膝枕は戦争を終わらせられるか─「最終兵器膝枕」
人工知能に「膝枕」の外伝を発注
「ChatGPTに物語を書かせたら面白い」と友人から聞いた。
とある国の要人のロマンスを書かせたら、思いもよらぬ傑作が生まれたという。
ChatGPTは人工知能が対話形式で質問に答えてくれるものだが、創造性がすぐれているらしい。iPhoneのSiriも「落語をやって」と言えば寿限無を唱えてくれるが、テンプレなので持ちネタが一つしかなく、何度頼んでも寿限無しかやらない。Siriの一つ覚えだ。
さらに、ChatGPTは学習能力も高く、的確に質問を投げかけると、思いもよらぬ切り口からストライクゾーンに投げ返してくれるという。
たくさんの選択肢から一番面白いものを選ぶ脚本や小説を書くにあたっては、「ネタ出し要員」として頼りになるのではないか。
人工知能といえば、「膝枕」。
人工知能搭載の膝枕型商品を通販で購入した主人公に降りかかる浮き沈みは、プロットを書いた2007年当時より今のほうが身につまされる。
ChatGPTに「膝枕」の外伝を書いてもらおう。
《今井雅子作「膝枕」の外伝を書いてみて》と軽い気持ちで投げかけてみたところ、《「膝枕」の外伝を書いてみます》と返信があり、数分ほど考える時間があってからするすると書き始めた。
母国語は英語らしいが、日本語に不自然さはなく、文章の組み立てに破綻もない。思った以上に完成度の高い「初稿」が現れた。
ChatGPTが書いた「膝枕」
誤解は鉱脈
ChatGPTが書いた「膝枕」、初稿としては十分な水準だ。これを発注から数分で提出してしまう。
スピードでは人工知能にかなわないし、追いつくのも無理なので、ライバルではなく味方につけるのがいい。
ChatGPTが書いた「膝枕」から自分にない発想を拾って膨らませて、新作外伝を書いてみよう。
日本語ネイティブではないChatGPTは日本独特の文化にも明るくないと見え、「膝枕」がどういうものなのか、わかっていない様子。
膝を枕にしてその上に頭をのせるというビジュアルが思い浮かんでいないので、「日本の伝統的な寝具で、膝の上に乗せて寝ることができます」とトンチンカンな定義をしている。
短編小説「膝枕」を読んでもらった上で《外伝を書いてみて》と伝えていたら、この勘違いは生まれなかったわけだが、創作において、誤解は鉱脈だ。正解から外れることで、常識をはみ出した発想が生まれる。
「男性が女性の膝に頭を預ける」というイメージが出来上がっていると、「古代日本で主に戦士たちが寝具として使用した」という発想は入り込めない。膝枕にうつつを抜かすという堕落、弛緩は、戦場という緊張感のある場所とはかけ離れている。先入観が思考を狭めてしまうのだ。
コピーライターになりたての頃、「ティッシュが空になるまでコピーを出して、箱の底に書いてあるコピーに辿り着け」と教えられた。ティッシュペーパーは、一枚取り出すと、次の一枚がついてくる。コピーもそれと同じで、一本出すと、次の一本が引き出される。ひと箱分のティッシュペーパーにあたる数百本のコピーを書いて書いて書きまくり、もう何も出ないとなったときに最後の一本を捻り出せ、というわけだ。
ChatGPTの勘違いから導かれた「膝枕は、かつて戦場で使われ、戦争が起きなくなったため、家庭にも普及した」という架空の歴史。その一枚目のティッシュから次のティッシュが引き出され、問いが次々と頭に浮かんだ。
「膝枕は兵器になるのか」
「なるとしたら、どのように戦争に使われるのか」
「膝枕が戦争を終わらせることもあり得るのか」
連想ゲームでティッシュを一枚ずつ引き出して、ChatGPTが辿り着かなかったティッシュの箱の底を見てみたい。
今井雅子作「膝枕」外伝「最終兵器膝枕」inspired by ChatGPT
長引く戦争を終わらせる方策を東西の首脳たちが話し合った。
「わが国に最終兵器があります」
ただ一人、鼻から下を白いマスクで覆った、とある国の首脳が言った。自国の言葉での発言が通訳によって公用語に訳され、出席者一同に伝わるまでに10秒ほどの時差が生じた。
「最終兵器」とはどのようなものかと首脳たちは食いついた。
「膝枕です」
通訳が怪訝な顔をした。「膝枕」という単語を知らないらしい。とある国の首脳はタブレットにアルファベットでHIZAMAKURAと書き、一同に示した。
「HIZAMAKURA?」
東西の首脳たちが口々に発音した。とある国の首相には「ハイザ・メイクラ」と聞こえた。HIZAMAKURAは直訳すると「膝」と「枕」を意味することを通訳が伝えると、それは何のメタファーかと東西の首脳たちから質問が飛んだ。
「文字通り、膝の枕です。大きさは、このくらいで」
とある国の首脳は両腕で輪を作った。
「人間の膝から下をかたどったクッションのようなものです。その上に頭をのせて使います」
東西の首脳たちはHIZAMAKURAの姿を思い浮かべたが、それが「兵器」になるとはとても思えなかった。
通訳が訳し間違えたのだろうか。それとも、なにか単語が抜け落ちているのだろうか。
東西の首脳たちは、高さのまちまちな首を傾げた。
「膝からミサイルを発射するのですか?」
「いいえ」
「膝が爆破装置になっているのですか?」
「いいえ」
「膝に毒物が仕込まれているのですか?」
「いいえ」
「ひとつのHIZAMAKURAで何人の兵士を殺せるのですか?」
「殺しはしません。骨抜きにするのです」
「肉を引き裂いて、骨を抜くのですか?」
「いいえ。腰砕けにするのです」
「腰を砕けさせて、戦えない体にするのですか?」
「いいえ。兵士の体は一切傷つけず、戦意を喪失させます」
「どうやって戦意を喪失させるのですか?」
「HIZAMAKURAには中毒性があるのです。快楽に溺れ、他のことはどうでもよくなります」
その途端、東西の首脳たちは、どっと笑った。とある国の首脳の言う「最終兵器」とは色仕掛けではないか。
東西の首脳たちは、互いの膝を叩き合って笑い転げたが、ひとしきり笑った後で、今度は唇を引き結び、沈黙した。打つ手がなくなり、今や、そんな原始的な手しか残されていない局面に来ているのだ。冗談ひとつ言いそうにない、とある国の首脳がいかれたジョークを言い出すほど、事態は差し迫っていた。
だが、とある国の首脳は真顔で話を続けた。
「騙されたと思って、わが国にこの作戦をお任せください」
頭のネジが飛んでしまったらしいとある国の首脳に同情しつつ、東西の首脳たちはHIZAMAKURA作戦の決行を認めた。失敗したところで、失うものは何もなかった。
数日後、とある国からHIZAMAKURAをのせた特別機が飛び立った。
「救援物資」のラベルを貼られ、品名に「枕」と書かれたダンボール箱が130箱ずつ、1300の部隊に届けられた。
変化が現れたのは13日後だった。各地で戦闘が止んだ。それから13日後、戦争が終わった。
東西の首脳たちは、とある国の首脳に心からの感謝を伝え、「兵器」の効果に期待していなかったことを詫びた。とある国の首脳は、「困ったときはお互い様です」と片言の公用語で応じた。
最終兵器HIZAMAKURAは地球を救ったが、最も救われたのは、とある国だった。
世界がウイルス禍に見舞われたこの数年、とある国では国民が労働意欲を失い、国民総生産が急降下し、税収が大きく落ち込んでいた。
その元凶が、通販商品の膝枕だった。
このままでは国が滅びてしまうと危機感を募らせた政府は、膝枕を薬物扱いとし、所持ならびに製造発売を禁止した。膝枕依存症患者の自立支援プログラムには防衛費に匹敵する予算を割いた。
その甲斐あって、ようやく景気が上昇に転じたが、今度は押収した膝枕の処分が問題になった。モノとはいえ持ち主たちに愛された対象である。刻んだり燃やしたりするのは、はばかられた。
だが、保管するにも場所が足りない。急ごしらえの保管庫はセキュリティが甘く、盗み出された膝枕が闇で取り引きされ、新たな犯罪や諍いを生んでいた。
頭を抱えていたところに国外逃亡となじられつつ出席した首脳会談で、まさかのチャンスが舞い込んだ。
膝枕を兵器として輸出する!
産業廃棄物の平和利用だ!
アップサイクルだ!
SDG'sだ!
「わが国に最終兵器があります!」
お荷物の膝枕をよその国に押しつける口実ができれば、それで良かった。「救援物資」として厄介払いして、窮地のわが国を救援するのだ。
兵器としての成果は期待していなかった。兵士の手元に箱が届き、箱を開けてもらう確率は130分の1、いや、もっと低いかもしれない。運良く何人かの兵士が膝に溺れたところで、戦力への影響は微々たるものだろう。
ところが、送りつけた何十万もの膝枕は驚くべき確率で兵士の手に渡り、兵士たちを根こそぎ骨抜きにした。
HIZAMAKURA作戦は一滴の血も流すことなく、究極の平和をもたらし、とある国の国際社会での評価と存在感は劇的に高まった。
「これで内閣支持率も大幅に回復するだろう」
とある国の首脳は、ほっと息をついた。今夜は久しぶりに枕を高くして眠れそうだ。
そのとき、部屋の隅に置いてあるダンボール箱が目に止まった。
「おや? あれは?」
吸い寄せられるように近づくと、箱には「枕」と書かれていた。
「枕!」
開けてはならぬと頭の中で警報が鳴る。罠かもしれない。罠に違いない。だが、手は箱に伸び、ガムテープをはがしにかかる。
遠い戦地で兵士たちに何が起きたのか……。
薄れゆく意識の中で、とある国の首脳は悟った。
clubhouse朗読をreplayで
2023.2.20(公開当日) 鈴蘭さん
2023.2.23 こもにゃんさん
2023.3.13 鈴蘭さん
2023.6.24 鈴蘭さん
2023.7.4 宮村麻未さん
2023.8.11 川端健一さん
2023.9.2 小羽勝也さん
オマケ:ChatGPTが書いた「ジョンの膝枕」
もう少し具体的に指示してみると、どんな答えが返ってくるだろう、とやってみたところ、面白い結果になった。ChatGPTの回答が同じ表現を繰り返し、迷走したのだ。初稿として水準に達しているとはいえないレベル。
「なんやて⁉︎ 膝枕‼︎ こんなものがあるんか⁉︎ うひょー」
性に目覚めた思春期男子のような興奮による錯乱が人工知能に起きたと想像すると、とても楽しい。
《女性の膝枕をかたどった通販商品を購入した独身男性が、物である膝枕商品に膝枕される快楽に溺れる物語を書いてみて》への回答はこちら。繰り返し部分を太字にした。