「コスパを最大化する新入社員教育とは」~ムリ・ムダ・ムラのない対策で定着・戦力化を図る~
はじめに
終身雇用制度の崩壊。そんな言葉が飛び交うようになった。新卒で入社した会社で定年まで勤め上げる。
そんな時代は終わりを迎え、これからは年功序列ではなくスキルに応じた給与制度、つまりジョブ型雇用に移行していくと言われて久しい。
そんな流れもあいまって、「つらかったら逃げてもいい」という価値観が多くのメディアで発信されている。
では今の若者の早期離職、ここでの定義は「3年以内に退職してしまう新卒者」の割合はどうなっているのか。
31.2%
この数字が、厚生労働省が「新規学卒就職者の就職後3年以内の離職状況」(令和3年10月22)で発表した、大学を卒業して就職した人材の最新の早期離職の割合だ。
3割程度。この平均は昔も今も、認識として私は違和感がなかった。ただ、これはあくまで平均というところに着目していただきたい。
事業規模で分類すると下図の通り、100名未満の会社では4割、30名未満の会社では実に5割の新入社員が3年以内に退職へと至っているのだ。
これは、企業にとっては大きな損失である。なぜなら、採用にかけた投資のリターンを得る前に、つまり人材が育って会社に貢献する前に退職に至っている可能性が高いからだ。
このように会社がかけた採用のコストに対して損失を出さず、パフォーマンスを最大化するための施策を本記事では考察していきたい。
1) 新入社員にかかったコストとは
まず、新入社員の採用にかかるコストをおさえておきたい。「2019年卒マイナビ企業新卒内定状況調査」によると、新卒社員における採用単価の平均は1人あたり48万円であった。
また、リクルートの「2019就職白書」によれば平均採用単価は73万円。つまり、業界、業種でばらつきはあるものの平均すると1人あたりおよそ50~70万円のコストがかかっている。
近年の採用はこれまでよりも選考フローが複雑化したこともあり、この2019年の発表当時よりもさらにコストが上昇している可能性がある。
こちらのコストはいわゆる外部コストである媒体やナビサイトへの掲載料と、内部コストである人事担当の人件費や交通費などを包括した金額だ。
これらのコストに加え、新入社員が成長した後に会社にもたらしてくれる利益を考慮すると、早期離職による会社の損失は大きいことがわかる。
では、このような損失を防ぐ上で、会社が新入社員を迎える前にできることは何があるだろうか。
2) 既存社員にしておくべき教育とは
本記事の表題に示した「コスパを最大化する新入社員教育」を実現するには、新入社員を迎える前に既存社員の教育に注力しておきたい。
経営者や人事が課題感を持って新入社員教育に注力したとしても、配属された現場で経営者や人事と全く異なる価値観や意図で既存社員が接することがあれば、それが会社の不信感へとつながり、退職の温床となるからだ。
会社のMVV、すなわちミッション、ビジョン、バリューの中で、バリューについて改めて既存社員に浸透するなどの施策。
それは新入社員の入社前にあわてて実施するものではなく、常日頃から全社会議等の機会を通じておこなっていくものなのでここでは割愛する。
それより、新入社員が上司や先輩に対して不信感や不満を抱く場面に対して予め布石を打っておきたい。つまり、次のような不満を取り除いておきたい。
これらの10項目に対し、あなたの会社の管理職、また先輩社員たちはどれぐらいあてはまるだろうか。
新入社員のモチベーションを上げる施策を検討するよりも、このようなモチベーションを下げる要因を取り除くことのほうが先決だ。
本当であれば1つでもあてはまってほしくないところだが、もし3つ以上あてはまる人材が職場にいるようであれば、先にその社員の教育に注力するか、新入社員と接しないような部署配置にする必要がある。
厄介なのはこれらの項目があてはまる人材に限って、新入社員の退職の申し出に際し、入社前の説明内容に不足はなかったのかなどと人事側に責任を置いてくるのだ。
このような社員を教育するには、評価制度を構築して終わりにするのではなく、経営者が自ら理念を何度も発信できるとよい。ただ理念を浸透するには定期的に1on1をしていく必要がある。
もし難しいときは人材教育のプロにお願いし、外注してでも既存社員の教育に注力することで、新入社員が安心して働ける環境を整えたい。
これらの環境を整えた後に、いよいよ新入社員へのアプローチが可能となるのだ。
3) 配属の前に新入社員にしておくべきマインドセットとは
あなたの会社では新入社員への教育プログラムはどのように設計されているだろうか。入社時に研修はおこなわずに、いきなり部署に配属してOJTにて育成をはかるという会社も珍しくないだろう。
OJTのメリットはすぐに仕事を覚えてもらえるという点だが、デメリットは属人化しやすく、教える側の能力によって新入社員の成長度合いが左右されて再現性が低いところだ。
さらにOJTでは技術や仕事のやり方の継承に重点が置かれやすく、社会人としてのマインドセットは後回しになってしまう。
社会人としてのマインドセットをおろそかにすると、様々な場面で訪れる迷いや悩みに対して新入社員の自助努力では解決が難しくなる。
私はこれまでの教育業界での知見やトップマネジャーとしての経験から、Off-JT、つまり仕事を離れて講義を受講する形態によるマインドセットの研修こそが人材定着、はては会社の利益に貢献する素養を作る大事な教育だと確信している。
マインドという表現だと「稼ぐ力」に比べて軽んじる人間も出てくるが、要は「人間力」の向上を指している。
ではどんなマインドセットの研修を施したら良いのだろうか。その話に入る上で、前提を整理しておきたい。教育には大きく分けて3種類存在する。
⑴事前指導
⑵現場指導
⑶事後指導
このうち最も大事なのはどれか、おわかりだろうか。最も大事なのは事前指導である。事前指導の役割は、次の2つだ。
①納得感のある伝え方でルールを予め周知しておくこと
②仕事をする中で抱く不安に対し、捉え方を変えられる布石を打っておくこと
例えば①の例として、職場の身だしなみについて事前指導に注力した場合と注力していない場合とで比較してみる。
■事前指導に注力している場合
◇事前指導
「当社ではいつ取引先が来社するかわからないので、誰が見ても好感の持たれる身だしなみを心がけてほしい。誰が見てもというのはつまり、誰か1人でも不快に感じたら、それは修正する必要があるということだ」
(後日、新入社員が髪を染めてきた)
◇現場指導
「その髪色は、当社では少し明る過ぎるな。接客するにあたって、私と同じように不快と感じる人も出てくるだろう。誰か1人でもと伝えてあったと思うので、そこは改善してほしい」
(事前指導で周知されていたため、納得し、改善)
◇事後指導
改善されたため、特になし
■事前指導に注力していない場合
◇事前指導
(身だしなみについて特に触れない)
(後日、新入社員が髪を染めてきた)
◇現場指導
「その髪色はちょっと気になるな。常識的に見ても、改善したほうが良い」
(A先輩と自分との髪色の違いがいまひとつわからず、なぜ自分だけ指導されるのか納得いかない)
◇事後指導
(後日面談時に、新入社員側から髪色の基準について質問される)
説明に追われ、しかし一貫性を持った説明ができず、無駄な不信感を与えてしまう。新入社員が周囲に愚痴をこぼすようになり、職場の風土を立て直すのに多大な労力がかかる。
以上は極端な例だが、本質として伝えたかったのは、事前指導に労力を前倒しにすると事後指導の労力を減らせるという点だ。
これを「フロントローディング」という。元々は製造業界の言葉で、計画、設計時に労力をかけずにおろそかにすると、後々の工程で修正が生じ、より多くの労力が割かれることを意味している。
新入社員研修も同様で、新入社員の入社時に事前指導をおろそかにすると、事後指導に多くの労力が割かれることになる。
次に新入社員研修における事前指導の役割として先ほど挙げた2つのうち、②「仕事をする中で抱く不安に対し、捉え方を変えられる布石を打っておくこと」の例を挙げていきたい。
わかりやすくするために仕事をする中で抱く不安を症状、捉え方を変えられる布石を処方薬として整理する。
症状1 上司、同僚を尊敬できず、ハズレガチャを引いたと思い悩む
処方薬
どんな人間関係、どんな職場であろうと、環境を良くしていくのは自分だという「自責型思考」を入社時に身につけてもらう。
ここでいう自責型思考とは、責任を自分に置くことで成長につなげていくという主旨で新入社員に伝えるものではない。
責任の所在という観点は外し、「この状況を作っているのが自分だとしたら、再発防止のためにどんな打ち手があるか」という仮説思考で捉える態度のことを指している。
そうすると、この状況を作った要因が何であれ、同じ状況を生まないための前向きな対策を検討することができる。
環境のせい、人のせいにするのではなく、この職場環境を作っているのが自分だとしたら変えていくにはどうしたら良いか、そんな前向きな思考にすぐに移れるように促していく。
人は打つ手がない、どうしようもないと考えているときにストレスを感じやすい。そのため、この仮説思考で捉える「自責型思考」は新入社員のストレスを軽減するためという主旨で伝えていくことが大切なのだ。
これらのスタンスを形成するには、概念を教えるだけでなく、実際の現場で起きうるケースを用いたケーススタディが有効だ。
例えば上司にアポイントを取ったとき、当日になったら上司がそのアポイントを忘れてしまっていた。そんな状況に陥ったとき、「この状況を作っているのが自分だとしたら」という態度で捉えるとどんな打ち手があるか。実際に新入社員に考えてもらう。そうすると、新入社員からは1週間前にリマインドをおこなうとか、スケジュールに実際に反映されているか確認する、などの対策が提案される。
大切なのは、忘れていた上司のせいにしていないということだ。あくまで自分の行動で起こりうるストレスに対処できるように教育をしておくと、結果として新入社員をストレスから守ることになる。もちろん、アポイントを忘れるような上司がいることが問題だが、ここでは例題としているだけなので、その点の補足は割愛したい。
症状2 同級生と比較し、この会社に入社したことは間違っていたかもしれないと迷い始める
処方薬
この症状は特に、入社1年目のゴールデンウィークを迎えたときに抱きやすい。ただでさえ、学生と社会人のギャップに苦しみ、何に気を使っているのか自覚しないまま4月の1か月間を過ごす。
新入社員が社会人として初めて過ごした1か月間は、想像以上に疲労を感じているはずだ。
そんな中、久しぶりにゴールデンウィークでは学生時代の仲間と時間を共にする。
そうすると、同級生は自分が感じているような疲労の色は見せず、充実したエピソードばかりが共有される。同じ1か月間なのに、既に差が開いているように感じてしまう。
迷いを感じながら働いていること自体が、自分の選択は間違っているのかもしれないという不安の誘因となるのだ。
そこでゴールデンウィークに入る前に、そもそも選択には正解も不正解もないという価値観を共有しておく。人生における選択肢には〇と×があるのではなく、どの選択肢にも〇と×があり、結局〇にできるのは自分の行動だけだということだ。
例えば大学受験において浪人という選択肢を正解にするのは、浪人時代にどれだけ努力するかということであって、浪人という選択肢自体には正解も不正解もない。
そのため、ゴールデンウィーク中に学生時代の仲間と過ごす時間の中で、「自分の選択は合っていたのかという迷い」を社会人1年目は誰もが感じるものであることを予め新入社員に周知しておく。
そうすると、いざその不安を感じたとしても、その選択を正解にするのはこれからの自分の行動だと奮い立ってくれるのである。
症状3 失敗が続いて先輩から指導を受けることで、この仕事には向いていないかもしれないと悩む
処方薬
症状2で示したゴールデンウィーク明けの迷いから脱却した後は、この症状3が表れ始める新入社員がいる。すなわち「職業適性が自分にはないのではないか」と悩み始める症状だ。
この症状は、上司や先輩は察することが難しい。失敗が続いて本人が気落ちしている表情は見受けられるので、上司や先輩は失敗に対するケアやフォローをしている。
しかし失敗自体への悩みよりも、もっと深いところで本人が自己処理をしてしまう種類の悩みであり、気づかないうちに勝手にこの仕事は自分には合わないと結論を出されてしまうものだからだ。
そんな事態を防ぐには、前述のとおり、事前指導がもっとも有効だ。失敗が続くと、誰もがこのような悩みを抱くことを事前に周知しておく。このような悩みを抱えた人間は「自分だけじゃない」と理解してもらう。
そのために、予め上司や先輩たちが経験した失敗談を共有しておきたい。失敗した事実と、どう乗り越えたかという経験に加えて、そのときに抱いた感情まで共有できると良い。
それらの失敗談を共有した後のゴールは、職業適性は入社時に備わっているものではなく、仕事に慣れることで開発されていくものだという価値観を浸透することだ。
症状4 目標を立てるように言われたが、まだ仕事での目標を立てられるほどやりたいことが無いと悩む
処方薬
社内研修のゴールとして多いのが、新入社員に目標を立案してもらうもの。これは人材育成の引き出しとして、目標と現状の間の課題を埋めることが成長の王道だと考えている人が多いことに起因する。
さらに結果を残している有名なアスリートのほとんどが幼少期から夢を持ち、その夢を叶えるために必要な準備を愚直に継続してきたという目標達成方法がビジネスの世界でもよく引用されることで、上司や先輩も新入社員に目標を持つことを強要してくるのだ。
つまり、WILL(やりたいこと)があれば、目の前のMUST(やらなければならないこと)を頑張ることができ、その結果としてCAN(できること)を増やしていくことでWILLを達成するという考え方が前提となっている。
果たしてそうだろうか。そうなると、WILLがない人は無理やりにでも目標を見つけなければならなくなる。
そんな形で無理やり設定した目標のために、人は頑張り続けることができるのだろうか。多くの場合、その目標は形骸化し、研修を乗り切るためのその場しのぎの目標になってしまう。
ではどうしたら良いのか。先ほどの「WILL ― CAN ― MUST」の順番を変えることの大切さを新入社員には共有すると良い。やりたいことなんてなくて良い。誰もがそうだ。それよりも、まずは目の前のMUSTに全力で取り組んでほしい。
その過程で、できる限りCANを増やしてほしい。そうしてCANが増えてくることで、結果としてWILLを見つけてくれればそれで良い。だから、目標を立てるとしたら、MUSTに関することで立案してみると良い。
そんな価値観を共有しておきたい。
これらの価値観を共有しておくことで、「目標を立てられない、やりたいことがない」と新入社員が思い悩むことを予め防ぐことができるのだ。
症状5 「君はどうしたいの?」という問いに答えられず、上司や先輩の正解を探る仕事しかできない
処方薬
この症状には、2つの要因が考えられる。どちらも新入社員側でクリアするというより、上司や先輩側のアプローチ方法に問題がある場合が多い。
①手段、やり方への指摘が多く、その指摘にも納得のいく説明がなされない
「君はどうしたいの?」という問いをしながらも、普段、新入社員が考えたやり方に対して、頭ごなしに否定することが多く、否定する理由もはっきり説明がなされない。そんな環境下だと、新入社員は自分で考えることをやめ、上司や先輩の正解に合わせるようになる。
やり方に正解がない案件なら、まずはやらせてみるという度量が必要だ。たとえ過去にうまくいかなかったやり方だとしても、それはやり方に問題があったのか、やる人に問題があったのか検証が不十分なのであれば、その失敗事例を予め共有した上で、それでもなおやってみたいということがあれば任せてみる。
自分で考えて行動できる人材を欲している企業ほど、実は自主性を損なわせているのは既存社員の日常的な指導が原因であることが多い。
「君はどうしたいの?」を本当に浸透したいのであれば、ゴールとルールだけ伝えて、あとは好きにさせてみるという文化を作れるように既存社員の教育が重要となってくるのだ。
②考え方の軸を共有されていない
「君はどうしたい」を生み出すには、その会社、その事業部が「何のため」に仕事をするのか、定義を浸透している必要がある。
例えば「お客様のため」とひと口で言っても、目の前のお客様のためなのか、将来のお客様のためなのか、過去のお客様のためなのか。人によって捉え方は異なる。捉え方が多数あるということは、人によって軸が異なるということだ。
人によって考え方の軸が異なる会社の中では、「自分のこうしたい」という想いが会社の方向性とマッチしているかどうかがわからず、ただ自分がやりたいだけなのか、会社のためになるのか判断が難しい。
そのため、新入社員には、仕事に対してどんな考え方を持つことが会社にとって望ましいことなのか、言語化して伝えていく必要があるのだ。経営理念に込められた意味、意図を浸透しよう。
症状6 すぐにタスクがいっぱいだと感じ、大した仕事量でもないのに追い込まれている
処方薬
上司や先輩からすると、そこまで業務を託しているつもりはない。でも新入社員からすると、どんどん仕事を渡されている。仕事が終わらずに毎日不安を抱え、帰宅時も就寝時も気が休まらない。
そんなミスマッチが起こる。これは、上司や先輩が優秀であればあるほど起きうるミスマッチだ。
上司や先輩が新入社員の頃に特に先輩から教わった記憶がなく、なんとなく見ていたら仕事を覚えていったという経験を持っていると、新入社員がどこでつまずいているのか想像ができない。
だから、作業にかかる時間の見積もりが上司と新入社員とで大きな開きが生じるのだ。
すぐに終わる作業と思って上司が依頼すると、新入社員にとってはすぐに終わる仕事とは思えずに、これまで抱えていた仕事も終えられていないのにという不安を抱きやすい。
ではどうしたら良いのか。新入社員の不安が表情に現れるようになったら、または大した仕事量でもないのに時間外労働時間が多くなってきたと感じたら、1on1をおこなうべきタイミングのサインだ。その1on1の場で業務整理をしてあげよう。
業務整理とは今抱えている業務を新入社員に挙げてもらって書き出していくことに加えて、ゴールまでのタスクを一緒になって検討する作業のことだ。
タスク自体は教えてあげるのでも、新入社員から答えを引き出す関わり方でもどちらでも問題ない。そうして書き出していったタスクに、ゴールから逆算した妥当な締め切りを設定していくことで、同時並行として進める必要がある仕事を少なくしていってあげるのだ。
大事なのは、抱えている業務を可視化することの大切さを伝えることだ。不安を抱えて混乱する人の特徴は、頭の中だけで仕事を抱えていく傾向がある。
そのため、すべての仕事を同時に抱えてしまう。実際には仕事を細かく分解すると、同時に取り組むべき業務は減らせるにもかかわらずだ。
タスクを書き出して締め切りを設けていく癖を習慣化することで、大した仕事量でもないのに追い込まれてしまう新入社員の悩みは払拭できる。
症状7 社内の締め切りを優先し、社外の取引先とのやり取りを後回しにしてしまう
処方薬
新入社員にありがちなのが、失敗したときに社内の人間関係のほうが直接的な被害につながりやすいことから、ついつい社内での依頼業務を優先してしまう。
結果として、上司や先輩の知らないところで社外の締め切りを後回しにしており、取引先の信頼を大きく損ねるという事態が生じる。
取引先からの訴えで上司が事態を把握できたときには、問題が大きくなっている可能性が高い。そこで上司から新入社員に問いただす。
そうすると、新入社員は引け目を感じ、自信を喪失する。あるいはそもそもそんな事態に至ったのは上司に相談をしづらい環境下にあることに責任転嫁し、次からは気をつけようという気概を持つよりも先に転職を検討し出す。
これを防ぐためには、基本的には外部を優先するという判断軸を予め浸透しておく。
さらには日常的に新入社員が今どんな業務を抱えているのか把握しており、社外の締め切りを守れなくなる恐れがあったときには、新入社員のほうから相談してもらえる関係性の構築がなされていると良い。
症状8 伝えたのに、人が思った通りに動いてくれないとストレスを抱える
処方薬
ある程度1人で仕事をまわせるようになると、今度は周りが協力してくれないと嘆く新入社員が現れる。
症状1で記載した処方薬である「自責型思考」をもってしても、周りの協力を得るとなると、視野が狭くなっているのだ。
そんなときは相手にあわせて伝える作業の解像度を上げる努力に目を向けられるように、予め教育しておく。
伝わったというのは相手の言動を変容できて初めて伝わったと言えるのであり、言動を変容できていないのであれば言っただけ、伝えただけという価値観を共有するのだ。
指示をどれだけ細かく伝えられるかといった類のケースワークを通じて、普段の自分の言葉がいかに足りないのかということに気づける体験をもたらすと、自分の伝え方を省みるのにとても有効だ。
症状9 人の評価や陰口、噂に心を痛める
処方薬
新入社員は、上司からの評価や先輩が口にしていた言葉などを伝え聞くと、あたかもそれが事実かのように捉えて心を痛めることがある。これを防ぐには、予め情報との接し方を教育しておいたほうが良い。
まずは三現主義だ。つまり、現場・現物・現実主義を情報との接し方の態度として新入社員に身につけてもらう。
その言葉が発せられた場にいたわけではないのであれば、自分の目と耳と心で接した情報こそ大事にすべきだということを事前に教育しておくのだ。
もう1点は、一方から聞いた情報だけで事実を掌握した気にならないということだ。
その情報をもたらした側の言い分は聞けているが、もう一方の言い分を聞いてみないと客観的な態度で判断ができないということは早いうちに教育しておこう。
最後に、事実と解釈を分けて聞く耳を持つこと。新入社員は、周囲の解釈も情報として捉えてしまい、事実ではないにもかかわらず、根も葉もない噂に狼狽し、落胆する。
それは事実なのかといった視点は新入社員を余計な心労から守るだけでなく、新入社員の報連相の精度も高まるので入社時に教育しておきたい。
症状10 給与に対して不満を持ち始める
処方薬
給与=自分に対する評価と捉える人間が出てくると、もっと自分は能力があるはずだから高い評価を得たいと勘違いする社員が出てくる。
いわゆる義務を果たす前に、権利を主張する社員が発生するのだ。
そうなる前に、給与は定期的に当たり前にもらえるものではなく、本来はどれだけ貢献したか、価値を提供したかが問われるものだということを教育しておきたい。
価値を提供した結果が給与であるならば能力は手段であって、能力があったとしても、その能力を発揮して先に価値を提供する必要があるという価値観を育めるからだ。
その他にも新入社員が陥る症状はあるが、今回は特に退職の温床となりやすい症状に対して処方薬を列記した。
これらの症状に対し、貴社は事前指導として対策は打てているだろうか。ぜひ振り返ってほしい。
4) 事前教育にリソースを割けない場合の対策とは
「3)配属の前に新入社員にしておくべきマインドセットとは」で伝えてきた症状と処方薬は、処方薬と表現こそしているものの、理想としては前述の通り、処方薬の内容を事前指導として教育しておくことだ。
症状を抱えてからでは、新入社員にまずは聴く耳を持ってもらうことに多大な労力を割く必要が生じるからだ。
また、社内の風土改革の一環として新入社員研修をOff-JTとして導入を検討している企業は注意したい。
繰り返しになるが、新入社員にこれまで示したような処方薬を事前指導として注力したとしても、そもそも現場で接することになる既存社員のマインドセットを果たせていないのであれば、ギャップを生むだけだからだ。
改めて新入社員教育を導入するのであれば、先に既存社員の事前指導から設計をしたほうが良い。多くの企業がここの労力を惜しんで、つまりフロントローディングをすることがなく、新入社員にだけ労力を割き、研修効果を半減させてしまうのだ。
そのため、事前指導を行う上で、社内ではリソースを割けない企業も出てくるだろう。またリソースはあっても研修を実践する上で知見が及ばない企業もあるだろう。
それこそ新入社員に伝えただけで、伝わらない事前指導になってしまっては効果的とは言えなくなってしまう。
そんな懸念を抱える企業は、人材教育のプロに外注するのも1つの手だ。その理由は2つある。
①新入社員に伝わる研修を事前指導として実施できる
②社内で研修を準備できるほどの知見も労力もない企業こそ新入社員の早期離職率が高い
①②に示した背景がありながら、従来どおりOJTのみを実施した場合、新入社員の症状を改善する処方薬は渡せず、せっかく採用時にかけたコストをムダにしてしまう可能性が高い。
何回かプロに依頼し、その研修に社内の人間が同席することで、いずれ内製化できるようにすれば、コストパフォーマンスを最大化できるはずだ。
5) 「知っている」から「できる」に変えるための鍵とは
1)~4)で示した取り組みを実施できれば、「事前指導」としての新入社員教育はコストパフォーマンスの最大化に成功できたと言っても良いだろう。
ただ、事前指導として処方薬を煎じたとしても、自助努力でクリアできる人間と、支援があればクリアできる人間に分かれる。
後者のタイプに職場に定着してもらうには、事前指導で伝えてきた内容を知っているだけでなく、できるようになってもらう必要がある。
それは事前指導ではなく、現場指導が鍵になる。ここで効果が高い現場指導は上司、または信頼できる先輩と新入社員との1on1だ。
この1on1に携わる人間は、前述の処方薬に示した言動を実践できている人間が望ましい。もし、内部にいなければ外部の人間でも良い。
研修は意味がない。そう主張する人がいる。なぜならその場ではやる気になっても、結局行動を変容できる人はごくわずかだから。
しかし、この主張を述べる人は研修の位置づけを前提として間違っている。研修は、その研修の場で今後の行動を変容することを期待するものではない。研修の狙いは2点だ。まず1点目について触れていく。
①社内における共通言語を獲得すること
社内における共通言語を獲得することは、わかるようでわからない人も多いと思うので例を挙げる。
心理学用語で「ドライバーズ効果」という言葉をあなたは聞いたことがあるだろうか。
これは目的地に到着する上で車の運転手は目印を見つける。また曲がり角に何があったか無意識に記憶することで、目的地に到着するための道を覚えるが、助手席にいる人間は運転者に比べるとあまり道を覚えていない。つまり、学習するためには当事者意識が重要であるということを端的に表した言葉だ。
このことから、ただ会議に参加している助手席に座っているだけの人間と、案件者と同じ意識で運転者のつもりで会議に臨んでいる人間とでは、その会議で得られる経験値がまったく異なっていくという事例を研修で発信する。
すると、多くの人はこの事例を聞いたことで、社員の会議への臨み方に変化が起きてほしいと期待し、その変化が見られないと「研修は意味がない」と落胆する。ここで大事なのは、共通言語は獲得済みであるということ。
もし、会議への臨み方に変化が見られない社員がいた場合、「今、助手席に座っていない?」という問いかけが可能になるということだ。
この問いかけが社員同士でお互いになされるようになることで、会社の風土として定着する。そうして意識が変わった者から変わりきれなかった社員へ伝播することで、研修効果を最大化していくのである。次に2点目について触れる。
②意識を変えること
研修の成功を、多くの人が言動を変容できるほどの理解、つまり「腹落ちする」レベルを求めている。
でも実際には、「すぐには変えられないかもしれないが、研修で学んだ捉え方を実践できたら良さそうだな」と考える人間がいたとしても、それは成功なのだ。
なぜなら意識が変わっているからだ。ただ、この「実践できたら良さそうだな」というレベルでの理解で終えた社員に、研修後に何もアプローチをしないでいると、「やっぱり自分には無理だな」という考え方に戻ってしまう。
この状態を指して、意味がなかったと判断するのは早計だ。ではどうしたらいいのか。
変わった意識を定着し、言動に移せるように支援をしていく。つまり、冒頭から述べている1on1を実施し、伴走するのだ。
1on1は面談者があまり話の主導権を握り過ぎないほうが良いなどのやり方ばかりが取り沙汰されることが多いが、貴社は1on1に対してどんなイメージを持っているだろうか。
私が実践してきた1on1は、相手に言動変容をもたらすために「約束を交わす場」という位置づけとしていた。
事前指導によって共通言語を獲得していることは前提であるため、自責型思考を身につけるために次の1on1までに何を意識していくか、など新入社員の口から宣言してもらえるように発問をしていく。
1on1の頻度は2週間に1回。1週間に1回だと1on1自体が業務になってしまい、新入社員の負担になりやすい。1か月に1回だと約束自体が形骸化してしまい、効果を得られにくい。
1on1は貴社の内情に合わせてMUSTの目標を設定した上で、それを達成する過程の中での悩みを解消する形式でも良いし、テーマ設定を特におこなわずに新入社員の状況にあわせて約束を交わしていく即興型でも問題ない。
ゴールは新入社員のマインドセットになるので、1on1の細かなやり方は相手に応じて変えて良い範囲だ。
ただ大事なのは、事前指導で伝えているだけだと知っているけどできないという社員が大多数であるという前提で、研修を設計しておくということだ。
まとめ
1)~5)に記載した「コスパを最大化する新入社員教育」は、貴社が知っているという地味な対策ばかりだったのではないだろうか。
ただ知ってはいても、徹底してできているかという問いには私が関わってきた多くの企業は否だった。
事前指導に注力するぐらいなら、採用の精度を上げるという対策に力を入れたいと言った企業があるぐらいだ。
でも考えてみてほしい。貴社がこれから優秀な新入社員を採用できる見込みはどれほどあるだろうか。
生産人口はこれからも減少していく。採用では売り手市場が今後も続いていき、人材獲得競争はますます熾烈をきわめていく。
そんな中、採用のミスマッチだけに要因を置き、新入社員が早期離職を余儀なくされる企業に未来はあるだろうか。
採用の精度を上げるという曖昧な確度の対策に注力するより、この記事を機会に、「知っていたけど、注力しきれていない」社内教育の体制構築に労力を割く企業が増えたら、著者としてこの上ない幸せだ。
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教育参謀 本間 正道
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著 書↓
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