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原発避難は「弊害」という考え方はどこから来る?

2023年11月28日、茨城県が東海第二原発の過酷事故時に放射性物質がどう拡散するかのシミュレーションを発表した。東海第二原発では、火災防潮堤の不良工事など問題が多発中で、メモに残さなければならないことが山積だが、まずは拡散シミュレーションについてメモをまとめておきたい。


民間企業のためになぜ茨城県が?

東海第二原発は、日本原子力発電株式会社(以後、日本原電)が1978年に運転を開始した45歳の老朽原発だ。なぜ、その一企業の発電所のために県が税金と人材を投入して事故時のシミュレーションを公開するのか。それは県が次のように説明している。

 東海第二発電所から30キロメートル圏内の自治体は、万が一の原子力災害時に備えて避難計画の策定が義務付けられていますが、想定すべき事故・災害は具体的に示されておりません
 このため県では、30キロメートル周辺まで避難・一時移転の対象となる区域が生じ、かつその区域が最大となると見込まれる事故・災害を想定した放射性物質の拡散シミュレーションを日本原子力発電株式会社に要請し、2022年12月に報告書が提出されました。

茨城県「放射性物質の拡散シミュレーション実施結果について」2023年11月28日

つまり、過酷事故を想定した避難計画を自治体が作らねばならないが、どこまで誰が避難すればいいのかの情報がないから、シミュレーションを出せと原発事業者である日本原電に求めた。そして、日本原電が出したシミュレーション結果を、県の第三者検証委員会が「概ね妥当」と評価したので、その結果を活用して避難計画の実効性検証をするとしている。

国はSPEEDIを使わない

1)避難計画の失敗で何が起きたか

福島第一原発(1F)事故前は、国も東電も安全神話に胡座をかき、たとえば1Fから4.5キロメートルの病院や介護施設の患者や入所者が45人以上が亡くなる惨事が起きた。(参考:Tansa「双葉病院 置き去り事件 227人残し「避難完了」(1)」)

2)国会事故調はどう総括したか

避難に関しては東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)が、2012年の報告書第4部「4.3 政府の原子力災害対策の不備」で総括した。他人事の表現になっている主語と述語を、明確にして書き換えると次のようなものだ。

・国の防災訓練は形骸化し、住民は緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)など原子力防災のシステムを理解できていなかった
・放出源情報が得られない場合のSPEEDIの限界を、原子力防災関係者は認識していたが、限界を補う環境放射線モニタリング網の整備を行っていなかった
・保安院や文科省は、SPEEDIは活用できないと考え、避難指示に役立てなかった

(主語と責任の所在が不明確な原文は要約版4.3 政府の原子力災害対策の不備」でご確認を)

3)「SPEEDI使わない」「1F事故の100の1」という規制委見解

2年後の2014年10月8日、原子力規制委員会は、「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の運用について」を決定し、税金をかけて開発したSPEEDIを使わない方向へ転換した。理由は「不確かさを排除することはいずれも不可能である」というもの。その後、自治体が使いたければどうぞ、という無責任な方策が決まった。茨城県のシミュレーションの位置付けはそのようなものだ。

2018年10月17日になると原子力規制委員会は「原子力災害事前対策の策定において参照すべき線量のめやすについて」を決定。事前対策を取ることが合理的な線量は「Cs-137の放出が100TBq」相当だとした。100テラベクレルとは、福島原発事故での放出線量の約100分の1だ。適合性審査に合格していれば、100分の1に収まるという考えだ。安全神話の復活だが、以下の「なお書き」もついていた。

なお、その発生確率が極めて低く、具体的な緊急時計画を策定することが合理的であるとは考えられない極端な事故に対しても、当該事故が万が一発生した場合には、既に定められている防護措置に加えて追加の対策を実行するなど、その時点において取り得る最善の対策を講じることにより、可能な限り影響を緩和するよう取り組む。

2018年10月17日原子力規制委員会
原子力災害事前対策の策定において参照すべき線量のめやすについて

想定外の事故についても「追加の対策」を考えておこうということだ。

県政を監視する記者たちに知事は

それからさらに5年が経過。茨城県のシミュレーション発表当日、県政を監視する記者たちは知事にどう向き合ったか。知事定例記者会見から、要約抜粋する。

茨城(幹事社):拡散シミュレーションが公表されました。22パターン、避難者数なども示されました。知事の受け止めを。
知事:どこまでの避難計画の準備をしていくべきなのかという一つの目安が出てきた。各周辺市町村と一緒に、実効性ある避難計画ということの完成を目指したい。

茨城(幹事社):具体的には。
知事:最大のポイントは、この避難計画の実効性を考えるに当たって、92万人が同時に避難する必要はないということ。最大17万人が避難する。それに対応できるような避難計画を準備すれば、実効性が担保できたと言える。

NHK:市町村とどのように今後連携されていくか。
知事:例えば避難に必要な車両がどれくらい必要になるかとか、あるいは検問、検査するための検問の数ですとか、検査所の数はどうするのかとか、体制をどうするのかとか、様々な広域避難に係る準備について、県が準備を進める過程で、それぞれ避難計画をつくっている各市町村に対しても、必要な調整を行っていく。

NHK:この結果は、いずれ行うことになる知事の再稼働の判断には影響するか。
知事:直接結びつくことはない。まずは実効性のある避難計画がつくれるかどうかということに全力を挙げたい。(略)

NHK:県民の中には、本当にこういった結果になってしまうのではないかとか、第三者委員会からは、これが本当に完全なシミュレーションなのかということについては、少し疑義があったかと思うんですけれども。
知事:いや、疑義ないですよ。それ間違っています。

NHK:追加の試算が必要だということにはなっていたかと思います。
知事:追加の試算というだけで、別に疑義はない、疑義ではあり得ない、そこは正確に伝えてください。

NHK:はい、すみません。その上で県民の方にはこのシミュレーションの結果をどのように受け止めてほしいか。
知事:皆さんの報道にもよるんですけれども、要するに新規制基準による安全対策で考えると、この17万人の避難が想定されるような事故というのはほぼ想定できない

共同: 92万人(*)みんなが避難する計画というのは、現状必要にはなってくるんでしょうか。
知事:92万人が直ちに避難するということはあり得ないということは明らかになった。

東京:今回のシミュレーションは、主に避難計画の実効性の検証をするためにつくったという話、どうすれば実効性があるか、その判断基準は。
知事:要するにどれだけの事故が考え得るのか。そのときどれだけの人が避難する必要が出てくるのか、即時に、その短い期間に。一体何人、どれだけ車両用意したらいいのかがつかめない中で実効性も議論できない。今回のシミュレーションが明らかにしたように、最大でもこんなものだということであれば、それ相応の準備をすれば実効性が確保できると、全ての前提になる。

(*)東海第二原発から半径30キロには約92万人が暮らす。

実は県が公表した22パターンのシミュレーション結果を見ても、どう避難計画の検証に役立つのか、少なくとも私にはわからないが、そのような質問はなかった。

規制委員長「過度な放射線の影響を考えた避難」「弊害」

茨城県発表の翌日、2023年11月29日の原子力規制委員長会見では、耳を疑う問答があった。要約、抜粋する。

○記者 茨城県が東海第二原子力発電所の事故時の拡散シミュレーションを発表しました。委員長の受け止めを。
○山中委員長 規制委員会としての想定すべき事故の規模等については平成30年に見解をまとめて報告したとおり。東京電力福島第一原子力発電所の事故の教訓を踏まえますと、事前に考えておくべき合理的な事故の規模としては、セシウム137相当で100TBq(テラベクレル)程度のものであるのが適当。過度な放射線の影響を考えた避難というのは過去のその1F事故の教訓を踏まえますと、弊害のほうが大きいという認識。

○記者
 福島第一原子力発電所事故の教訓は、やみくもに避難するということではなくて、屋内退避というものを有効に活用しながらということが一番の教訓だった。茨城県の昨日のシミュレーションの中で全く触れられることがないというのは、私はちょっと怒りすら覚えている
○山中委員長 1Fの事故以降、やはり屋内退避の有効性というのは規制委員会でもいろいろ検討させていただいて(略)私も同様の考え方でございます。

○記者 知事は最大でも17万人避難すればいいのだと。それも規制基準を鑑みれば、そこまで行かないとか、17万人といいますと、1F事故の避難者、自主避難者を除いた避難者の中よりも多い数になってしまって、やはりこういうメッセージは、その誤ったメッセージを、印象、メッセージを茨城県の人に与えてしまうのではないか。
○山中委員長 過度な放射線のリスクを考えた避難というのは、実効性のある防災計画であると私は言えないと思います。

2023年11月29日原子力規制委員長会見録より要約抜粋

「なんだこの問答は!」と聴きながら思った。近年、自治体が避難のバスや運転手を準備できないなど、実効性のある避難計画は不可能だという見方がある中で、避難をすることが愚かだとでもいうような「圧」を感じることが多くなった。

イニシャルだらけの段階的避難という考え

原発事故が起きたとき、どういう状態のときに避難させるか、させない(屋内退避)かは国が勝手に決めた。「PAZとUPZにいる人はEALによる段階的避難を」みたいなイニシャルだらけの資料(下図)を出し、全交流電源が喪失しても、5〜30キロ圏内(UPZ)にいる人はまだ避難してはいけない。パンフレットでは「無理な避難による無用な被爆」という表現で行政の指示に従うようにと書かれている。「逃げ出さないなんて、心理的に無理でしょう?」と思う。

内閣府「原子力防災 13. よくある御質問」

「我慢ならない」と思いながらも、怒りを鎮めて手を挙げた。

○記者 事故レベルによって、その原発からどこに住んでいるかによって、逃げる人と屋内退避が求められる人がいるという考え方が、果たして何万人の方に、例えば東海第二の周辺に生きていらっしゃる方に、理解されていると委員長はお考えですか。私は、理解できている人がいないと思うのですが。
○山中委員長 規制委員会の考え方、あるいは、その合理的な事故がどういうレベルのものであるかという考え方について、まだまだ規制委員会としての情報発信が不足しているところもあるかなというふうに思っておりますので、この辺については以前からお話をさせていただいておりますように、規制委員会が立案している原子力災害対策指針等については各地域で説明をさせていただきたい

○記者 多重下請構造の中で、自分が何を、事故が起きたときに何をすればいいのかが分かっていない下請作業員がたくさんいる中で、その事故が合理的なレベルに収まると考えるほうがおかしいなと最近思っている(★)んですけれども、委員長はどのようにお考えでしょうか。
○山中委員長 東京電力福島第一原子力発電所の事故の教訓に基づけば、合理的な起き得る事故のレベルを考えて、対策をきちんと事前に取っておくべきであるというふうに思っております。過度に放射線の影響を考えた防災対策というのは実効性のある防災ではないというふうには考えておりますし、これはもう過去の委員会の考え方を踏襲しているものです。

2023年11月29日原子力規制委員長会見録より
(★)2023年11月22日の原子力規制委員会で「令和5年度第2四半期の原子力規制検査等の結果」が報告され、2023年6月14日、高浜原発での重大事故等対応訓練で、緊急安全対策要員2名が送水車への給油の模擬操作を行なっていないことを原子力規制庁の検査官が発見。2名は給油口の位置を知らなかった。ところが、関西電力は少なくとも2年、2名に要員の力量があると評価していたことが明らかにされた。

国が決めた「段階的避難」の課題を指摘した記者は他にもいた。これにも山中委員長は次のように答えている。

○山中委員長  我々規制当局として努めなければならないというのは、やはり防災の基本となる原子力災害対策指針、これを常に改善していくということ(略)、屋内退避の有効性、逃げるよりは屋内退避をしていただいたほうが有効なのだということを、そういう訓練の中で御理解を深めていただくという、そういうことが必要かなというふうに思っています。

2023年11月29日原子力規制委員長会見録より

東海第二「12.5万人分の避難所不足」

これを書いていると、毎日新聞の記事「茨城の原発事故避難計画、12.5万人分の避難所不足 県議会で公表」(12月15日)が流れてきた。

老朽原発の延命策は、岸田政権のGX基本方針(2023年2月10日)で、国会審議を経ずに国策となった。その中に、次のように書かれた箇所がある。

原子力の利用に当たっては、事故への反省と教訓を一時も忘れず、安全神話に陥ることなく安全性を最優先とすることが大前提となる。

GX基本方針(2023年2月10日)

事故から11年超、やがて12年。「避難所が確保できないと再稼働できないから、避難をさせない」という間違った方向へ行かないよう、自治体も報道機関も、原発事業者だけではなく、原子力規制当局を見張っていかなければいけない時代を迎えていると、私は思う。

【タイトル画像】

内閣府原子力防災 13. よくある御質問「Q4.PAZでは、いつ避難するのですか。」より


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