
ユニバーサルデザインの強化書 248 排除と包摂の視点から考えるインクルーシブデザインのビジネスメリット
排除と包摂の視点から考えるインクルーシブデザインのビジネスメリット
1. はじめに

インクルーシブデザインは、ユニバーサルデザインを実現させるためのプロセスのデザインである。すなわち、あらゆる人が利用しやすい製品やサービスを創出するために、多様なユーザーの経験やニーズを取り入れる手法である。近年、企業がこの手法を採用することで、社会的価値を創出しながら経済的利益を向上させる事例が増えている。本稿では、「排除」と「包摂」の視点からインクルーシブデザインのビジネスメリットを検討し、その有効性を論じる。
2. 排除のコストと市場機会の損失

2.1 排除による経済的損失
従来の製品・サービス設計では、ターゲット市場を特定し、主要な消費者層に焦点を当てることが一般的であった。しかし、このアプローチは意図せず特定の層を排除し、大きな市場機会を逃す可能性がある (Norman, 2013)。
例えば、高齢者や障害者を考慮しない設計は、これらの消費者を取りこぼすだけでなく、家族や支援者を含めた市場規模の縮小を招く。国連の報告によれば、世界人口の15%が何らかの障害を持ち (WHO, 2011)、これを考慮しない企業は潜在的な顧客基盤を狭めているといえる。
2.2 ブランド価値への影響
排除は経済的損失だけでなく、企業のブランド価値にも悪影響を及ぼす。社会的責任を重視する消費者が増えている中で、包括的なデザインを欠く企業は倫理的観点からも批判の対象となる (Kotler & Lee, 2005)。
3. 包摂によるビジネスメリット

3.1 市場拡大と新規顧客の獲得
インクルーシブデザインは、多様なユーザーのニーズを積極的に取り入れることで、新たな市場を創出する。たとえば、AppleのVoiceOver機能は、視覚障害者だけでなく、運転中や多忙な状況でのユーザーにも利便性を提供し、広範な支持を得ている (Mace, 1998)。
また、デザインの包摂性が高いほど、異なる文化や価値観を持つグローバル市場にも適応しやすくなる (Brown, 2009)。
3.2 イノベーションの促進
インクルーシブデザインは、多様な視点を取り入れることで、革新的な製品やサービスの創出につながる。IDEOが提唱する「デザインシンキング」の手法では、異なる背景を持つ人々との協働が新たなアイデアを生み出す要因となる (Brown, 2009)。
また、多様な利用者の課題を解決する過程で、汎用性の高いデザインが生まれ、結果としてユニバーサルデザインの理念に近づくことになる (Buhler, 2016)。
3.3 企業の社会的評価とブランド向上
インクルーシブデザインの取り組みは、企業の社会的評価を高める。CSR (Corporate Social Responsibility) の観点からも、包摂的なアプローチを採用する企業は、消費者や投資家からの信頼を得やすい (Porter & Kramer, 2011)。
4. ユニバーサルデザインとの関係

ユニバーサルデザインは「すべての人にとって利用しやすいデザイン」を目指しているが、その実現には適切なプロセスが必要である。インクルーシブデザインはそのプロセスとして、多様なユーザーの参加を促し、デザインの包摂性を高める (Steinfeld & Maisel, 2012)。
この違いは、単にアクセシビリティを考慮するのではなく、初期段階から多様なユーザーの意見を取り入れ、より適応性の高いデザインを生み出すことにある。このアプローチは、結果的にユニバーサルデザインの実現を促進する。
5. まとめと展望

インクルーシブデザインは、排除を回避し、包摂を促進することで、企業に多くのメリットをもたらす。市場の拡大、イノベーションの促進、ブランド価値の向上といった点において、競争力の強化につながる。
また、ユニバーサルデザインの理念との親和性が高く、包括的な社会の実現に貢献する手法である。今後のビジネス戦略において、インクルーシブデザインの導入は不可欠となるだろう。
参考文献
* Brown, T. (2009). Change by Design: How Design Thinking Creates New Alternatives for Business and Society. HarperBusiness.
* Buhler, C. (2016). Design for Inclusion: Creating Accessible and Universal Products. MIT Press.
* Kotler, P., & Lee, N. (2005). Corporate Social Responsibility: Doing the Most Good for Your Company and Your Cause. Wiley.
* Mace, R. (1998). Universal Design: Housing for the Lifespan of All People. Center for Universal Design.
* Norman, D. (2013). The Design of Everyday Things. Basic Books.
* Porter, M., & Kramer, M. (2011). Creating Shared Value. Harvard Business Review.
* Steinfeld, E., & Maisel, J. (2012). Universal Design: Creating Inclusive Environments. Wiley.
* WHO (2011). World Report on Disability. World Health Organization.
Think Universality.
Think Difference.