2 5~30km(UPZ)圏内の住民は屋内退避している。
前提3 原子炉施設の状態が把握でき、国に情報共有されている。
しかし、会合を重ねるごとに、それが現実世界とは隔絶した空疎な議論であることが露呈していった。そのことを示す参加者達の発言を抜粋、引用していく。
「屋内退避の対象はUPZの一部」は瞬殺→「全域で」
前提2については、第3回会合で一度変更されようとした。規制庁は、新規制基準が奏功した場合には、屋内退避の対象範囲をUPZの一部としたい(第3回資料P4)と考えていた。しかし、自治体参加者から住民目線で次のような声が上がり、瞬殺された。なお、自治体からの参加者は以下の2名(主席者名簿より)。
宮城県 復興・危機管理部原子力安全対策課長 長谷部洋氏(以後、宮城県)
福井県敦賀市 市民生活部危機管理対策課長 藤村弘明氏(以後、敦賀市)
第3回 議事録 P23
○敦賀市(略)屋内退避に関しましては、まず、住民の生活維持という観点では、屋内退避のイメージを明確にする必要があるというふうに自治体側としては捉えております。そこを御議論いただきたいと思っております。
例えば、屋内退避というのはロックダウン的なものなのか、不要不急の外出を控えるものなのか、対象範囲の物流は制限されるのか、通院、診療が必要な住民への対応はどうすべきなのか。あと、エッセンシャルワーカーの方の動き方などをどう考えるのかというのは、一つ大きい議論であると思っております。。
第3回 議事録P37
○宮城県(略)一方で我々(自治体)は、原子力災害対策指針ができてから10年以上かけて住民に対して、「GEイコール15条、そして、すぐ屋内退避」ということを、やっと周知できてきたというところでございます。
今回の議論や、今後シミュレーションの結果を見ながら、いろいろ議論して、場合によってはスキームとか運用が変わってしまう可能性があるということなのですが、そうなった場合に、今度は、その新しい考え方を我々(自治体)が住民に対して説明していかなくちゃいけないということがありますので、今後の要望なんですけど、今後の議論では住民目線に立って、エビデンスもしくは、その根拠をしっかり示しながら議論していただければと思いますので、よろしくお願いします。
宮城県からの発言を受けて、進行役を務める伴信彦原子力規制委員は、「いろいろ議論した結果、何も変えないという結論も実はあり得ます」と終盤で軌道修正を行った(第3回議事録)。机上の楽観論に基づく変更(屋内退避する範囲を狭める)に対し、住民目線からは何が問題かが明らかにされた瞬間だった。
屋内退避を「全域」に戻した理由づけは「不確定要素」
その理屈づけは、「放射性物質の放出影響予測には不確定要素が多く、原子炉施設の状態から屋内退避の対象範囲を判断することは困難」(緊急事案対策室)だからだとした。規制庁は、宮城県に求められた、屋内退避の対象範囲を狭める「根拠を」すら示せなかったのだ。
そればかりではない。「重大事故等対策が奏功している」との判断も「屋内退避の開始のタイミング」(下)の判断も困難。前提1の「重大事故が起きても新規制基準が奏功する」ですら成立が危うくなった。
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「新規制基準が奏功」?「原子炉の状態が国に情報共有』?次々と疑義
前提1「重大事故が起きても新規制基準が奏功する」、前提3の「原子炉施設の状態が把握でき、国に情報共有されている」も疑義が呈された。
第4回議事録 P14
○日本原子力研究開発機構安全研究・防災支援部門安全研究センター/原子炉安全研究ディジョンリスク評価・防災研究グループリーダ高原省五氏(以後、高原氏):(略)はじめにのところで、原子炉施設の状態が確実に把握でき、国に情報共有されていることを前提とするという前提があるんですけども、福島の経験からすると、この前提がなかなか難しかったように思うんですが、この辺について、これ、どの程度前提にし ていいのか(略)。
第4回議事録 P15
○内閣府 自治体とか、そういう一般の方の目線からの御質問になるんですが、新規制基準対応をかなり強力にされているということは、安全度がかなり向上しているという、当然そうなると思うんですが、この重大事故対策が奏功するということの、100%ではないと思うんですが、どの程度の見通しというか、期待というか、そういうのを規制庁側では持っているのか、その辺りを教えていただきたい
こうした質問には規制庁担当者が複数人がかりで回答するのだが、空回りする。そこで、助け舟として杉山原子力規制委員が回答したのは次のようなものだ。
第4回議事録 P15
○杉山原子力規制委員 (略)どのくらいの信頼性をもって対策が奏功するかということに関しては、これ、はつきり言えば、その数字に関係ないんですね。それが50%しかないとしても、99%以上だったとしても、でも、残りの失敗に終わったケースのために、今、我々、議論しているのであって、あまりそこの数字には関係ない。ただし、事業者あるいはこの規制側は、その数字をなるべく高くする努力はしていると、そういう形になります。
新規制基準が奏効する前提で、屋内退避をいつ解除するかということを検討するためのチームであるにも関わらず、100%奏功するのかと聞かれて、失敗に終わったケースのために議論していると、真逆の答えをした。
議論が迷走するなかで、自治体が第4回でも会合終盤で、ようやく口を開いた。
「正直、理解はできていない」
第4回議事録 P30
○敦賀市 今回の議題に関しまして、自治体として、コメントするのはなかなか難しいなというところが正直なところ(略)。その不確定要素が多いこともあってという点につきましては、少々、今後どうすべきかというのは、正直、ちょっと理解はできていないところもございます。 (略)
(屋内退避を)実施後のことでございますが(略)仮に、オンサイトの状況によりまして一斉解除が可能となった場合でありましても、PAZ(5キロ圏内)の状況などに加えまして、例えば、降雨などによりまして、既に放射線量が高い区域などは解除できないことが考えられるなというふうに考えております。
また(略)原子力施設の状況によりまして、継続の期間の判断という問題と、屋内退避中の住民の生活の維持が困難な場合の対応についてという点について、この両立といいますか、対応することにつきましては、大変難しい課題であるなと考えております。いずれにしましても、我々自治体が対応に迷わないように、議論を進めていただきたいなと考えております」
これに対して、伴委員が、「今後の議論で、やはり、その自治体側のニーズであったり、あるいは困難というものを提示していただければ」と述べると、それには、福島県立医科大学医学部放射線健康管理学講座主任教授の坪倉正治氏(以後、坪倉氏)が、提示しろといっても「わかることがわからない」のではないかと、次のようにたしなめた。
第4回議事録 P17
○坪倉氏 すみません、こういう原子炉関係の専門では全くないので、難しい話だと思いながら聞いているんですけれど。(略)
現場の立場からすれば(略)、想像していただきたいんですね、老人ホームに100人、人がいて、ここに一人暮らしの人が1万人いて、この人たちをできるだけ死なせたくないと思っているわけであって、そのために何をすればいいかということを現場は考えているわけです。もちろん技術的に言えば、これは全く正しいんだろうというふうに思います。Uncertaintyがどうか分からない、そうですよねと。どうなるか分からない、そうですよねと。
(略)じゃあ、次の回でオフサイトの議論をしますと。オフサイト側からすれば、いや、オンサイトの情報が分かんないんだから、できるわけありませんよという話にならざるを得んと思うんですよね。それで、じゃあ何が生まれるんですか。(略)こういう話というのは、基本的に国側から、上から下に落ちていくような指揮系統の話がほとんどの中で、現場からこれを出せという話というのは、知識がなくて、やったことのない人に対して、分からないことはありますかと聞いているような感じで、そんなもの、分かることが分からないですよという返事が返ってくるに決まっている」
疑義はさらに続く
国が情報共有しているという前提3への疑義は、高原氏だけからではなかった。
第4回議事録 P24
○坪倉氏 (略)2点ほどコメントしたいなと思いまして。この3ページ目の「はじめに」のところなんですけれども、例えば、5ポツ目のところで赤線を引いているところ、原子炉が確実に停止され、状態が確実に把握でき、さらに、国が情報共有されていることを前提と、先ほど、高原委員からのコメントにもあったと思うんですけども、若干の違和感を感じるのは、例えば、もちろんこの三つがそろわないと判断できない、それはそうだと思う一方で、例えば、国に情報共有されていることを前提というのは、例えば何かが起こって、15分で全部を知っていることは多分できないと思うんですけれども、例えば12時間たってほとんど情報がまだないですというと、それは、どっちの責任ですかというところが全然変わってくるように感じるんですね。(略)
もちろん、情報共有がないと無理だというのはおっしゃるとおりだと思うんですけれども、少なくともここは、例えば、分かりませんけど、これ24時間以降とか、48時間とか、例えばですよ、たったりして、情報共有されていないという話は、普通、何か一般市民の感覚からしたら納得できないというか、何でまだ知らないのというふうに、多分こう思うだろうなという感覚はちょっとあるなと思って、この文章を読んで感じた感想です。それが一つ目。
挙げられた疑義には、原子力規制委員、職員が6人がかりで回答したが、空疎だった。東日本大震災でも能登半島地震でも、原発で何が起きているのはという情報は待てど暮せど出て来なかったのである。前提3は最初から崩壊していた。
なお、専門家の代表格である日本原子力研究開発機構フェローの丸山結氏 (以後、丸山氏)ですら、初めて聞く用語があったようだ。
第4回議事録 P31
○丸山氏 原子炉施設の状態の把握の例として、10ページ目に、これは東京電力ホールディングスの情報の例なんですけれども、COPの説明がありました(略)
COPというのは、私は初めて知ったんですけれども、全ての事業者がこういうのを出すということになっているのでしょうか。
一体、誰のために、新規制基準は功を奏するから屋内退避をさせようという議論をしているのか、違和感が頂点に達するのは、第4回ではなく第5回の検討会合だ。
記録しておくべき発言が多すぎて、長くなってしまったので、いったん切ることにする。
【タイトル画像】
福島県立医科大学医学部放射線健康管理学講座主任教授の坪倉正治氏
★(注)前提1について
★(注)前提1については以下の通りです。前回、3ケース目についての私の理解が間違っていたので、修正してあります。申し訳ありません!
第2回(資料P1)では3ケースとは次のように示されていた。
・ケース1著しい炉心損傷が生じない。
・ケース2著しい炉心損傷が生じるが、冷却・除熱が奏効し、格納容器は破損しない。しかし、放射性物質が漏えいする。
・ケース3著しい炉心損傷が生じるが、フィルタベントが奏功し、格納容器が破損しない。しかし、フィルタベントを通って放射性物質が放出する。
第5回(資料P1)では、それらが加圧水型(PWR)と沸騰水型(BWR)で具体的に書きわけられた。
・ケースA:格納容器再循環ユニットによる格納容器除熱を実施するケース(PWR)
・ケースB:代替循環冷却系による格納容器除熱を実施するケース(BWR)
・ケースC:格納容器過圧破損防止のためフィルタベントを実施するケース(建屋からの漏えいを含む)(BWR)