数の原理だけで環境問題を解決して良いのか?
私の周りには海が好きな人がたくさんいます。ただ感情論だけで反対してるのでは?と思うこともあって、あえて書かせてもらいます。
石垣島の人工浮島リゾート施設(ポンツーン)、JTBはその建設を断念したとニュースになっていました。周辺域の生態系を考えると良いことではないでしょうか。他県に住んでるとは言え、海で仕事してる自分としても一安心であります。
ただこの件はchange.orgでも署名を募っていましたが、果たしてどれだけの人が実態を理解しての署名だったのか?と思ってしまいます。
思うに「海洋環境の破壊は良くないから」という理由だけで、反対票を投じた人もいるだろう。それも沖縄の、石垣島の人ならまだしも他県の人とかもいるのでは?と。
そして仮に地元で100人中、97人が建設反対、3名が賛成であった場合、その3名の意見や権利ってどうなってしまうんでしょうか?
世の中は基本的に功利主義で成り立っているので多数決は致し方ないことも事実であります。
ただ3名の、マイノリティの意見も尊重すべきでしょう。離島などはどこ行っても経済的に困窮しているはずです。その経済効果としてポンツーン建設を考えた人もいるはずですから。
そこに他県の人たちが割り込んで「反対!」と言うのはちょっと暴力と変わらない。
今月、イルカ漁が今も行われている和歌山の太地町に行ってくるのですが、個人的な印象としてどこかそこでの問題と被ってしまうのです。
世界中の人たちが「イルカの追い込み漁は残酷だと言っている。そう思っていないのは太地の人だけだ。だから古い伝統は捨てるべき」と言う具合に太地という小さなコミュニティが悪とされてしまっている。
映画『Behind The Cove』の中でも外人活動家は「簡単なことだ。今すぐイルカ漁を止めて明日から別の仕事を見つければいい」と何とも無責任な発言をしていました。皆が反対してるんだから止めて別の仕事しなさいってどういうこと?と思いました。
石垣島のポンツーン建設問題も重要ですが、身の回りにある問題も考えるべきでしょう。
例えば自分では料理後に出た生ゴミ、それを堆肥にしたいと思っています。しかしマンションに住んでいるんで堆肥は必要ありません。都会にはなかなか土というモノがないのです。ゴミ減量の思いとは裏腹です。
都会に住む者として、石垣島も大切ですがこれらの問題の方が重要かなと思っています。身の回りにはまだまだ多くの環境問題があるでしょう。
まとめますと以下のようになるのでは?
数の原理だけで決めてしまうのは怖い。
部外者(他県の人)が意見を言うときは慎重になるべき。あくまでもブームとか感情にながされるべきではない。
身の回りにも環境問題はたくさんあり、大きなニュースになることだけが環境問題ではない。
そう感じました。
そしてこのような問題、まだまだ国内にありますね。例えば小笠原諸島での空港建設問題も同じでしょう。
これも句稿が必要か不要かは、部外者は冷静に見つめていきましょう。